009:企業からの誘い(side:マイルス・ワーグナー)

 世界の情勢は刻一刻と変わりつつある。

 東源国は首都である”春華”がある小さな島国が最初の一歩であった。

 しかし、他国の技術を学び謙虚であったからこそ、他の大国と肩を並べるほどの力を手にした。

 今や東源国の製品は世界で信頼されるほどの品質を持っていて。

 私が運営する民間軍事会社PMCの兵士が使う武装やメリウスも、東源国製の物であった。


 東源国の成長は著しく。

 東源国のトップである”上浦白狼=天子カミウラハクロウ=テンジ”の人望もあって。

 目立った争いも無く平和を望む小規模国家を自国に取り込んでいた。

 私が独自に調べてみたものの、あの女には弱みらしきものが無く。

 正に清廉潔白を絵にかいたような女傑だと私は思った。


 最も、調べてすぐに出てくる弱みがあるのなら東源国はとっくに滅んでいる。

 本性では何を考えているのかは私にも分からない。

 建国パーティで数度見かけたことはあるものの、あの女は綺麗な笑みを浮かべるだけで。

 私がどんなに揺さぶりを掛けても顔色一つ変えなかった。

 食えない女であり、出来る限り敵には回したくないと思った。

 

 公国は血の気の多い連中が多く。

 武力による統一しか見えていない。

 和平なんて考えはつまらないの一言で片づけそうだし。

 帝国は帝国で、自国で志願する兵士が減っているようで、今では傭兵を使って兵力を補っている。

 私としては我が社の兵士を使ってくれるのはありがたく。

 今後も適当な人間を派遣して、戦争を長引かせてほしいのが私の望みだった。


 ただ、最近になって気になることが出来てしまった。


 頭痛の種、と言うほどの事ではない。

 最近になって頭角を現しつつある傭兵が出てきただけの話で。

 巷で噂の彼は、たった一人で公国の特殊部隊を壊滅させたらしい。


 特殊部隊の話は、私が諜報員に調べさせて裏取りが出来ている。

 公国に忍ばせている工作員の話によると、特殊部隊に宛がわれたメリウスは特別製で。

 空中から高性能爆弾で爆撃されたとしても、傷一つ付かないと聞いていた。

 そんな特別機を二十機以上もたった一人の傭兵が壊滅させた。


 私はすぐにその特別機に重大な欠点があったのではないかと考えた。

 だからこそ、娯楽にも飢えていたこともあって少しばかり金を積んで詳しい情報を手に入れた。

 結果から言えば――その傭兵は化け物だった。


 破壊された特別機の残骸から、使用されたのは120㎜口径のハンドキャノンで。

 弾の種類は"高速徹甲弾HVAP"だった。

 HVAPであるのなら、重装甲を貫通させることも容易いと思うのが素人。

 しかし、特別製のメリウスの装甲は今まで世界に流通していたものとは違う。

 多重式の装甲になっている上に、面と点による攻撃にも柔軟に対応できる。

 あの石川総合科学研究所の研究員もその装甲の開発に深くかかわっており、独自に入手した実験記録を見ればその異常なまでの耐久性にも目を見張るものがあった。


 だからこそ、ハンドキャノン如きで突破できるほど甘くはないのだ。

 ならば何故、あの傭兵は破壊できたのか。

 それを調べていくうちにとんでもない事実が判明した。

 あの男は動き回るメリウスの履帯の”同じ個所”を精確に二回撃ち抜いた。

 そうして動きを強制的に封じて、奴は上空から特別製のメリウスの頭頂部を撃ち抜いたのだ。


 頭頂部の装甲が薄かったのか、それは違う。

 あの男がやった事は、一度上空へと飛び立ってから時速500キロ以上の速さで急降下して垂直に弾丸を撃ち込んだのだ。

 一ミリの誤差も無く連続で三発の弾丸を同じ個所に撃ち込む。

 垂直降下の理由は風の影響下での弾丸のブレを押さえそれ自体の貫通力を上げる為だと思われる。

 時速500キロ以上だと仮定したのは、それ以下での攻撃だと敵にロックオンされて撃墜されるからで。

 

 HVAPでも容易く貫通できない装甲を、全く同じ個所に撃ち込むという荒業で攻略した男。

 一度だけではない。何度も上昇しては凄まじい速さでギリギリまで降下して弾を撃ち込んでいる。

 それも僅か数ミリでも外せば意味が無くなるような奇跡を何度も起こしている。


 幸運だったのは、嵐により視界が不良だったこと。

 もしも晴天の中でそんなことを行えば、奴は格好の的となり撃墜されていたかもしれない。

 しかし、ただのラッキーな男というわけでもない。

 何故ならば、視界不良というバッドステータスは、奴だって同じなのだから。


 イカれた操縦であり、常人には到底真似できない。

 予め天候が荒れることを調べていたのか?

 あの特別機の弱点を事前に知っていたのか?


 何もかもが不明な男だ。

 今まで噂にもならなかったのが不思議なほどで。

 奴は何処で神懸かり的な操縦技術を学んだというのか。

 出来る事なら奴の保有する機体を調べて、奴自身の秘密も知りたい。

 可能であれば会社にも勧誘して、是非とも我が社の兵士として活躍してもらいたいところだ。


「……うん、それにしても遅い。あの列車には私も乗っていて、彼が去っていないことも知っている……バンカーの位置が分からないのかな? 確認してみるか」


 私は端末を取り出して操作した。

 そうして、ワンコールで出た名も知らない社員に彼が来たか尋ねた。

 すると返ってきた返事は、来ていないというもので。

 私は彼が危険を察知して逃げたのではないかと考えた。

 そうなれば、此処で待っていても意味はない。


 縁が無かったのだと諦めて帰ろうとして――扉がノックされた。


 私は誰なのかと尋ねれば、客人が来たことを知らせに来ただけのようで。

 私は内心ではどういうことなのか思いつつ、平常心を装って通すように伝えた。


 暫く待ち、扉がゆっくりと開かれた。

 現れたのは全身ずぶ濡れの男であり、間違いなく噂の傭兵であった。

 何故ずぶ濡れなのかは分かる。

 バンカーに来ていないのだから、待たせていた車に乗っているはずが無い。

 私はニコニコと笑いながら、護衛官に命令してタオルを持ってくるように指示した。


「外は雨ですよね。冷えるでしょう。温かい飲み物を用意したのでどうぞ飲んでください」

「……」


 男は無表情で私の前に座った。

 そうして、私がお茶を注いだものを渡せば、何の躊躇いも無く飲んだ。

 普通であれば少しくらいは警戒するところ。

 しかし、この男は微塵も警戒することなくお茶を飲んでいた。

 私としては変に緊張されるよりはやり易いが……少し揺さぶってみるか。


「いやぁそれにしても見事な戦いでした。列車の中から映画でも見るように観戦していましたが、貴方の機体は雷のように速かった。傭兵としての活動は長いのですか?」

「……」

「喋りたくないですかぁ。いやぁこれは失礼を。でもあの機体はとても良いですねぇ。今まで数多くのメリウスを見てきましたが、あれほどまでの推進力がある機体は初めてです。さぞや、名のあるメカニックに作ってもらったのでしょう」

「……」


 男は何も喋らない。

 その代わりその手はガタガタと震えていた。

 寒さのせいなのか、本能で私に恐怖心を抱いているのか……寒いだけでしょうね。


 私は彼の為にお茶のお代わりを注いであげた。

 すると彼はそれを一気に飲み干した。

 さぞ、喉が渇いていたのだろう。

 彼はチラチラとお茶が入った急須を見ていた。


「……あぁ、どうぞ」


 私が急須を差し出せば、彼は無言でお茶を注いでぐびぐびと飲んでいた。

 少しは私との会話にも集中してほしいものだ。

 どうしたら話を聞いてくれるのかと考えて――私はニコリと笑った。


「今回お呼びしたのは、貴方の高い操縦技術を見込んで是非とも我が社に来ていただければと思った次第で……要するにスカウトしたいということですね」

「……」


 ピクリともせずにお茶を飲み続ける男。

 私は段々といら立ちを募らせながら、男が望んでいるお金について話してみた。


「給料に関しては、貴方様がご納得できるように考えてみました――月で500で如何でしょうか?」

「――!」


 初めて男に変化が見られた。

 500万ラスという破格の金額を提示した途端に、彼はお茶を飲む手を止めたのだ。

 やはり傭兵だからこそ、金の力には勝てないようで。

 私はニコニコと笑いながら、契約書を用意しようとした。


「――俺も安く見られたようだ」

「……今、何と?」


 自分は安く見られたと男は確かにそう言った。

 私は500万ラスという金額に不満があるのかと思って。

 それならば幾ら欲しいのかと単刀直入に聞いた。

 

 まぁ彼の将来性を見越して一千万までなら出しましょう。

 それ以上であるのなら、この話は無かったことにするまでで。

 彼についての情報を公国に流して、出る杭を早めに潰しておくまでです。

 私は内心であくどいことを考えながら、彼がどれくらいの金額を提示するのか見ていた。


 彼はすっと手を上げて――手の平を私に向けてきた。


「俺はこれだけあれば十分だ。企業の社長であるのなら、意味は分かるだろう」

「……まさか」


 私はすぐに彼の考えを理解した。

 手の平を向けてこれで十分ということは、私に対して敵意が無いことを表していて。

 社員にはならないが、私の会社に対して損害を与えないという約束を此処でしようというのだ。

 互いに不干渉であり、互いに損害を受けないように。

 ただの口約束であり、そんなものは信用できない。


 本当に約束するということは、私を心から信用していなければ出来ない筈だ。

 もしも、彼の約束を私が破って公国に密告すればどうなるか。

 彼はこの仮想現実世界の中でお尋ね者となり、手配書にもその名が載ってしまうだろう。

 もう二度と平穏な生活には戻れず。この世界の傭兵や賞金稼ぎから狙われ続けるのだ。


 私は目を細めながら、ニヤリと笑う。

 そうして、懐から二つの飴玉を取り出した。


「ゲームをしましょう。この二つの内、一つは外れです。もしも外れを引けば分かりますね? 当たりさえ引けば、貴方の希望を叶えましょう。さぁ選んで――っ!」


 私が選ぶように促す前に、彼はひょいっと二つの飴玉を取って口に入れた。

 そうしてバリバリと嚙み砕いてから、口元を拭いていた。

 まさか、この男は初めから飴玉に毒が入っていなかったことを見抜いていたのか?


 どれを選んでも当たりではあるが、私は男の秘密を探ろうとしていた。

 見す見す逃す筈も無く。弱みを見つけて鎖で繋ごうとしていたのだ。

 そんな私の邪な考えを男は見抜いていたとでも言うのか。


「何故、二つを?」

「……くれたんだろ。全部貰うよ」


 男はさも当然のように言った。

 毒が入っていたかは知らない。

 私が出したからこそ、疑うことも無く口に入れたと――完敗だ。


「……参りました。貴方には敵いそうにありませんね」

「……要求を呑んでくれるのか?」

「えぇ、此処で断れば、私にとって一生の恥となりますから」


 男は私の言葉を受けて笑みを浮かべた。

 そうして、スッと自らの手を差し出してきた。


「マサムネだ。名前は?」

「……マイルス。マイルス・ワーグナーです」


 我々はビジネスの話を抜きにして、互いに信頼の握手を結んだ。

 この出会いが私にとって良きことになる気がする。

 彼もそう思ってくれたのなら幸いで、私は雷と呼ばれた男が希望に満ちた明るい存在であると心の中に刻んだ。




 ――まぁこれで彼を見逃す筈もない。




 顔は記憶して、私の手を握った事で彼の指紋も採取した。

 お茶も飲んでくれたので、唾液の採取も出来た。

 本当に我が社に牙を剥かないのなら、此方は観察だけで留めておく。

 約束を違えた時は――私は目を細めて口角を上げた。

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