015:深紅の機体

 あの一件からゴウリキマルさんの様子がおかしい。

 俺の救援依頼を出したのはやはり彼女で。

 機体のメンテナンスよりも優先して俺の体を調べてくれた。

 ぶつぶつと独り言を言っていて”共鳴”がどうとか言っていた気がする。


 詳しく説明を求めてもはぐらかされて。

 俺なりの知略を巡らした誘導尋問にも引っかからない。

 俺はお手上げ状態になってしまい。

 仕方なく、彼女からOKを貰った依頼を熟していった。


 ある時は商会の護衛をし、ある時は暴動を起こしている集団の鎮圧に向かう。

 個人と企業と国の依頼の比率を表すのなら3:2:5である。

 金払いが良いのは圧倒的に企業であるが、何かきな臭い依頼ばかりを寄越してくるのだ。

 最近受けたものでは、よく二人組になって依頼を受けることがしばしばだった。

 それも同じ傭兵とばかり組まされていて、彼女は何処かに所属しているのかと聞けば帝国と短期契約をしていると暴露していた。

 彼女曰く、帝国から俺の観察を命令されているようで……それ言ってもいいやつなのか?


 何処かギャルのような陽気さを持つ彼女。

 機体のカラーリングもピンクで、デカールは何かのキャラクターを張り付けていた。

 しかし、乗っている機体は重装甲のタンクであり、その火力は正直えげつなかった。

 ゲラゲラと笑いながら、遥か彼方からやってくるメリウスを一撃で破壊した時は流石の俺も肝が冷えて。

 おじさんおじさんと言って何故か慕ってくる彼女に恐怖を覚えながら、今日も彼女ととある依頼でバディーを組んでいた。


 依頼主は帝国領で武器商人をしている男性で。

 彼は大口の顧客が出来て、早速、商品を輸送したらしいが。

 しかし、その輸送した品は何者かに強奪されたようだった。

 二度目も送ろうと考えたらしいが、また襲われて盗まれでもしたら大損害らしく。

 彼は背に腹は変えられないと俺と彼女と後二人を雇ったらしい。

 死ぬ気で守ってくれと依頼主に言われて、俺は引き気味に承諾した。


 空輸は諦めて、今回は陸路から送るようで。

 俺たちは機体の足を動かしながら、舗装された道をゆっくりと進んでいった。

 センサーは問題なく動いていて、レーダーに敵影は確認されない。

 かれこれ三時間以上は歩いており、そろそろ国境を超える頃だろうか。


「……俺って国境を越えてもいいのか? いや、手配書には載ってないけど……マクラーゲンさんに頼むか?」

《おじさーん何言ってるのぉ? 私、暇だからさぁ。何か面白い話してよぉ》

「……ショーコさん。任務に集中しな」

《えぇぇ? だって敵来ないじゃん。ねぇねぇ、あの中開けてみてよぉ、私チョー気になる!》

「いや、勝手に中見たら駄目だから。バカなの?」

《あぁぁ! 今バカって言った! 現役のJK相手にバカって言うのは駄目なんだからねぇ!》

「……リアルの話もしてるし……はぁぁ」


 この子は俺よりも馬鹿なようだ。

 そのお陰で、此方も下手に緊張することなく話せているからいいけど……。


 ズシズシと音を立てながらのんびりと進む俺たち。

 下を見れば、歩兵用の強化外骨格を装備した兵士も欠伸をしていて。

 周囲の景色ものどかな草原ということもあって気を抜きそうになる。

 仮想現実世界の景色は現実よりも色鮮やかで……いや、こっちの方が断然見応えがある。


 鳥の群れがどこかへと飛んでいき、池の周りには鹿や兎がいる。

 それを遠くから狙う肉食獣もいて。現実よりも遥かに生きた世界を感じた。

 真っ赤な夕日は宝石の様に綺麗で――


「……綺麗だな」

《……おじさんはさ。何で傭兵になったの?》

「……最初は単純さ。楽してお金が稼げると思ったから」

《ふーん……じゃ今は?》

「そうだな……楽じゃなかった。重い話もされるし、本当に消えてなくなるような存在もいる。楽だと思う事は無くなった……でも、楽しいと思ったよ」

《……戦いが好きなんて、やっぱりおじさんは向いてるよ……でも、何時か後悔するかもよ?》


 女子高生が話す話題ではない。

 俺はそう思ったが笑うことはせず。

 彼女からの忠告を受け入れながら、その時は慰めてくれとお願いした。

 すると、彼女はケラケラと笑って――承諾してくれた。


《私に慰めてもらえるなんておじさんはラッキーだよ! その時は、いっぱいっぱーい欲しいもの買ってもらうからね!》

「……お金取るの!?」

《えぇ? 当たり前じゃん。世の中に無償の愛なんて無いんだよぉ》


 何だかギャルに弄ばれているような気がした。

 俺は肩をガックリと落としながらも、悪い気はせず。

 彼女と楽しく談笑しながら、俺たちは目的地へと進んでいって――何かが飛んできた。


 勢いよく迫ったそれがショーコさんの乗るメリウスに命中して――大きく爆ぜた。


「ショーコッ!!」


 生体反応がロストして、ショーコが殺されたことを悟る。

 悲しんでいる暇も怒っている余裕も無い。

 俺は歩兵たちに指示をして、全速力で進むように言った。

 遮蔽物でもあればいいが、此処には隠れられる場所が無い。

 本来であれば積み荷を守るところだが、相手が積み荷を狙う強盗団なら守る必要は薄れる。

 恐らくは、俺たちを始末してからゆっくりと積み荷を奪うつもりだろう。

 残りの二機は戦い慣れているようで、シールドとライフルを持ちながら狙撃を警戒していた。


「狙撃ポイントは――くそッ! 遠すぎる」


 超長距離射撃であり、俺の武装ではあそこまで届かない。

 遥か遠くの山の中腹から狙ったのだろうが、明らかに精度が桁違いだった。

 今から奴の場所まで行くか――いや、此処を離れたら危険だ。


 そんな事を考えている間にも狙撃手は銃弾を放ってくる。

 勘で飛んでくる弾を避けながら、俺はどうするべきかを考えて――レーダーが接近する機影を捉えた。


「速いッ 機影は――五機ッ!?」


 狙撃手以外に五機のメリウスが急速接近している。

 考えている余裕は無さそうで、俺は決死の覚悟で戦いに臨もうとした。

 恐らく、相手は戦闘経験が豊富なプロであり、俺は覚悟を決めなければいけないだろう。


 大きく笑いながら、俺は操縦桿を強く握り締めた。


「最後まで戦えッ! 生き恥を晒すなッ! 逃げるくらいなら、一機でも多く堕とす――運転手さん行ってくれッ!!」


 全速力で国境まで逃げるように指示する。

 国境まで行けば、そこに待機している警備隊が彼らを守ってくれる。

 奴らも国を相手にしてまで積み荷を奪おうとは思わないだろう。

 俺は一株の希望に掛けて、自らの使命を全うするために接近してくる敵へと向かっていった。


 規則正しく並んで飛んでいる先頭の奴目掛けて弾丸を飛ばし――ブレードで一刀両断される。


「――ッ!?」


 驚いている俺をよそに奴らは散開して。

 積み荷を奪いに行こうとした。

 俺はそいつらを止める為に弾丸を連続して放つが、奴らはそれを見もせずに回避する。


「くそッ! 逃が――かはぁ!?」


 意識が逸れた一瞬の隙をついて目の前の敵が蹴りを浴びせてきた。

 機体内をシェイクされて、俺は肺から空気を出した。

 何とか体勢を整えて相手を見る。

 奴は太陽を背にしながら俺を見下げていた。


 深紅の機体は敵の返り血でも浴びたかのように赤く。

 黄金比のように均整の取れた機体は美すら感じる。

 緑に発光する双眼センサーは俺を見つめていて。

 両手に持ったブレードの片方の切っ先を俺へと向けながら、そいつは回線を繋いで言葉を発した。


 

《戦え――そして、死ね》

「……上等だ」



 俺は闘争心を焚きつけられて、猛然と突っ込んでいく。

 奴のブレードはキラリと輝いて俺に向かってくる。

 俺は久方ぶりに強者に心を躍らせながら――ハンドキャノンの引き金を引いた。

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