022:酒場で笑う男
仮想現実世界の酒場は、一人の世界に籠るにはもってこいの場所だった。
昼間から酒を飲んでいる人間はそうはおらず。
現実では見ることが無くなったジュークボックスを操作すれば、廃れた音楽の音色が聞けた。
傭兵として活動して稼いだ金で飲む酒は美味い。
好きな事に金を使うのが俺のポリシーで。
死ぬまで人生を存分に楽しむのが俺の目標だ。
嫌な事は極力せず、したいように生きる……現実ではそうはいかないけど。
ウィスキーの入ったグラスを回しながら、俺はぐいっと飲む。
辛口のウィスキーが喉を通って胃の中に流れて。
幸せの息を吐けば、身も心もポカポカになった。
マスターから受け取ったボトルから新しい酒を注いで。
俺は一人で酒を楽しんでいた。
そんな時に、からころとベルが鳴って客の来店を告げた。
チラリと見れば、カーキ色のジャケットを羽織ったひげ面の男で。
小麦色に焼けた肌にがっしりとした体格の男は俺の隣に座った。
「ウィスキーをロックで」
「あいよ」
男らしい声の男は店主からグラスを受け取る。
そうして一気にグィッと呷ってから静かに息を吐く。
俺はにやりと笑って、店主の代わりにグラスに酒を注いでやった。
男は俺の酒を笑いながら受け取ってくれて。
俺たちは互いの出会いに乾杯しながら一杯酌み交わした。
「……マサムネだ。アンタは?」
「俺はトロイだ……見たところ、傭兵か?」
「あぁ、アンタも傭兵みたいだな」
何となく目を見て言えば、彼は口笛を吹く。
当たりだと教えてくれた彼は何故分かったのかと聞いてきて。
俺の事を傭兵だと分かる人間は、同じ部類の人間だと思っただけだと伝えた。
「なるほどねぇ。中々に鋭い洞察力だ。アンタ、刑事にもなれるんじゃないか」
「いやいや、俺は誰かを牢にぶち込めれるほど偉くは無いよ。昼に一杯引っかけてるんだ。何方かといえば、捕まるほうがお似合いだろ」
「はは、違いねぇや」
軽口を叩きながら酒を飲む。
トロイは何処から来たのかと聞けば、彼はこの世界の住人らしく。
故郷は公国領の南東にあるメルボラという小さな村らしい。
彼は故郷で作った酒が美味いと教えてくれて、良かったら今度来てくれと言ってくれた。
俺はその時は是非、美味い酒を飲ませてくれと彼に伝えた。
「アンタの出身は?」
「現世さ。傭兵は副業で、本当は工場で働いている」
「へぇ二足の草鞋か。アンタも大変なんだな。疲れないもんなのかい?」
「ん? まぁ疲れるけど。傭兵は趣味みたいなもんだ」
「ほぉ、ってことは”ジャンキー”なのか?」
「……まぁはたから見たらそうなんじゃないか。血を見るのが好きな訳じゃないけど」
俺がぼそりと言えば、彼は「本物だな」と感心したように呟く。
何が本物だと聞けば、傭兵らしい人間だと思っただけだと言われて。
俺は逆に戦いが嫌いなのかと彼に聞いた。
「……うーん。好きか嫌いかで言えば、好きさ。ただ、俺は生きる為に傭兵をしているからなぁ」
「ふーん……でも、この仕事ってあまり儲からないだろ。下手したらメンテナンス代の方が高くつく」
「あぁ分かるよ。弾の一発だって無駄にするなってのが俺の兄貴の口癖だったからな」
「あぁ? 兄弟そろって傭兵ってか?」
「そうだぜ? 家は代々、傭兵を生業にした家計だからな。すごいだろぉ」
「そりゃすごいな……メカニックとは契約を?」
「まぁな。俺みたいな変人を相手にするのは、あいつだけだからな。大事に大事にしてるよ」
代々傭兵をしているというトロイ。
彼は酒が入って口が軽くなっている。
専属のメカニックがいて、更に聞いてみれば企業の後ろ盾もあるようで。
彼はその企業が開発しているメリウスのテストパイロットとして戦場を転々としているらしい。
帝国や公国とも戦うものの、犯罪行為には決して手を染めず。
まっとうな傭兵として生計を立てているのが自慢らしい。
「……ま、真面目に働いて食う飯も、人をぶっ殺して食う飯も味は変わらねぇからよ。傭兵生活も文句はねぇ」
「そういう割には、何か未練がありそうだなぁ」
「…………あるさ。故郷に残していった幼馴染がいる。そいつは俺の事が好きだった」
「……だった?」
「――結婚したんだよッ! 俺以外の奴とッ! なんでだよぉぉ!!」
カウンターを激しく叩きながら泣き声を上げる男。
俺はそいつから目を逸らして前を見ていた。
「残していった俺が悪いさ。でもなぁ、久しぶりに帰ってきた俺の出迎えに来ないからおかしいなぁって思ってたら。子供が腹の中にいたんだぜ!? 嘘だろってマジで思ったんだからな!!」
「あぁ分かった。フラれて悲しんだろ。好きなだけ泣けよ」
「フラれてねぇよ!!」
目から滝のような涙を流しながら、唇を噛むトロイ。
俺は奴の肩を叩きながら首を左右に振る。
もう起こったことは仕方ない。別の恋人を探せばいいと彼に助言して。
トロイはいたらとっくに声を掛けていると言ってきた。
楽しい酒の席で聞いてしまった悩み事。
残念ながらその解決策は俺には分からず。
俺はしくしくと泣いている友人を見ないようにしながら、チビチビと酒を飲んだ。
「……良かったんだろうな。本当は」
「……急に何だよ」
「……いや、傭兵をしている人間が所帯を持って……何時まで、続けられるか考えたんだよ」
トロイは酒を飲みながら、未来の話をしていた。
「……傭兵なんて一生は出来ないだろ。でもな、俺たちに別の道なんてねぇ……俺はこの道しか知らねぇから」
「……だったら、作ればいい。自分が歩ける道を、自分で作れよ」
「俺に出来るか?」
「さぁな。出来るかもしれないし、出来ないかもしれない……やってみなきゃ、答えは分からないからな」
「……あぁそうだな……傭兵以外の道を見つけた俺に!」
「……死ぬまで酒を飲んでいる俺に」
互いに未来の自分を想像しながらグラスを鳴らした。
そうして、一息に飲み干して――大きく息を吐く。
大人の時間はこれからであり、俺は空になったボトルを無視して。
マスターに新しい酒を注文した。
彼は苦笑いを浮かべながら、ほどほどにしておけと俺たちに忠告してきた。
俺はそれを適当に受け流しながら新しいボトルの栓を開ける。
そうしてコトコトと二つのグラスに注いでから、一気に呷った。
「「友との出会いに!」」
出身も違う。傭兵としての心意気も違う二人。
しかし、この席で出会った俺たちは意気投合して。
互いに不安も何もかも忘れて酒の味を楽しんだ。
もしかしたら敵になるかもしれない相手を見て――俺たちは笑っていた。
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