011:将校が接触する意図

 飛行船によるのんびりとしたフライトを楽しんで。

 メリウスに乗った時とは違う景色を楽しみながらお弁当を味わった。

 腹も膨れて昼寝をして過ごしていれば、ゴウリキマルさんに頭を小突かれて。

 気がつけば目的地であるセントラルパークがある公国領のザナンドスについていた。


 英国式の建造物は見ていてとても美しく。

 赤煉瓦の時計塔は街のシンボルとして住人たちを見守っていた。

 時折、横をすれ違っていく紳士淑女がお辞儀をしてくれて。

 俺はぺこぺこと頭を下げながら、朝の陽光に包まれた街を歩いて行った。

 

 先を歩くゴウリキマルさんを追いかける。

 そうして、やって来たセントラルパークは――凄かった。


 元は公園であろう広々とした敷地には色鮮やかなテントが無数に立てられていて。

 商人らしき男たちが手を叩きながら、道行く人に声を掛けているのだ。

 朝早くに出てきて、仮想現実世界での時刻はまだ八時頃で。

 それでもこれだけ人がいるのは凄いと思った。

 

 何処を見ても人、人、人である。


 俺は小さく口を開けながら、現実では見られない光景に驚いて。

 ゴウリキマルさんが「行くぞ」と声を掛けてくれるまで魅入っていた。

 俺は慌ててゴウリキマルさんを追いかけて、今日は何を買うのかと尋ねた。


「……装甲をもう少し強化しておきたい。ただあまり重い材料を使ったら機動力が下がるから、それなりのもんでいい……それとコアの材料になる”アーマライト”と”強振装置”を買って……後は冷却装置も欲しいな。強振装置は新しいのがあったらそっちがいいけど……お前、いくらくらい持ってるんだ?」

「え? そうですね。仮想現実の通貨は……まぁざっと計算して六万くらいですかね」

「……お前さ。この前の報酬とかその前の依頼で手に入れたアイテムの換金した金はどうした?」

「……えっと、親への仕送りの為に現実のお金に少しだけ換金して。それと、欲しい靴があったので購入して、それと食べたかった料理があったので食べに行って」

「もういい喋るな……金の管理もした方がいいのか?」


 ぶつぶつと独り言を言うゴウリキマルさん。

 俺は何か可笑しなことを言ったのかと思いつつ、出ている店の品をチラチラ見ていた。

 商人の人と目が合えば、彼らは笑顔で俺に手招きをしてきて。

 俺はふらふらっと店へと近寄って良く知りもしない何かをジッと見た。


「お客さんお目が高いいねぇ。それは最近巷で噂のエアーコンプレッサーだよ! 第六世代の品で、これはメリウスの武装にも使えるんだよ。お客さんは知っているかな空気銃って言うのかな? いやいや、玩具の奴じゃない。殺傷能力のある空気の弾丸を放つんだよ。あ、言いたいことは分かる。空気の弾丸なんて弱いって思ってるだろ? 違う違う。これで本物の弾を発射するだけで、空気そのものを武器にする訳じゃないんだ。火薬だってバカにならない。もっと費用を抑えたいって人におすすめの品で」

「――おい、行くぞ」

「あ! お、お客さーん!!」


 服の袖を掴まれて、俺は強引にテントから引き離された。

 良い品だと思ったと伝えれば、彼女はあんなものは使い物にならないと言った。


「……空気で弾丸が出るのは分かる。だけど、そんなもんよりちゃんとした火薬を使った方が威力が出る。アレを使って死ぬ奴なんてごまんと見てきた。お前も、少しの金を惜しんで死にたくないだろ?」

「ま、まぁそうですけど」

「分かったのなら、必要なもんをケチるようなことはするな。それが長生きする秘訣だ」

「……俺より二個も下なのに――いっ!!」


 ガスっと足を踏まれて、俺は悶絶しながらその場で飛び跳ねた。

 そうして、バランスが崩れて真横に倒れて――ぽふんと柔らかい何かに当たる。


 とても柔らかい感触であり、薔薇のような良い匂いもした。

 俺は安心感を覚えるそれに癒されて――誰かに跳ね飛ばされた。


 乱暴に剝がされたおかげで俺は地面に尻もちをついた。

 腰を押さえながら何をするのかと上を見れば、目の前に長い刃物が迫っていた。

 刀にみえるそれは抜き身であり、眼球すれすれに翳されていて。

 俺はへらへらと笑いながら、それを向けている黒髪黒目のお姉さんに視線を向けていた。


「イサビリ、止めなさい」

「……ハッ」


 イサビリと呼ばれたポニーテールのお姉さんは刀を収める。

 そうして、一歩下がりながら後ろに控えていた綺麗なお姉さんに道を譲った。

 コツコツとブーツを鳴らしながら出てきたのは、手入れの行き届いた赤髪を腰まで伸ばした赤目の女性で。

 緑色のお洒落なコートを着た彼女は、白い手袋を履いた手で俺を起こそうとしてくれた。

 俺はお礼を言いながら、彼女の手を取って体を起き上がらせた。


 恐らく、先ほどの柔らかい感触はお姉さんの大きな胸で。

 俺は鼻の下を伸ばさないようにしながら、キリッとした顔でお茶に誘った。

 すると、横で見ていたゴウリキマルさんに思い切り腹を殴られる。

 俺は綺麗に決まったパンチの威力に悶絶しながら前かがみになって。

 俺たちのやり取りを見ていた赤髪のお姉さんは口に手を当ててくすくすと笑っていた。


「ふふふ、仲が良いのね。妹さんかしら?」

「違う。こいつはただのバディーだ」

「……バディーということは、貴方はメリウスのパイロットなの?」

「え? あぁはい。お姉さんと同じパイロットです」


 俺がそう伝えれば、彼女はピクリと眉を動かして質問してきた。

 何故、自分がメリウスのパイロットと分かったのかと。

 俺は首を傾げながら、彼女の手を指さした。


「メリウスに長く乗る人間は、自然と手に指一本分くらいの隙間を作るんですよ。それと、さっき俺に手を差し出した時に、お姉さんの手に込めた力加減と指の動かし方からして何かを指で操作してるんだろうなぁと思って……後は、単純にお姉さんの纏う空気が他の人と違うので何となく……違いましたか?」

「……ふふ、中々の慧眼ね。その通り、私はメリウスのパイロット。名前はアリア・マクラーゲンよ。よろしくね、マサムネ君」

「……名前を、言いましたか」

「あら? 間違っていたかしら――入国管理官から名前を聞いていたんだけど」

「……マサムネ、こいつは公国の軍人だ。逃げるぞ」


 ジリジリと後退するゴウリキマルさん。

 端末を操作してファストトラベルを試みるも、領域権限により破棄されていた。

 完全に俺が何処へ行くかの当たりを付けて、逃げ道すらも塞いだ。

 根回しは完璧であり、俺は降参の意味も込めて両手を上げた。


 そんな俺を見ながら、マクラーゲンさんは腕を組んでジッと俺の目を見つめる。

 

「……鋭い観察眼に、状況に応じての対応力。下手に抵抗しないのは、仲間が傷つけられるのを恐れてかしら」

「……」

「……まぁいいわ。少しお話をしましょう。近くに行きつけの喫茶店があるの」


 有無を言わさぬ圧力であり、顔は笑っているが目が笑っていない。

 俺は女性恐怖症になりそうになりながらも、何とか彼女の後をついていった。

 背後をチラリと見れば、刀を持った無表情のイサビリさんが立っている。

 ゴウリキマルさんは舌を鳴らしながら、苛立ちを隠そうともしない。


 今日は工場は休みだけど……か、帰れるのか?


 このまま、仮想現実で骨を埋めろと言われるのか。

 俺は内心でビクビクしながらも、マクラーゲンさんの背中を見つめていた。

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