008:加速する世界

《ハハハハ! 落ちろ雑魚がァ――え?》


 聞こえてきたテディ君の声。

 俺は笑みを浮かべながら、更なる自由を得て飛翔した。

 背中のスラスターが激しく音を立てて動く。

 限界を超えてこいつの"心臓コア"が激しく鼓動した。


 勢いよく迫る機械虫をサブマシンガンで落としていく。

 ギャリギャリと装甲を削るような音が聞こえた。

 紫電の中は熱気に包まれて、俺は笑みを浮かべながらペダルとレバーを操る。


 後ろを向きながらの精密射撃。

 時折、背後を塞ぐように現れる敵を速度を一切緩めずに掠めていくように避ける。

 直角に曲がれば体からミシミシと音が鳴って、鼻からはツゥと何かが垂れている気がした。

 体に掛かる負荷はかなりのもので、一瞬でも気を抜けば意識が刈り取られる。

 意識を保てる限界で。地雷の上でタップダンスでも踊っているような気分だ。

 けたたましい危険を伝えるためのアラートが機体内で鳴り響く。

 俺はそれを無言で解除して、更なる限界に挑んだ。


 スラスターの角度を随時変えていく。

 目まぐしく変わっていく景色の中で。

 己の勘だけを頼りに操縦する。

 一瞬だけ聞こえる小さな爆発音が響けば加速し、角度を変えれば全身が軋む。

 吐き気と頭痛と呼吸困難の最悪な時間だが――何よりも心地いい。

 

 

 ――02:30――

 

 

 機体全体が風と一体になる。

 音を遥か遠くに置いて、こいつの心臓が高鳴っていた。

 全身の血が沸騰し、機体の熱と自分の興奮が混ざり合う。

 景色は瞬きをする間に変化するだろう。

 瞬きの余裕はなく、瞼を開きながら俺は歯を食いしばる。

 痛みが快楽となり、脳内をアドレナリンが駆け巡る感覚。

 新しいおもちゃを手にした子供のように、俺の心は幸せに包まれていた。


 虫たちの動きが変わる。


 短距離のブーストを行って一時的な速度を得たのか。

 

 大群による進行が別たれて、四方八方から襲い掛かる。

 

 漁網のように広がったそれが俺を覆い隠そうとする――問題ない。


 取り囲もうとする虫の一点に集中砲火を浴びせる。

 それにより靄の中に空いた小さな穴に俺は突っ込んだ。

 そうして機体を激しく回転させながら、中から虫たちを破壊していく。

 視界は回転し、綺麗な光がチカチカと輝いている。


 

 ――01:30――

 

 

 一気に虫たちの包囲を突破して、遥か上空へと飛翔する。

 虫たちでも追いつけないスピードで、俺は大空を駆けた。

 


 もっと、もっと、もっと――更に速くッ!!


 

 ペダルを限界まで踏みしめて、機体から嫌な音が聞こえた。

 空中分解を起こすのか? いいやまだだ。

 上空より一気に降下していく。

 虫たちの反応速度を上回り、上へと上がる奴らの腹にしこたま銃弾を喰らわせる。

 

 残りのエネルギー残量を見れば三分の一を切っている。

 エネルギーの消費量は凄まじく燃費の悪い奴だと笑ってやった。

 

 イカれるか? スクラップになるのか?

 だったら、アイツ等をぶっ壊して、任務を達成してから――逝ってくれよッ!!


《くそ、くそ、くそッ!! 落ちろ落ちろ落ちろ――落ちろよォ!!》


 テディ君のランドセルから何かが勢いよく吹き出す。

 センサー越しにそれを確認しながら、マガジンを排出。

 腰につけられた予備弾倉を一気に嵌め込む。

 虫の大群が赤く発光し俺の方向へ飛んでくるのが見えて――俺は軌道を変えた。


《――え!?》


 サリーさんの驚く声が微かに聞こえた。

 それもその筈、俺の進行方向には大量の機械虫がいるのだから。


 熱い、熱い、熱い、熱い――ッ!

 

 喉がカラカラに乾く。

 

 体全体が燃えるように熱い――が、楽しいッ!


 

 ――00:45――

 

 

 勢いを落とすことなくグングンと加速。

 もはや目で見た情報を手足に反映させることは不可能で。

 俺は数秒先の未来を予測して、操縦桿から離れそうな手を鬱血するほどの力で握りしめていた。

 迫りくる虫の大群へと銃を乱射して。

 眩いばかりの閃光が目の前で迸った。

 もうすぐそこまで迫っている。



 ――――――――まだだ


 ――――――まだだ


 ――――まだだ


 ――今だッ!!



 ほぼゼロ距離の虫を視界に入れて。

 スラスターの向きを一気に変えた。

 真っすぐ進んでいた機体は下へと急速に降下する。

 体からバキバキという音が聞こえて、俺はがふりと吐血した。

 息が出来ないほど苦しい。でも、まだ手は動かせるッ!!


 

 ――00:25――

 

 

 頭上で虫たちが激突して花火のように散っていった。

 テディ君は金切り声を上げながら怒り心頭で。

 俺はそんな彼の方向へと機体を動かした。


 一瞬でサーマルに変更し、前に立ちふさがるサリーさんの機体を蹴り上げた。


 向けられた大盾を蹴れば脚部から嫌な音が響いて。

 鉛筆でも折るように半ばから破壊された足など気にせず。

 俺は機体を回転させながら、テディ君へと照準を向けた。


 

 彼の機体が俺を見上げようとしている。

 

 スローモーションの中で、ロックオンサイトは間に合わない。

 

 俺は思考制御システムにより手動でのロックオンに切り替えて。

 

 一ミリの誤差も無く――彼の機体を打ち抜いた。


 

 ――00:10――

 

 

 たった数発の弾丸が、彼の機体のコアを射抜いて。

 彼は悲鳴を上げながら、そのまま前に倒れた。

 

「――リミッターオン!」

 

 俺はすぐさまリミッターを戻した。

 ギャリギャリと片足で地面を滑りながら、何とか機体を停止させて。

 止まれば、機体の装甲部分が開いて溜まりに溜まった熱を一気に放出した。

 隙だらけの俺を見て、襲わない人間なんていない。


 ズシズシと音を立てて何かが接近してきている。

 俺はそんな奴の事を見ることも無くある一点を狙撃した。

 数発の弾丸を受けて、大きな岩に亀裂が走る。

 チラリと見た時に、叩けば壊せそうなところがあった。

 試しに撃ってみれば正解だったようで、近づこうとした敵は慌てて止まり――驚いているのが手に取るように分かった。


 奴のスラスターは機能しない。

 背中のそれはバチバチとスパークして。

 まるで、先程"弾が被弾した"かのような有り様だ。

 

「俺は二丁持ちだ。もう一丁を休ませることなんてしない――背中には気を付けるんだな」

《……ふふ、いい勉強になったわ、次は気を――》


 ガラガラと落ちてきた岩に押しつぶされて、サリーさんの反応はロストした。

 それと同時に、機体の放熱が完了して。

 機体の状況は中破程度だが、移動には何も問題なさそうだった。

 俺は残ったエネルギーに気を配りながら、列車を追いかけにいった。


「……いてぇ。あぁ、鎮痛剤あったかなぁ」


 操縦桿を操作しながら、収納スペースに放り込んだ投与機を出す。

 そうして、それを体へと刺して中身を出した。

 すぐに効果は表れて痛みが薄れていく。

 呼吸はし難いが、取りあえずは列車の護衛任務が終わるまでは耐えよう。

 男の子だろうと自分に言い聞かせながら、一人残った俺はポツポツと雨が降り出した荒野を列車と共に進んだ。




 何とか護衛任務を終わらせて、その場で達成報酬を貰った。

 額は何と破格の三十万ラスであり、俺は痛みも忘れてコックピットではしゃいだ。

 自分の端末にキスしてから、ゴウリキマルさんに分け前を払う。


 列車はボロボロであるが、中の乗客は無事なようで。

 彼らは待っていた家族と抱き合いながら、涙を流している者もいた。

 守ってあげることが出来て良かったと思いつつ、俺は痛むあばらを押さえた。

 

 もう此処には用が無い。

 今回は機体を中破まで追い込まれて、早く帰って修理しなければならない。

 俺自身の体も傷ついており、恐らくはあばら骨が折れている気がした。

 もしかしたら肺に刺さっているかもしれない。

 死んで復活してもいいが、あまり死を経験したくはないので病院に行って帰ろうとして――依頼主からコールが来た。


「……え、何だ……もしかして、あの額は間違っていたとか言うのか? 返せなんて言われたら……無視しよう」


 俺はコールを無視して帰ろうとした。

 しかし、何故か強制的に通信を繋がれて。

 ディスプレイにはご丁寧にも依頼主と思わしきグラサンの男の顔が映っていた。

 俺は真顔になって無言で見つめる。

 そんな俺を見ながら、グラサンはゆっくりと口を開いた。


《……今回は良くやってくれた。イレギュラーの介入があったが、君のお陰で何とかなった。改めて礼を言う。ありがとう》

「……」

《ふっ、多くは語らないか……悪いが、もう一つ仕事を受けてくれないか。報酬は望むだけ与えよう》

「……」

《……沈黙は肯定と受け取る。機体は我が社が保有するバンカーに置いてくれ。修理費用などは我々が出す。君はコックピットから降りてとある場所にて待つお方と面会をしてもらう。くれぐれも粗相の無いように。では失礼する》


 またもや一方的に話された。

 そうして、バンカーの位置情報と俺が面会しなければいけない場所の座標が送られてくる。

 外はどしゃぶりであり、俺は機体に傘なんて置いてない。

 足元を見ても迎えらしきものは見当たらず。完全に徒歩で行けと俺に言っていた。


「……さ、流石にバンカーに行ったら車の一つくらいあるよね……か、傘だけでも」


 俺は機体を移動させてバンカーへと向かう。

 嫌がらせにも近い強制的な面会だが、金は幾らでも払うと言ったのだ。

 もしも何も待っていなくて、土砂降りの中を歩いて行けと言おうものなら――全力で吹っ掛けてやる。


 俺はそんな事を考えながら、街の端にあるバンカーへと向かった。

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