024:施設からの脱出

 バチバチと意識が弾けていく。

 肉を打ち付ける音と共に全身に焼けるような痛みが走って。

 俺はくぐもった声を上げながら、目の前で微笑むスキンヘッドの男を睨んだ。

 どれくらいの時間が経ったのかは分からない。

 此処へ連れて込まれて、鎖で両手を吊るされてからずっと殴られている。

 バッドのような物で全身を殴打されて、口から血を吐き出す。

 男は何が楽しいのか質問もせずに俺を痛めつけていて――男はゆっくりと息を吐く。


「さて、十分痛い目を見たのですから理解してくれたと思います。これ以上、痛い思いをしたくないのなら正直に答えてください――我々をコソコソと嗅ぎまわるのは何故ですか?」


 男は我々と言いながら俺が無人機の調査をしていることを知っていた。

 その事について聞かれたのは分かっていた。

 しかし、俺は口をへらりと曲げてから何のことかと惚けて――腹に重い一発を喰らわされた。


 激しくせき込みながらだらりと唾を垂らして。

 男はニコニコと笑いながら、同じ質問をさせないでくださいと言ってきた。

 冗談は嫌いのようで、俺は呼吸を乱しながらもゆっくりと口を開いた。


「お前たちに、復讐、する為だ」

「……嘘は言っていないようですね。となると、実験で使った被検体の……止めておきましょうか」


 男は自分から何をしたのかを言うのを止めた。

 恐らくは、念の為にと最低限の情報だけを与えて俺を始末するつもりだろう。

 早く此処から逃げ出さなければ、何をされるのか分からない。

 ログアウトをしようにも両手を拘束された上に、つま先でギリギリ立てるくらいで吊るされている。

 自由に手足を動かすことは不可能で、俺はどうしたものかと周りに視線を向けた。


 しみったれた牢屋の中には最低限の明かりが灯されている。

 蝋燭の火だけでは全体はぼんやりとしか掴めず。

 残念なことに此処には窓すらも無いのだ。

 石で作られた壁は薄っすらと湿り気を帯びていて……此処は地下なのか。


 時間の感覚も無く、何も分からない状況に置かれれば精神も摩耗していく。

 肉体的にも精神的にも捕まえた人間を追い込んで殺す算段なのか。

 理解したくない考えであり、飢餓と痛みで全身から力が抜けていく。

 男は首を左右に振りながら「今日はこのくらいにしておきましょう」と言う。

 俺はそのまま意識を手放して――


 |||


 どれくらい経ったのか。

 最低限の水と食料を与えられ、殺さない程度に痛めつけられる。

 ある時は焼いた鉄棒を体に押し付けられ、ある時は逆さに吊られて水の中に沈められる。

 ありとあらゆる拷問をさせられて、俺から仲間の情報を聞き出そうとしていた。

 しかし、俺は絶対に仲間の事は喋らない。

 今生かされているのは、俺から仲間の情報を聞き出せていないからで。

 恐らくは、これから洗脳でもして俺自らの手でバディーの情報などを開示させるつもりなのかもしれない。


「……そろ、そろ、か」


 俺はのそりと体を起き上がらせる。

 最低限の水と食料だけであっても体の筋肉量は衰えていない。

 奴らの目を盗んで体を動かしては、木の枷を少しずついじっていた。

 掃除をする人間なんておらず。俺たちは人間としての尊厳も奪われた状態で生かされ続けて。

 俺にとってはそのお陰で、この枷を”腐らせる”手段には事欠かなかった。


 鼻はイカれており、臭いは全く分からない。

 風呂には入れてもらえるわけもなく、全身から腐臭が漂っている気がした。

 汚いネズミやゴキブリが這い回っており、奴らの小便や死骸を木の枷に擦り付けておけば、徐々に枷は腐って来て。

 バレないものかと心配はしたが、間抜けな看守は俺の枷の状態なんて見ていなかった。

 あのスキンヘッドであれば気づいていただろうが、看守は牢に入れられた俺たちを汚物でも見るような目で見てきて。

 拷問をする時も、自分たちは極力近寄らず。

 鉄の棒で殴りつけてきたり、枷を付けた状態のまま椅子に縛り付けて電流が流れる棒を押し付けてきた。

 嫌な思い出ばかりであり、思わずため息が零れてしまう。

 

 一日一日を壁につけた傷で計算して。

 枷が外れやすくなるまで息を潜めていた。

 二週間ほど此処に監禁されていた様であり、もうそろそろ出ても良い頃合いだろう。

 俺はギリギリと枷に力を込めて――破壊した。


 手首を摩りながら、俺はひたひたと鉄の牢の前に立つ。

 そうして、鍵の所へと手を伸ばして隠し持っていた木の板を差し込む。

 開くかどうかは運次第で、扉に力を込めながら薄い板を動かして――ガチャリと音が鳴る。


 食料を載せた木のトレー。

 気が狂ったように見せかけてそれを破壊して。

 そこから取れた木の板をネズミの死骸の中に隠した。

 最悪な衛生環境の中でしか出来ない隠し方であり、二度と体験したくない。

 俺はボロを纏った体を動かしながら牢を出て歩いていく。

 警戒して歩いていきながら、チラリと別の牢屋の中を見る。

 すると、何人もの人間たちが捕まっていて生きているのか死んでいるかも分からない奴らのうめき声が聞こえた。


 俺は階段を上がっていって、固く閉ざされた扉の前で息を殺す。

 そろそろ来る頃合いで――来た。


 コツコツと靴が地面と当たる音が聞こえてきて。

 扉の前で止まったそれはぶつぶつと文句を言いながら鍵を扉に嵌め込んだ。

 そうしてゆっくりと開かれて行って――俺は男に襲い掛かった。


 驚きながらも腰の拳銃に手を伸ばした男。

 そいつの挙動を見て、俺は奴の指を掴んで一気にへし折る。

 そうして痛みで悶絶している奴の喉を指で突き刺した。

 ぶすりと首を貫けばヒューヒューと笛のような音が響いて。

 俺はぐらりと倒れそうになった男の首を掴んで――一折った。


 ごとりと音がして首が折れた男。

 瞳孔を開いた死体が足元に転がって、俺は奴から拳銃を奪い服を脱がせた。

 代わりと言っては何だが、奴の死体にボロを着させてやる。

 俺は名も知らない男から奪った服を身に着けて地下牢から抜け出した。


 そうして、コンクリートで作られた施設の中を歩く。

 シャワーでも浴びられたら最高だが、それは此処を無事に抜け出せたらにしておこう。

 時折すれ違う人間は俺の事をチラリと見てくる。

 しかし、隣を通った時に漂う刺激臭に顔をしかめて鼻を摘まみながら足早に去っていく。

 俺は堂々と廊下を歩きながら、適当な部屋の中に入る。

 そこには椅子に腰かけた男がコーヒーを飲んでいた。

 突然入ってきた俺に何の用かと尋ねてきて、俺は片手を上げながら挨拶をする。


「おい此処は――ッ!!」


 立ち上がろうとした男の首に手刀を刺す。

 息を詰まらせた男の首を掴んでへし折る。

 簡単な作業を終わらせてから、俺はパソコンの前に立ってカタカタと操作する。

 すると、この施設全体の見取り図を発見した。

 ついでに他の情報も調べていって――此処が俺が調べていた会社の実験場であると分かった。


「……人体実験……新薬の投薬による新人類への進化……精神を操作し、新人類の共鳴を促す……」


 調べていけば恐ろしい実験の数々が知れた。

 ゴウリキマルさんが関わった人間をコアにする実験も書かれていて。

 それは実地試験も完了しており、無人機の前線への投入も決定していると書かれていた。

 共鳴と言う部分が個人的に気になって見ていけば、新人類と呼ばれる進化を成し遂げた人間は魂がこの世界で流れる特殊な波長と同調して未来視に近い能力を得ると書かれていた。

 思い出せば、俺の体をゴウリキマルさんが調べていた時も共鳴と言う単語を呟いていた。

 となると、新人類への進化を目指す実験はゴウリキマルさんが洗脳されていた時から存在していた事になる。


 もっと詳しい情報を調べようとして――”イレギュラー”と書かれたファイルを見つけた。


 気になるファイルであり、中を開こうとした。

 しかし、パスワードが掛けられている上に上位のライセンスが無ければ開けないと表示された。

 ハッキングが得意な人間でもいれば、簡単に開けられるのに……時間は無いな。


 死体が発見されるのも時間の問題で。

 俺は残りのファイルを自分の端末に保存しようとして――何も持っていないことにため息を吐いた。


「……こいつのを使うか……いや、追跡されるかもしれないから止めておこうか」


 チラリとコーヒーを飲んでいたデブの死体を見た。

 だらりと口から血を出す男には何の感情も持てない。

 こんな危険な実験をした上に、のうのうとコーヒーを飲んでいた男は死んで当然で。

 俺は確認できるファイルに目を通してから、パソコンを閉じて部屋から出る。

 慌てずゆっくりと廊下を進んでいって――爆発音が響いた。


 ぐらぐらと地面が揺れて、警報がけたたましく鳴り響く。

 外を見れば施設のあちらこちらで黒煙が上がっていた。

 ごうごうと燃える炎に、上空へと放たれる弾丸。

 何が起こっているのかは分からないものの、この混乱に乗じて逃げよう。

 俺は歩くのを止めて走り出した。

 手には奪った拳銃を握っていて――撃たないで済むことを心から祈っていた。

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