016:暗く冷たい死

 敵の練度は俺の想像を遥かに超えていた。

 ハンドキャノンを連続して放つが、奴はそれを紙一重で避ける。

 それどころか面倒な物はブレードで両断して。

 先ほどの動作がまぐれではないと表していた。


 俺は敵に舌を巻きながらも、どう対処するべきかを考えた。

 恐らく、残りの四機は積み荷を奪いに向かった。

 いくらあの二人の経験が豊富だからといって五対二は分が悪すぎる。

 早く救援に行きたいが、こいつの前で背中を向けようものなら斬られてしまう。


 俺が出来ることはこれ以上分が悪くならないように、こいつを足止めする事くらいだ。


 スラスターを噴かせて変則機動を取る。

 すると、奴も俺に追随してきて背中にピッタリと張り付く。

 まるで、お前の動きなど読めていると言わんばかりで――俺は背面飛行に切り替えた。


「喰らえやァァ!!」


 弾をバカすか撃ちながら、敵の意表を突こうとした。

 しかし、奴は器用に弾の合間を縫って機体をブーストさせて――俺のコックピッドをブレードの柄で殴りつけた。

 激しくコックピットが揺らされて、俺の視界がバチバチと閃光する。

 寸でのところで持ちこたえて、俺は機体を回転させて地面へと降下する。

 追ってくる敵は俺の事を弄んでいるようで、俺は舌を鳴らした。


 眼前に迫った地面。

 一気にスラスターの角度を変えて、地面を滑空していく。

 時折ハンドキャノンを地面に撃って地面を抉りながら、奴の飛行の邪魔をした。

 しかし、奴はそんなことなど微塵も気にしないない。

 自信に満ちた操縦であり、見ているだけで腹が立つ。


 俺はハンドキャノンで攻撃が無意味だと悟る。

 恐らくはパイルバンカーの攻撃も当たらないだろう。

 俺はハンドキャノンを敵へと投擲し、パイルバンカーの装備をパージした。

 相手は俺のハンドキャノンを真っ二つにする。

 俺は腕に格納していたナイフを取り出して敵をジッと睨んだ。

 互いに停止して相手を見つめる。

 俺は極限まで無駄な物をそぎ落とし、相手の得意な近接戦闘で戦うことを選んだ。

 自殺行為だ、無謀だろう――上等だッ!


《――ネッ! マサムネッ! 聞こえているかッ! 応答しろッ!!》

「……ゴウリキマルさん。声が聞こえましたね」


 敵が襲撃してくるまで敢えて話しかけることはせず黙っていた。

 勿論、敵が攻撃してきた時には通信を試みたが。

 しかし、襲撃されてから今まで外部との通信を遮断されていて。

 俺はようやく彼女の声が聞こえて安堵した。

 焦っている彼女は俺のセンサー越しに見える真紅の機体を見ながら、必死に逃げろという。


《逃げるんだッ!! そいつはお前の勝てる相手じゃないッ!! 全力で逃げろッ!!》

「……逃がしてはくれないでしょう。アレを使っても、こいつからは逃げられるヴィジョンが見えないんです」

《――っ! 待ってろ。今救援を》

「間に合いません。俺は此処で――最後まで戦います」

「――っ。死が怖くないのかッ! 復活できても、一度の死でこの世界から消えた奴もいるんだぞッ!? お前は、お前は……》


 分かっている。死がどれだけ冷たく恐ろしい事か。

 経験したからこそ言えるが、アレは何度も経験するものじゃない。

 痛くて苦しく冷たい世界に落とされて、テレビの電源を付けるように戻されて。

 そんなことを繰り返せば、常人は気が狂ってしまう。

 だからこそ、誰も死を克服できないのだ。


 ――それでも、退けない戦いがあるッ!


「出力全開ッ!!!」

《音声コードを確認。能力解放》


 コックピット内が青白く発光する。

 相手は無言のままだらりと二本のブレードを下げていて――俺は一気に接近した。


 ナイフを使い連撃を放つ。

 相手の隙を見つけて、そこへと攻撃を浴びせようとした。

 長刀を使うのなら、ナイフの方が手数は多く出せる――そう思っていた。


 奴はブレードを瞬時に振るい、俺の攻撃を弾き飛ばす。

 最小限の動きで、急所へと向かった攻撃をブレードの峰で弾く。

 俺はそれでも攻撃を続けた。

 何度も何度も何度も振るい――その全てを弾かれる。


 俺は距離を取り、奴の死角を突こうと移動した。

 立体機動を取りながら、奴の背後に一瞬で回り。

 背中へとナイフを当てようとして――軌道を変えて奴の横に回る。


 フェイントを混ぜて、奴の側面からコアを潰そうとした。

 しかし、奴はセンサーを俺へと向けている。

 その瞳から本能で危険を感じて俺はその場をのこうと――ダメだッ!!


「体、もってくれよッ!!!」


 俺は更に機体を加速させて、奴の周囲を駆けた。

 砂を巻き上げながら視界を奪い。

 高速移動によって煙を更に周囲にまき散らした。

 ペダルは最大まで踏んで、軌道を大きく変えれば体から嫌な音が響いた。

 無理な操縦であり、口の端から血が流れる。

 俺は歯を食いしばりながら、土煙で姿の見えない敵に切りかかった。


 上から横から、後ろから、前方から。

 甲高い金属音が鳴り響いて”俺の機体は”切り刻まられていった。

 もう遊びは終わりだと言わんばかりに、接近すれば回避された上に切り裂かれて。

 紫電の右腕が切り飛ばされてからも、俺は果敢に攻め続けた。


 何もかもが違う。

 経験も知識も、機体の操縦技術も向こうが遥か上で。

 最初から勝てるヴィジョンなんて浮かばなかった。

 戦えば、確実に俺が負けると心が叫んでいた。

 それでも俺は戦う道を選んで――機体が大きく傾く。


 ガラガラと地面を転がって、激しくスパークしながら止まった。

 俺はまだ戦えると起き上がろうとして――下半身が無い事に気が付いた。


 ノイズの走るディスプレイを見れば、紫電の下半身が落ちていて。

 奴はブレードを払いながら、ゆっくりと俺に近づいてきた。


 眼前に立ち俺を見下ろす敵。

 ゴウリキマルさんの悲痛な叫びが聞こえる中で、俺は奴に笑みを向けた。


《逃走を選ばなかったのは、勝てると思ったからか》

「……バカだから分かんねぇよ……体がボロボロになって指一本も動かせなくなるまで戦うのが男じゃねぇのか?」

《……傭兵としては落第点だ。が、戦士としては合格だ――褒美だ。死ね》

《ヤメロォォォォッ!!!》


 奴の長刀が振りかぶられて勢いよく振り下ろされる。

 機体内が圧縮されて上から物凄い力が掛かり体が押しつぶされて――意識が消えた。



 


 

「……死んだか」


 久しぶりに見る病院の天井だ。

 冷たい死を再び体験させられて、俺は乾いた笑みを浮かべる。

 どれくらい眠っていたのか俺は端末を確認しようとして――目と目が合う。


 ベッドの横には一人の女性が座っている。

 何時も目深く被っていたフードを外して、綺麗な赤髪が見えている。

 目元は泣き腫らしたのか少し赤くなっていて。

 彼女は俺をジッと見つめながら、無言を貫いていた。

 俺は頬を掻きながら、何と言ったらいいかと考える。


「え、えっと……た、ただいま!」

「……」

「しゅ、修理をお願い……できます?」

「……」


 完全なる無言であり、彼女は俺の目を真顔で見つめるだけだった。

 俺は喉を鳴らしながら、どうしたものかと視線をさ迷わせる。


「……お前は、何で私の言うことを聞かない」

「……そ、それは」

「……私が信用できないのか……私の言葉は聞こえないのか」

「ち、違います! 俺はただ」

「――いや、いい。私も同じだから」


 彼女は俺と同じと言った。

 俺はそれはどういう意味なのかと聞く。

 すると、彼女は目を伏せながらゆっくりと口を開いた。


「……私の事を教えてやる。今まで何をしてきて、どんな奴だったか……それを話したら、お前とも本当のバディーになれる気がするから……」

「……分かりました」


 俺は彼女の決意を聞いて、静か頷いた。

 そうして彼女はぽつぽつと自分の過去を話し始めた。

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