010:セントラルパークへ向けて

 ゴウリキマルさんは鬼だ。

 機体が中破したと伝えれば、すぐに自分の所に転送しろと言われて。

 有無を言わさぬ圧力で紫電を転送すれば、俺は雨の中を走っていかなければならないことになる。

 バンカーにはもう用はなく。

 そのまま直接依頼された場所に向かった。


 豪華な中華料理屋といった感じの趣の店に着いて。

 ニコニコと営業スマイルを浮かべる東洋系のウェイターに依頼主の名を伝えた。

 すると護衛官という役職の人が出てきた。

 その人が言うには中で待っている人はPMCの社長であるらしい。

 ”ピース・メイカー”なんてふざけた名前の会社だ。

 粗相の無いようにとは言われたが、アンダースーツの上にびしょ濡れで。

 部屋の中に入れば笑みを凍りつかせた男の人が座っていた。


 赤い支柱が立っている豪勢な部屋の中。

 丸い円卓の上には高そうな急須と湯呑が二つ。

 流石は金持ちだと思いつつ、俺は寒さで体を小刻みに震わせていた。

 

 ジッと男の顔を見る。

 まるで狐のような人相の社長で。

 ウルフカットの金髪に青い目で、人を嘗め回すような目で見てくる変態だ。

 俺は無言のまま座って、彼が注いでくれたお茶を飲んだ。

 想像以上に味が濃くて美味しいお茶であり、何よりも温かく冷えた体が温まるのだ。

 俺はお茶を何度も飲んでいて、男の話をあまり聞いていなかった。


 しかし、スカウトしたいことと給料も出すと言われて。

 俺は話だけでも聞いてみようと思って後悔した。


 彼が言った金額は、何とたったの500ラスだった。

 子供の駄菓子代のような金額の低さで。

 俺は言葉も出ないほど呆れながら、自分が安く見られたことに少し怒った。

 すると、男は笑みを深めながらどれだけ欲しいのかと聞いてきた。


 本来であれば、100万とか200万とか吹っ掛けるところ。

 しかし、俺もそこまで鬼ではないので五本の指を立てて金額を提示してやった。

 五本の指を立てたのなら、勿論の事、先ほどの金額の500倍は出せという意味で。

 少なくとも手取りで25万ラスくらいは欲しいと思った。


 ちょっと欲張り過ぎたかと思っていると。

 男は意味不明な事を言って飴玉を二つテーブルに置いた。

 俺はくれるのかと思って、その二つを手に取って口に放り込んだ。

 味はあっさりめであり、ピーチと葡萄味だった。


 そんな俺を大きく開いた目で見る男。

 俺は男の質問に対してくれるつもりだったのだろうという意味で言葉を返す。

 すると、男は何を気に入ったのかは分からないが自分の負けだなんて突然言い出したのだ。

 俺は取りあえず要求を呑んでくれた社長さんと握手をして。


 

 ワーグナー社長と別れて――ちょうど三日ばかりが経った。


 

 ふと思い出したが、連絡先も交換していなければ。

 あちらから何処へ行けなんて言われていない。

 そもそも依頼達成報酬すら貰っていないのだ。

 社員になったような流れだったのに何でだろうか。


 俺はピース・メーカーへと連絡して、それとなく俺の事情を説明した。

 すると返ってきたのは、そんな人間は会社に所属していないというもので。

 俺はガックリと肩を落としながら、騙されただけだったのかと落胆した。


「ま、まぁいいけど。傭兵の方が気が楽だし? その気になれば、月に25万くらい? よ、余裕で稼げるし」

「誰に言ってんだよマサムネ」

「……何時からそこにいたんですか?」

「お前が意味不明な事を言い出した時からだよ」


 横を見ればゴウリキマルさんが何時もの格好で立っている。

 手には今から行く場所のパンフレットが握られていた。


 そう、俺とゴウリキマルさんは俺が住む街の広場で待ち合わせをしていた。

 事の発端は、中破した紫電を修理していた時にゴウリキマルさんが言った一言で。

 彼女曰く、今のままの機体性能では俺の操縦にはついてこれないらしい。

 一度の戦闘を終えてメンテナンスをする度に、機体の何か所かに無理が出ていて。

 彼女は俺が初心者だと思って、敢えて、機能を優し目に制限していたらしい。


 そんなことなら直接会ってテストをしてから作ればよかったのではないかと思った。

 しかし、それを質問すれば彼女は眉を顰めて。

 速ければいいなんて適当な事を言う奴に碌な人間はいないだろうと思っていたとハッキリと言った。

 俺は頬を掻きながら、それはそうだと思った。


 そんなこんなで、俺と彼女は今からとある場所に買い物に行くことに。

 ワーグナー社長との一件もあって、彼女は俺に対して怒っていたのもある。

 私の許可も無く勝手にほいほいと依頼を受けるなと言われて。

 おまけにあのまま行けば勝手に顔も見たこともない人間のバンカーに愛機を持っていくところだったと。

 彼女曰く、話題の傭兵が乗るメリウスをタダで直してくれるような”バカな人間”はいないらしい。

 カンカンに怒っていた彼女の機嫌を直す事と、約束を破ってしまった事のお詫びも兼ねて、俺は彼女についていくと約束した。

 

「……兎に角、今から行くセントラルパークで部品を買うから。お前は荷物持ち兼ボディガードとして私を守れ。いいな?」

「……ゴウリキマルさんなら、スパナとかで暴漢の頭かちわりそうだけど」

「――今から実践してやろうか?」

「す、すみません! 謝りますから、そのスパナは戻して!」


 腰のポーチから出したスパナは危険で。

 俺は彼女に謝りながら、それを戻してくれるようにお願いした。

 彼女はヤンキーのような目で俺を見ながら、舌を鳴らして矛を収めてくれた。

 俺はホッと胸を撫でおろしながら、それじゃ行くかと広場の椅子から立ち上がった。


 早朝の冷たい風を受けながら、人が疎な大通りを歩く。

 息を吐けば少しだけ白く。俺は彼女が寒くないのか少し心配していた。


 ゴウリキマルさんと並び立って歩きながら、俺は一つ質問をした。

 それは何でファストトラベルを使って移動しないかというもので。

 彼女は俺を信じられないものでも見るよう目で見てきた。


「……あのなぁ。今から行くところ分かってるか?」

「え、セントラルパークでしょ?」

「それは、何処にある?」

「公国の領地の……あぁ!」


 納得したように手を叩く。

 もしも公国領へとファストトラベル機能を使って行けば。

 公国の入国管理官にバレてしまう。

 それも中央の管理官であり、すぐに将校の耳にも入るだろう。


「……まぁ飛行船でいったところで入国審査はあるけど。少なくとも何処へ行くか正直に言わない限りはバレねぇからな……ファストトラベルを使ったら、管理官に位置を追跡されるらしいし」

「確か。この世界で暮らすことを決めた人間とかこの世界で生まれた人間はファストトラベル機能を使えないんですよね? まぁ戦争をしている中で、自由に移動出来たらたまったもんじゃないですよねぇ」

「だからこそ、工作員とかは敢えて国に属さないで、傭兵としての立ち位置で隠れて入国するらしい……まぁ入国時に管理官に経歴とか見られるから、バレずに入るのは難しいけどな」


 やけに詳しいゴウリキマルさん。

 俺はメモでも取りそうな勢いで聞いていて。

 小さく手を上げて質問がある旨を伝えた。


「……何だ」

「えっと、そもそも何で公国に行くんですか? 帝国とか東源国だってあるじゃないですか。東源国製の方が品質はいいんじゃ」

「――ダメだ。東源国の物は使わない」


 彼女は俺の話を遮るようにキッパリと断ってきた。

 俺は何故、そこまで頑なに拒むのかと思って。

 もしかしたら、東源国に関することで嫌な事でもあったのか。

 俺がそんな事を考えていると、ゴウリキマルさんは少しだけ説明した。


「……東源国の製品は確かに質が良い。でもな、質が良いってことは値段も高いんだ。それに東源国の部品は融通が利かないから、メカニックとしては扱いづらいんだよ。帝国に関しては逆に質の悪いものを大量生産していやがる。あいつらは安ければいいっていうロクデナシの集まりだ。その点、公国はメリウスへの開発に関しては先を行っていて、互換性の高いパーツを多く売っていやがる。それなりの値段で、幅広い用途に使える品を売ってるんだよ。分かったか?」

「へぇ、なるほど。部品にも扱いづらいものと扱いやすい物があるんですねぇ」


 ちゃんとした理由があったようで安心した。

 それならば、多少の危険を冒してでも公国でパーツを揃えたくもなるな。

 まぁネットで買った方がもっと安全だと思うけど。

 彼女はメカニックであり、自分の目で確認した品しか信じられない性分なんだろう。

 俺はそう納得しながら彼女と楽しく会話をした。


 


 暫くして、飛行船の乗り場につく。

 売店のおばちゃんから美味しそうな弁当を購入して、チケット売り場でチケットを買う。

 俺は大人一枚と子供一枚と言った。

 しかし、ゴウリキマルさんは俺の足をローキックしてきて。

 ひりひりと痛む足を押さえながら、何をするのかと彼女を見た。


「大人二枚で……次間違えたら殺すぞ」

「え、だってゴウリキマルさん」

「――20歳だボケ」

「えええぇぇ!!?」


 あまり変わらない年齢に驚くと、彼女はまたローキックを放ってきた。

 俺はひりひりと痛む足を押さえながら、お姉さんから大人二枚を購入した。

 ゴウリキマルさんはチケットを引っ手繰って先に行ってしまう。

 俺はため息をつきながら、売店で買った幕の内弁当で心を癒そうと考えて。

 初めて乗る飛行船も楽しみに思いながら、何気に女性との初デートにもドキドキしていた。

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