026:闘う為の契約

 会社への連絡を済ませて、社長からかなり心配された。

 犯罪集団に拉致監禁されたのなら、暫くは安静にしておけと言われて。

 俺はお言葉に甘えて休みを頂いてから、仮想現実世界でゴウリキマルさんと会った。


「……お前から聞いた情報はやばいな。正直、よく無事だったと思うぜ」

「おじさん悪運が強いタイプ?」

「ははは、かもね」


 捕まって拷問されていたことは伏せていた。

 今の今まで帝国で調査をしていて連絡が取れず。

 何とか逃げ出して合流できたと伝えた。

 すると、取りあえずは納得してくれたようで。

 俺はホッと内心で胸を撫でおろしながら彼女たちからの情報に耳を傾けた。


 東源国を以前まで拠点にしていた謎の企業。

 しかし、ゴウリキマルさんたちが調査に行った時には既に影も形も無く。

 情報屋に何か手がかりはないかと尋ねれば、たった一人だけが手がかりを知っていたらしい。

 何でも闇の組織に属する人間たちを相手に取引をしてる事で有名な企業らしく。

 一種の都市伝説のように扱われているそれは”ゴースト・ライン”と呼ばれているらしい。


 幽霊のように実体はなく。

 ある時に一方的に連絡を受けて、連絡を取った人間の必要とするモノを提供するらしい。

 ただ無償ではない。その人間が保有するモノの中で、彼らが欲しがるものを渡さなければいけないらしい。

 人脈に違法なパーツ、土地や現実世界にある物など様々だ。

 起源は分からないものの、噂では百年以上も前から活動している企業のようで。

 現実世界にも多大なる影響力を持っていると彼女たちは語った。


「ゴースト・ラインは一つの目標を成し遂げる為に活動しているって聞いたけど……その新人類ってのが怪しいな」

「進化って何だろうねぇ。現実で長く生きるため?」

「……かもしれねぇ。昔と違って現実は住みにくくなったからな。大気汚染に海面上昇、長い戦争で大勢の人間が死んで残された土地に核を撃ったバカもいやがる……あそこは地獄そのものだ」


 ゴウリキマルさんの話を聞いて俺は少し違和感を抱いた。

 住みにくいと言った言葉は事実だろうが、そこまでだっただろうか――あ、そうか。


 違和感があったものの、俺は忘れていたことを思い出した。

 確かに核戦争などがあって土地は汚染されていた。

 人口もかなり減っていて、お世辞にも良い環境ではない。

 俺はバカな発言をせずにすんで良かったと思いながら、黙って二人の話を聞いていた。


「……兎に角、奴らは此処だけじゃなく現実にも影響を与えている。その新人類とやらで何が変わるのかは分からないけど、私たちが首を突っ込もうとしている事は相当に根が深い……下手したら死ぬよりも恐ろしい目に遭うかもしれねぇぞ」


 ゴウリキマルさんは敢えて手を引こうという発言はしなかった。

 それは俺たちに考える機会を与えるためで。

 もしも進むのなら彼女は一緒になって戦ってくれるだろう。

 首を突っ込むのなら覚悟を決めなければならない――俺は笑った。


「せっかく謎が分かって来たんだ。このまま放置して帰るなんて出来ないよ……それに、俺はゴウリキマルさんについて行くって決めたから」

「……マサムネ」

「あーしも良いよー。学校なんてつまんないしー。此処で楽しく冒険した方が、今後のあーしの人生? にも箔をつけてくれると思うし」

「……お前ら馬鹿な奴らだな。ふふ」


 相棒にバカと言われて俺は笑う。

 ショーコさんも笑っていて、俺たちは三人でこの問題にケリをつけようと誓う。

 しかし、そうなってくると問題が出てくる。

 それはゴースト・ラインや不死教などの大きな組織を相手にする上で絶対にぶち当たる問題で。

 俺たち三人だけの状態で、そんなデカい組織と戦うには金も力も全く足りないのだ。


 此処までの調査なら問題ない。

 しかし、戦うことは絶対に避けられないだろう。

 そうなれば、俺とショーコさんだけでは太刀打ちできず。

 少なくとも何かしらの後ろ盾やバックアップが無ければ戦えない。

 俺はその事をゴウリキマルさんに伝えた。

 すると、それは問題ないと言って――ショーコさんがどこかに連絡を繋げ始めた。


 俺たちはそれを黙って見つめていた。


「……あ、しゃちょー。話が纏まったよぉ。うん、うん……あーい。じゃ、おじさんに代わるねぇ」

「お、俺?」


 俺はショーコさんに通信を繋がされた。

 かしこまった口調で相手方に話しかけて――しかめっ面になる。


《やぁ、久しぶりだね。元気にしていたかなマサムネ君》

「……その声は、マイルス・ワーグナー社長ですよね……やっぱりショーコさんの契約している企業は、貴方だったんですね」

《ははは、あからさますぎたかな? いやいや、君には害をもたらしていないから許してくれよ……そんな事より、君は私にお願いがあるんじゃないかな?》

「……そうですね。単刀直入に言います――俺と契約してくれませんか」

《おぉ決意に満ちた良い声だ……ふむ、ただ君は傭兵としてかなり名を上げている。私と契約するのなら、それなりの覚悟を持った方が良い》

「……と、言うと?」

《――馬車馬の如く働いてもらうよ》


 満面の笑みで言っているだろう言葉に俺は小さくため息を吐く。

 そんな俺に笑い声を聞かせながら、彼は自由を約束すると付け加えた。


《何も我が社の兵士になれとは言わない。君は今まで通り傭兵らしく自由に依頼を熟していけばいい……ただし、その依頼は私が君に回す。拒否権は使わないでくれると助かるよ》

「……貴方の依頼を優先して熟す代わりに、俺たちのバックアップを?」

《そういう事だね……給料制とはいかないが、文句はないだろ?》


 魅力的な提案に俺は頭をくらくらさせる。

 眉間の皺を揉みほぐしてから、俺はそれでいいと彼に伝えた。

 すると彼は手を叩いてから大げさに俺を歓迎してきて。

 後日、正式な契約書を持っていくと言いながら――彼は俺の武運を祈った。


《敵はゴースト・ラインだけではない。我が社としてはその無人機を早めに潰しておきたい。そんな物が世に出回れば、我が社は破産だからね。君には期待しているよマサムネ君》

「……どこまでやれるかは分かりません。ただ、出来る限りの事をします」

《それでいい。それでこそ――傭兵だ》


 彼はそれだけ言って通信を切る。

 俺は乾いた笑みを零しながら、これから大きな戦いがあるんだと思って――口角を上げた。


「……おじさん、嬉しそうだね」

「……不謹慎ですかね。でも、俺は戦いが好きみたいです。もっと強い敵と戦って――倒したい」

「……マサムネ、お前は」


 ゴウリキマルさんは小さく目を見開く。

 そうして俺へと手を伸ばそうとして途中で止めた。

 彼女の目を見れば、その瞳には別の誰かが映っているような気がした。

 何を思って手を伸ばして何を思って――そんな悲しい目を向けるのか。


 俺はその手に触れることはせず。

 ニコリと笑みを浮かべながら、社長が持ってくる仕事を待とうと二人に行った。

 ショーコさんは欠伸を掻いて部屋で横になって端末をいじり始める。

 ゴウリキマルさんは居心地が悪そうな顔で俯いていて。

 俺は飲み物が切れていたことを思い出して、買ってくると言って部屋から出た。

 バタリと扉を閉じて、先ほどのゴウリキマルさんの表情を思い出す。


「……俺って頼りないかな」


 俺は絶対に彼女の前から逃げない。

 彼女を見捨てたりはしない。

 絶対にゴウリキマルさんを一人にさせない――そう言えたのなら、こんな気持ちにならないで済んだんだろう。


 俺はポケットに手を突っ込んで歩いていく。

 何も考えず、何も迷わないで済む戦場が――ひどく恋しかった。

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