012:戦う者の意識

 セントラルパークから少し離れた場所にある喫茶店。

 レトロな内装の店内には適度に観葉植物が置かれていて。

 マスターらしき壮年の男性は入店した我々に暖かな笑みを向けてくれた。

 燕尾服の似合う紳士であり、彼に挨拶をしたマクラーゲンさんたちは奥の席に座った。


 赤いソファーに座って、マクラーゲンさんは俺を見つめる。

 赤い瞳に映る俺は何処か緊張した面持ちで。

 まるで彼女に心のうちまで見透かされているような気分だった。


「……最初に謝っておきます。行き成り現れて、強引に連れてきたこと申し訳ありません」

「……俺を捕まえるんですか」

「……上層部の中には、そういう事を言う人間もいます。出る杭は打つ。均衡を打ち破る者は、ただちに排除しろと……皆、恐れているんです。今が壊れてしまうのが、とても恐ろしいことに思えるんでしょう」


 マクラ-ゲンさんは窓の外を見ながらそんな事を言った。

 俺も一緒になって外を見れば、元気に外で走り回る子供たちがいる。


「……貴方には、あの子供たちがどう見えますか?」

「……元気な子供じゃないんですか」

「……そうですね。元気な子供です……データの世界で生まれたこの世界の住人達」


 マクラーゲンさんは意味がありそうな言葉を発した。

 それはどういう意味なのかと尋ねると、彼女はまた俺の目を見つめる。


「彼らには一つの体と一つの命しかありません」

「それは、俺も」

「――貴方には現実の体と命があります。死んでも生き返って、嫌なら逃げられる」

「……あの子たちは違うんですか」

「えぇ、あの子たちに現実の体はありません。死んでも、生き返る事は無い……”空っぽの命エンプティ―”ですから」


 マクラーゲンさんはぽつぽつと語る。

 この世界で生まれた人間は、現実世界で生きている人間よりも人間らしく。

 誰かが死んだら悲しみ、誰かが結婚すれば人一倍祝福してくれると。

 誰よりも国を愛し、この世界で暮らす人間たちを思って生きているのだと。


「……私は最近、悩んでいるんです。国を守る兵士として志願してくれる彼らを、快く受け入れて良いものなのかと……真剣に生きている彼らを、こんな遊びに付き合わせるのは、彼らへの侮辱ではないかと思うんです」

「……侮辱でしょうね。根本的に考え方が違うから。非難されるのは当たり前です」

「……貴方なら、彼らに何と言いますか?」


 マクラーゲンさんは俺に問いを投げかける。

 重い話であり、俺にとっては苦手な話題で。

 俺はポリポリと頬を掻きながら、ゆっくりと言葉を発した。


「死に場所がそこでいいのなら戦えばいい……ですかね」


 俺の言葉に、マクラーゲンさんの隣に座るイサビリさんは眉を顰める。

 しかし、マクラーゲンさんは小さく頷いていた。


「生きる場所じゃない、死ぬ場所を選ばせるんですね……何となく、貴方の心が分かった気がしました」


 納得のいったような顔のマクラーゲンさんは運ばれてきたコーヒーに目を向ける。

 俺の前にも彼女と同じコーヒーが注がれたカップが置かれて。

 ゴウリキマルさんを見れば、砂糖とミルクを大量に入れていた。


 マクラーゲンさんは落ち着いた所作でコーヒーを飲む。

 俺もそれに習って、ゆっくりとカップに口を付けた。


 温かな液体が口に注がれて、コクのある苦みとほのかな酸味を味わう。

 ゆっくりと喉を通っていき、胃に満たされたコーヒーは芯から冷えた体を温めてくれる。

 俺は正直に「美味い」とだけ言葉を発した。


「……マスターが買ってくる豆は、とある老夫婦が作ったものです。息子さんが一人いて、彼はメリウスのパイロットになって戦場で戦っていました」

「……何で過去形なんですか」

「……死にましたから。嵐の中の前線で戦って、命を落としました」

「――おい」


 ゴウリキマルさんがいち早くテーブルを叩いた。

 言っている言葉の意味を理解して、それ以上言うなと釘を刺している。

 しかし、その行動はもう遅いだろう。

 俺はコーヒーカップを置きながら、小さな質問を一つした。


「……彼の名前を教えてください」

「……リック・ターナー」


 マクラーゲンさんの言葉を聞いて俺は端末を操作した。

 今まで撃墜したメリウスを見ていって、それに搭乗していたパイロットの名前を見て――あった。


 あの嵐の中で俺が戦ったパイロットの中にリック・ターナーは存在していた。

 ゲーム感覚で戦った俺は、この世界の住人を殺して。

 復活できる俺と復活できない彼の間には、明確なまでの差があった。

 生死を懸けた戦いで、自分が死ぬんだと分かった瞬間に彼は何を思ったのか――それは俺には分からない。


 ただ、俺が言える事は一つだけだった。


「例え相手が復活できないと知っていても――俺は彼を撃墜していましたよ」

「……それは彼が空っぽだからですか?」

「違います。彼が戦いを挑んでくるのだから、俺も戦わないと――彼の想いが穢されてしまうから」


 死にゆくものに掛ける言葉はない。

 ただ、死を覚悟してでも挑んでくる人間の想いには応えられる。

 一度きりの人生を懸けてまで戦いを挑むのだ。

 それを否定する事と、彼らを見逃す事は――命への冒涜に等しい。


 俺がそうハッキリと伝えれば、マクラーゲンさんは目を細めて笑う。


「それでは、私と戦うことになっても――貴方は逃げないんですね」

「……逃げません……まぁ、未来なんて分からないですけど」


 ゴウリキマルさんに小突かれて、俺はお茶を濁す形で言葉を付け加えた。

 そんな俺を見て、彼女はゆっくりと目を閉じて小さく頷いた。

 もう質問は無いのか、彼女は席を立つ。


「ありがとう。楽しい時間でした。次に会う時は――戦場で」


 コツコツと靴を鳴らしながら帰っていく。

 マクラーゲンさんはマスターに多めの額の金を与えていた。

 俺は重い空気が消えたことに安堵しながら、さっさと帰ろうとする。


 そんな時に、ピロンと端末から音がした。

 何だろうと思って見れば、新規の依頼であった。

 依頼内容を見れば、とあるメリウスの捕獲依頼である。


「……無人のメリウス……何だこれ?」

「どうした。何が来たんだ」

「あ、いえ。無人のメリウスの捕獲らしいですけど、そんなもの聞いたことが無くて何かおかしい」

「――誰からだッ!」


 声を荒げながら、ゴウリキマルさんは誰からの依頼かと問い詰めてきた。

 俺は依頼者は不明で誰なのか分からないと伝える。

 すると、彼女は強く舌を鳴らして、俺に対してその依頼を受けろと言ってきた。


 何故、彼女がここまで感情をむき出しにするのか?


 無人機とこれを出した依頼主に関係があるのか。

 分からないことだらけだが、彼女が受けろと言うのなら受けるしかない。

 俺はすぐに承認を押して依頼を受けて――コールが掛かってきた。


 発信者不明のそれを不審に思いながら出ようとして。

 ゴウリキマルさんがスピーカーにするように指示した。

 俺はそれを承諾してスピーカーでコールしてきた人間と話をした。


《依頼を受けてくれてありがとう。事情により名は明かせないが、報酬などは心配しないでくれ。何なら前払いで払ってもいいが……どうするかね?》

「……いや、いい」

《そうか。では今から送る座標にて潜伏しているメリウスの捕獲を頼む。もしも目標が場所を移動した時は此方から連絡をする。すぐに行ってくれるのならありがたいが、期限は一週間ほど設けているので焦る必要はない……しかし、万が一にも捕獲が難しいのなら破壊してくれても構わない。その場合でも、報酬は全額支払うことを約束する。では健闘を祈っているよ》


 依頼主からのコールが切られて、ゴウリキマルさんは黙って端末を見ていた。

 声でも聞ければ分かるかと思ったようだ。

 しかし、残念ながら相手はボイスチェンジャーで声を変えていた。

 一体何者なのか。そして、ゴウリキマルさんとの関係は何なのか。


「……行くぞ。パーツを買いに行く」

「で、でも。すぐに行った方がいいんじゃ」

「……万全の状態で臨め。じゃないと――死ぬぞ」


 ゴウリキマルさんから聞いた底冷えするような声。

 俺はそれに一瞬驚きながらも、一人で出ていった彼女の後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る