025:訪れる平穏の違和
濛々と燃え滾る炎の海を潜り抜けていく。
混乱に乗じて足を動かして進んでいけば、兵士らしき人間たちがライフルを持って走っている。
紅蓮の光が辺りを照らして、誰も俺のことなど気に留めない。
月夜の時間にこんな実験場で何が起きているというのか。
俺は少しだけ不安を抱きながらも進んでいって――悲鳴が聞こえた。
建物の陰に隠れながら様子を伺う。
すると、ライフルを発砲しながら逃げまどう兵士がいて。
彼は黒煙の中から現れたメリウスに踏みつぶされてしまう。
俺はそのメリウスを見て、大きく目を見開いた。
鮮血のような深紅の機体。
緑色に発光する双眼センサーは周りに向けられていて。
長刀を二本手に持った姿は、紛れもなく”告死天使”であった。
何故、奴が此処にいるのか。
奴は何が目的で虐殺をしているというのか。
全てが謎であり、その理由を知る術も無い。
奴の前に姿を晒せば一巻の終わりで、何処で復活するのかも定かではない。
今は極力交戦を避けながら、何とかこの場から離脱しなければならない。
拳銃を手に持ちながら俺は額から汗を流す。
片手で流れる汗を拭いながら、むせ返るような戦場を後にした。
走って、走って、走って、走って――足を止める。
呼吸を整えながらゆっくりと振り返れば、轟轟と音を立てて崩壊する実験場が薄っすらと見える。
天高くまで黒煙を巻き上げるあの場には告死天使が舞い降りて。
無慈悲にも兵士たちに死を届けているのだろう。
運が良かったと言うべきか、奴に発見される事は無かった。
此処まで来れば安全であり、俺は虚空に指を置く。
システムをチェックすれば、ファストトラベルが可能になっていた。
俺は自分の部屋へと行くようにシステムを操作して――目を開ければ自室に戻っていた。
「……はぁ、疲れた」
何とか生きて帰ってこられた。
全身が悲鳴を上げていて苦しい。
鼻が潰れているから分からないが、今の俺は相当な悪臭を放っているだろう。
取りあえず俺は足を動かして、引き出しに常備している鎮痛剤を投与する。
即効性のある薬であり、すぐに効き目が出てきて痛みが引いていった。
俺はこのままログアウトするべきかどうかを考えた。
「……いや、シャワーを浴びておこう。臭いが反映されるかもしれないし」
此処まで体を汚したことはないのでどうなるかは分からない。
だからこそ、念には念を入れて体を洗っておこうと考えた。
この世界では病気にならなくても、現実では病気に罹るのだ。
くだらない理由で死ぬのは御免であり、俺は足を重い足を引きずってシャワー室に向かう。
奪った服を乱雑に脱ぎ捨てて、タイル張りのシャワー室に足を踏み入れる。
そうして、ノズルを回して温かいお湯を出して――重い息を吐きだした。
「ああぁぁ、染みるぅぅ……いてて」
こびりついた汚れが流れ落ちていく。
清潔だった水は黒く濁って、相当な汚れが溜まっていたと教えてくれる。
垢すりにボディーソープをを付けてゴシゴシと擦る。
傷にも勿論当たっていて痛いが、このまま汚れを放置する訳にもいかない。
汚いままでいるのは嫌であり、さっさと清潔な状態に戻したいのだ。
俺が黙々と体を洗っていると、誰かから通信が入る。
俺は思考制御で通信を繋いで――向こうの人間が慌てるのが分かった。
《ま、マサムネッ!! お前生きているのかッ!?》
「あぁ、ゴウリキマルさんですか? 生きてましたよー」
通話の相手はゴウリキマルさんであった。
俺が話しかければ安堵する声が聞こえてきて。
俺は笑みを浮かべながら、心配を掛けて申し訳ないと伝えた。
《……たく。心配したんだからな? 通信が繋がらなくなって、お前の家にも行ったんだぞ? 明かりがついてたからいたと思ったのに、お前は出てこないし……》
「あぁ、それはすみません……電気つけっぱなしだったかな?」
どうやら電気をつけっぱなしの状態でログインしていたようで。
俺は帰ったらすぐに消そうと思いながら、ゴウリキマルさんに事情を話すべきかどうか悩んだ。
拷問されていた何て言えば心配するし……言わないでおこう。
《……会社には行ってたんだろ? 何やってたんだ?》
「……ちょっとした用事があって」
《言えない事か? まぁいいけどよ……こっちはこっちで色々と分かった。時間があるなら会えないか?》
「あぁ、今はちょっと……明日でも良いですか?」
《……まぁ別にいいけど……何かあるんだったらちゃんと言えよ》
ゴウリキマルさんにペコペコと頭を下げる。
そうして、通信を切断して、俺は静かに息を吐いた。
拘束されていたのは二週間近くで、現実では大体一週間くらいの時間だろうか?
会社には何も言っておらず。完全なる無断欠勤で。
俺はお湯と一緒にだらだらと汗を流した。
もしも現実に戻ってお前の席は無いと言われたらどうなるのか。
大学を出ていても、働き先が少ない現実で職を失うのは死刑宣告をされた事と同じことで。
俺は急に胃が痛くなった気がして腹を摩った。
「……まぁ、あそこは割と緩いからいけると思うけど……後で社長に連絡しておこう」
社長に説明する内容を考えながら俺は頭にシャンプーを掛ける。
そうして、ゴシゴシと洗いながら隅々についた汚れを洗い流していく。
拷問はしんどくて面倒くさかったけど、今の時間が気持ちが良いのでどうでもいい。
恨みも怒りも無く過去は過去であると割り切って。
これからの行動を考えながら、俺は幸せの時間を過ごしていた。
「……告死天使も関わっているのか……でも、あの施設を破壊していたから奴らにとって敵なのか?」
敵の敵は味方であり、告死天使は仲間になるのか。
もしもそうであるのなら心強い味方だけど……何となく仲間にはなれない気がした。
奴はゴウリキマルさんを見捨てた人間だ。
俺にとってゴウリキマルさんは恩人であり、この世界で出会った友人で。
かけがえのない存在であるともいえるだろう。
そんな人の心を傷つけた人間とは手を組む気はなく。
例えどんなに素晴らしい誘い文句を言ってきたとしても俺は断る気でいた。
要するに、告死天使は敵だ。
そして、あのスキンヘッドが言っていた組織も敵で。
恐らくは、不死教とゴウリキマルさんを誘拐した企業は繋がっている。
またゴウリキマルさんと会って情報を共有しなければならない。
そうして、今後の方針も固めないとな……やることが一杯で大変だなぁ。
これから先で敵となる強大な存在は鬱陶しく。
叶う事なら敵同士で潰し合って欲しいと俺は願っていた。
「……でも先ずは、不死教か……ゴウリキマルさんの願いを叶えないとな」
実験施設で調べた情報も気になる。
奴らが計画している新人類への進化やイレギュラーと呼ばれた何かなど。
その二つが奴らが進む先でどう関わってくるのか……やべ、頭が痛くなってきた。
考えすぎであり、疲れもピークに達している。
会社にすぐに連絡したいけど眠気には勝てる気がしない。
俺は仮想現実世界で仮眠を取ってからログアウトしようと考えて。
体の汚れを一頻り洗い流してからノズルを回してお湯を止めて。
掛けてあったタオルで適当に体を拭ってから、タンスから寝間着を取り出す。
そうして、もこもこの青いパジャマを着てから布団をさっと敷いて横になる。
「……はぁ、色々とあって疲れたなぁ……消灯」
音声操作で電気を消して、俺はゆっくりと瞼を閉じた。
アラームをセットしておこうかとも考えたが眠気が頂点に達していて――
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