018:濁った瞳の少年たち

 うだるような暑さの中で、皇帝の政策に反対するレジスタンスが暴動を起こしていた。

 帝国は今、一つの選択を迫られていた。

 それは前線がジリジリと後退させられていく中で直面する問題――圧倒的な兵員不足をどうするかだ。


 年々減っていく自国の志願兵の数に悩まされた帝国は、それまではあまり信用していなかった傭兵たちを重宝するようになって。

 今では帝国の軍部は傭兵崩れのメラルド・カースランドという男が実権を握っていた。

 メラルドは優れたメリウスの操縦技術を持っているらしいが、その性格は破綻者の一言で説明できる。

 毎晩、自室に女を連れ込んでは酒盛りをして、偶に練兵所に現れれば憂さ晴らしに兵たちに暴力を振るう。

 絵にかいたようなクズであり、そんな奴を慕う人間なんてそうはいない。

 敵を作ったメラルドは、今、帝国で暮らす市民たちから目の上のたん瘤のように思われていて。

 中でも、傭兵に対してあまり良い感情を持たない人間たちはレジスタンスを名乗って傭兵に軍部を任せた皇帝を引きずり降ろそうとしていた。


 そんなメラルドには一つの噂がある。

 それは奴が、志願者の数が減っていく中で自分だけがその問題を解決できるとうそぶいている事で。

 俺とゴウリキマルさんはその話をショーコさんから聞いて、何とか奴と接触できないかと思っていた。

 そんな時にベストタイミングとでもいうのか――メラルドから依頼が入る。


 奴は告死天使と戦った俺の事を高く評価しているようで。

 新兵たちと共にレジスタンスたちの拠点を攻撃して奴らの指導者を捕まえて来いと言ってきた。

 簡単に話しているものの、メラルドから渡されたレジスタンスの情報は危険で。

 その拠点には少なくとも、二十機ばかりのメリウスが確認されているようだ。

 それも戦い慣れした奴らがいるようで、中には”名付き”もいると噂されていた。


 俺は依頼は承諾したものの、新兵の練度と人数に不安を抱いていた。

 結果的には――その心配は当たってしまった。


 酒瓶を片手に持ちながら、くすんだ金髪をオールバックにした人相の悪い男。

 吐息を吐き出せば距離を取っている俺のところにまで臭気が漂ってきて。

 俺は真顔のまま茹蛸のように顔を赤くするクズを視界に入れないようにしながら、俺の前で整列する――少年兵を見ていた。


 だぼだぼの軍服を着ていて、一丁前に敬礼する少年兵たち。

 輸送機やメリウスが待機する飛行場の端で、俺は嫌なものを見せられていた。

 

「ひっく、お前があの”雷”かぁ? 思っていたよりも弱そうだが……まぁ期待しておいてやる。こいつらを連れて行って、即刻、クズどもの根城を叩いてこい。そうして、偉大なる皇帝に反旗を翻す憎きレジスタンスのリーダーの首をこの私の前に持って来いぃ。いいなぁ?」

「……」

「ふっ、愛想の無い奴め……ではな」


 酔っぱらいが去っていき、俺は少年兵たちと向き合う。

 少年兵の数は十人であり、明らかに敵よりも数が少ない。

 練度も彼らの年齢からして、そこまで積まれているとは思えない。

 恐らく、あの男はこの少年たちを弾避けか。あるいは特攻でもさせろとでも言っているのだろう……面倒臭い。


 悲惨な現実を見てきた少年たちへの接し方なんて知らないし、知ろうとも思わない。

 関われば色々とこちらも厄介な事になるのは目に見えている。

 俺は無言で彼らの前から離れて、さっさと自分のメリウスに乗ろうとした。

 すると、彼らの中で一番生意気そうな少年が俺に声を掛けてきた。


 振り返れば、この世全ての人間を恨んでますといいたげな濁り切った青い瞳を俺へと向けている。

 風呂に定期的に入れてもらってるのか怪しいほどぼさぼさの髪で。

 俺は何か用かと彼に尋ねた。すると、彼は命令しろと言ってきて……。


「……命を大事に。じゃ」

「――ふざけるなッ! 真面目に命令しろッ!!」

「……大人に対する口の利き方がなってないんじゃないか?」

「あぁ? 何言ってんだ雇われの癖に――ぅ!!」


 汚い言葉で俺を罵ろうとした狂犬君。

 そんな彼は隣で立っていた少しだけ年長そうな少年に口を押えられて。

 坊主頭の彼は俺に対して謝罪を口にしながら、罰は与えないでくれという。

 いや、狂犬君の言う通り俺は雇われているだけで軍人じゃないし、罰なんて与える権利はない。

 俺は何もしないとだけ言って、もう振り返ることも無く紫電へと乗り込む。


 コンソールを操作して、紫電のシステムの最終チェックを済ませる。

 チラリとディスプレイに映った少年兵たちを見れば、緊張した面持ちでメリウスに乗り込んでいて。

 彼らのメリウスは最低限の整備はされているようだが……アレって旧式じゃないのか?


 帝国の正式な量産型モデルは”イーグル”という。

 鷹の名を冠する様に、高機動型のメリウスで。

 中量二脚の対空戦闘に特化した第五世代のメリウスだ。

 バランスが良いものの、定期的にメンテナンスをしなければすぐにダメになると聞いていたけど……アレはいいとこ第三世代だろ。

 

 動画で勉強したから分かるが、アレは旧時代の重装甲が一般的だった時代のメリウスと酷似している。

 装甲を兎に角厚くして、大火力の武装を積んで戦っていた時代の骨とう品だ。

 第三世代がいいところであり、下手をすれば第二世代の可能性が高い。

 ちゃんと動いているところから、メンテナンスはしているとは思うけど。

 自分だったら、あんなものに乗って戦場には行きたくない。

 可哀そうな少年兵たちであり、同情してしまいそうになる。


《――隊長。全機、システムチェック完了しました》

「……隊長なんて呼ばなくていい」

《で、ですが上官より貴方様の指示に従うようにと》

「……じゃ命令する。自由に考えて行動しろ」

《……了解しました》


 通信を切ってから、俺は輸送機の中に紫電を入れた。

 後はポイントに着くまで暫く休んでいればいい。

 ゴウリキマルさんから一緒に戦う仲間の情報は頭に入れておけと言われて。

 彼らのプロフィールをメラルドから奪ってきた。

 それを見れば俺はしかめっ面になってしまいそうで――大きくため息を吐いた。


「……マクラーゲンさん。貴方の気持ちが少し分かったよ」


 少年兵たちは、この世界で生まれた命であった。

 親を戦争で失くして孤児院に引き取られて。

 自分たちが食べていくために兵に志願して、あのメラルドに使い捨ての駒として使われている。

 彼らも自分たちの境遇は理解しているだろう。

 今から行く場所で戦えば、最低でも誰かは死ぬ。

 俺も死ぬかもしれないし、全滅だってあるかもしれない。


 ただ、俺は復活できる。

 彼らは復活できない。そのまま天に召される。


「……胸糞悪くて、眠れねぇなぁ」


 ゲームのようでゲームではない世界。

 NPCと定義できる存在は、確かな命を持って生きている。

 俺のさじ加減で生かすことも殺すことも出来る存在。

 ただのライン工が隊長であり――乾いた笑いしかでない。


「……ゴウリキマルさんは……ショーコさんと東源国を調べるって言ってたな」


 今頃、二人も大忙しである。

 苦労しているのは俺だけじゃないと自分に言い聞かせながら。

 俺は計器から発せられる薄い光をボォッと眺めて――ゆっくりと目を閉じた。

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