021:世界はそれでも回っている
依頼を無事に達成し、メラルドの前に首を堕としてやった。
すると奴は満足したように手を叩いて、降りてきた俺に握手を求めてきた。
俺はそれに応じて互いに”信頼の握手”を結んで――今俺は、近くの公園に来ていた。
隣には拳を固く握りしめながら俯いているザックス君が座っている。
ぶつぶつと後悔を口にしながら、俺の事をチラチラと見ていて。
俺は通り道で買ったポップコーンを指で弾いて鳥に食わせていた。
茜色に染まった空は美しく。
戦場で見た汚い空とは大違いであった。
幻想的であり、心を和ませる景色で――欠伸が出た。
「――ッ!!」
「……そう睨むなよ。チビるだろ」
塩気の強いポップコーンを食べながら、俺は彼に忠告した。
すると、彼は勢いよく立ち上がって俺の胸倉を掴んでくる。
鳥たちが勢いよく羽ばたいていって、彼は恨みのこもった目で俺を睨む。
十代の少年に胸倉を掴まれる二十代の男……想像しただけで情けない構図だなぁ。
チラリと彼の顔を見れば、涙を溜めた目で俺を睨んでいる。
恨みが募った目であり、現実で嫌と言うほど見てきた目だった。
俺は手を放すように言ったが、彼は逆に力を強めてきて――
「お前にとって俺たちは虫けら以下だろ……でもな、ルースは俺とは違う。アイツは優しくて勇敢で、誰よりも賢い奴だった……同情しろなんて言わねぇよ。でもなッ! 一緒に戦った仲間に、思う事はねぇのかよッ!!」
いきり立つ若者を見ながら、俺はそっと彼の手を握る。
そうしてギリギリと彼の腕に力を込めた。
骨を折るほどの力で握れば、彼はくぐもった声を上げながら地面に膝をついた。
そんな彼へと冷めた視線を向けながら、俺はハッキリと言った。
「仲間ってのは互いに背中を預けられる間柄の事を言う――お前たちは、仲間じゃない」
「なん、だとッ!!」
歯を剥き出しにしながら怒るザックス。
俺は淡々と彼に言葉を発した。
「碌な教育も受けないで戦場に立って、お前が嫌いな傭兵に守られて。仲間と慕っていた男が死んだら、その仲間に悔恨の念を抱けと要求する。無理な話じゃないか? 会って間もないお前たちに、掛ける言葉なんて無い。苦しかっただろう、辛かっただろう、痛かっただろう――そんな意味の無い言葉を掛けられて、お前は嬉しいのか?」
「違うッ!! 俺はお前に、人間としてッ!!」
「――人間だろう。人間は何時だってこうだ。縁もゆかりもない人間の死に涙なんて流さない」
「――ぅ!!」
俺の手を振りほどいて彼は拳を振りかざす。
そうして勢いよく俺の左頬を殴りつけた。
じんじんと痛む頬。鼻からは血が垂れて、口の中も切れてしまった。
痰に混じった血を吐き捨てて、俺は指で血を拭った。
「理不尽だと思うか? 俺が生き残って、自分の仲間が死んで」
「……当たり前だ。お前みたいなクズが、生き残るなんて間違ってるッ!!」
ポロポロと涙を流す少年。
俺は空を見ながら、彼が聞きたくも無い言葉を送ってやった。
「間違っているさ。間違っているけど、世界はそれで回っている。優しい人間は騙されて、ずるがしこい人間は利益を得る。誰かの死で心を痛めれば寿命がすり減って、一粒の涙も流さない人間は心が痛むことも無い。クズが平気で道を歩いて人生を全うできるのは何故だか分かるか?」
「……何でだ」
「――力があるからだよ。純粋な力でも、権力でもいい。相手を屈服させる力を持っているからだ」
俺は笑みを浮かべながら、当然の事を言い聞かせた。
「お前たちは弱いから奪われる。家族も権利も、金も人生も――弱いから搾取される」
「――っ」
「強ければ、力があれば誰も逆らわない。お前から何も奪うこともしない。お前が奪う側に立てばいいだけだ」
「そんなのッ!!」
「間違っているって? 言っただろ、間違っていると。間違ったやり方がまかり通るのが世界だ。覚えとけ」
残ったポップコーンを少年に渡す。
無理やり押し付けられて少年は戸惑う。
俺はそんな少年の頭を乱暴に撫でながら、無表情で彼を見つめる。
「強くなって見せろ。強くなって俺を殺しに来い。仲間が死んだのは俺のせいだ。お前は、死んだ仲間の仇を取るために強くなれ。俺はこの世界で誰よりも理不尽で自由な傭兵になる。そんな最低なクズを、何度も何度もぶっ殺せるくらい強くなれ」
「……やってやるよ。お前みたいな傭兵や軍人をぶっ殺して、お前もぶっ殺してやるッ!!」
「……上出来だ」
涙と鼻水を流しながら、弱いだけの小僧が息巻いている。
最低の面であり、もうこれ以上見ている必要も無い。
俺は彼の前から去って、相棒へと通信を繋いだ。
《よぉ。遅かったな……依頼は達成したか?》
「えぇ何とか……もう少しいなきゃいけないですかね?」
《あぁ? 暫くはメラルドの犬になれ。嫌なら、まぁ、無理にとは言えねぇけど……》
「いや、大丈夫ですよ。犬になるのは得意なので」
《……お前、現実で大分苦労してんのか? 仕事が嫌なら紹介すっけど》
「あぁいえ。いいんですよ……まぁ行き場所が無くなった時は、頼らせて貰います、はい」
ゴウリキマルさんの声が聞けて癒された。
俺は笑みを浮かべながら、コツコツと靴の音を鳴らしながら通りを進む。
公園から遠ざかっていって、適当な宿屋を探した。
「ここ等辺で、いい宿屋ってありますかね?」
《……知らねぇよ。適当に安い所で……あぁ駄目だな。ログインした時に襲われたら厄介だ。待ってろ、今調べるから》
通信越しにカタカタとキーボードを打ち付ける音が聞こえた。
適当に歩きながら彼女が検索を終えるのを待つ。
《……今、お前がいるところから三百メートル先に”S・Tホテル”ってのがある。そこはセキュリティもしっかりしてるみてぇだ。座標を送るから、そのフロントに”
「了解でーす……あ、お土産とかいりますか? 此処の名物はドーナッツらしいですよ」
《あ? んなもんいらねぇ――分かった! 分かったから離れろ!! あぁ、時間が出来たら三つ買ってきてくれ……はぁ》
近くに誰かいるようで、それは絶対にショーコさんだろう思った。
俺は乾いた笑みを浮かべながら頬を掻いて。
買って帰ることを伝えながら通信を切ろうとした。
その時にゴウリキマルさんはぼそりと言葉を発した。
《……無理すんなよ》
「……ありがとうございます」
彼女に気遣いの言葉を受けて、俺はお礼を言う。
彼女は照れくさそうに気にするなと言って。
通信はそこで切れて、俺は足を止めた。
周りを見れば、住人たちが道を歩いている。
老人が杖を突きながら散歩していて。
少年少女がキャンディーを店の住人から受け取って笑っている。
若い女性たちが道端で話をしていて……まるで本物の世界の様だった。
「……いや、此処も本物だ。皆、生きている……移住する人間の気持ちも、分かるなぁ」
汚れた世界から、少しでも清らかな場所へ。
でも、此処も多少なりとも問題を抱えている。
どんな世界であっても欠陥が無ければ――面白みがない。
理不尽な世界だと思いながら、俺は鼻歌を歌って道を歩いて行った。
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