002:雷は轟く(side:名も無き小隊長)

 戦場の様子が可笑しい。

 嵐と共に嫌な何かがやって来た気配がした。

 私は交戦中の味方に通信を繋げて何か変わったことはないか尋ねた。

 すると、通信を繋げた一分後に――悲鳴が聞こえた。


 強制的に通信を切断されて、味方の信号が途絶する。

 それが表す意味は、味方が何者かに撃墜されたということで。

 一気に二機の量産型メリウスの信号が消えたのだ。

 まだ一機やられたのなら分かる。しかし、ほぼ同時に二機の反応が消えたのだ。


 私は一瞬迷ったものの、味方を連れてエリアを移動した。

 撃墜された味方の位置は近く。

 もしも、隠れ潜んでいた敵の伏兵であるのなら、すぐさま大隊長に報告しなければならない。

 私たちの任務は変わりゆく戦局を観察して、逐一、上に報告することだ。

 情報とは何よりも重要な要素であり、取りこぼしがあれば一気に押されてしまう。


「アロー1より、アロー2,3。先行して索敵を開始せよ」

《アロー2了解》

《アロー3了解》


 念のために二機を先行させて安全を確保する。

 もしも、敵と鉢合わせしてもいいように支援体制は万全だ。

 一体何が現れるのかと身構えて――一瞬だけ何かが見えた。


《しょ、小隊長! 目の前を何かが飛んでいきました!?》

「アロー2、こちらも確認した。お前たちは敵を追え。我々は距離を取って追随する」

《りょ、了解!》


 我が国の白い量産型メリウスが敵を追跡する。

 雨でよく見えなかったが、十五メートル級のメリウスで。

 恐らく、機動力に特化した専用機だろう。


「アロー1より、アロー4,5。アロー2,3が交戦を開始次第、我々は後方支援に努める。弾幕を張り、敵の機動力を奪え」

《――了解》


 マーカーは付けられなかったが、相手の軌道を予測する。

 補給班を叩くためなら右翼側から攻める筈で。

 謎の敵は左翼側から侵入してきた。

 恐らくは、左翼側に密かに展開している”重装甲部隊”を潰すためか。

 我々の重装甲部隊は機動力が低い代わりに、相手の陣営を突破できるほどの火力を持っている。

 左翼から展開して、敵拠点地への一斉砲撃を開始してこの陣地を奪う算段だが……気づかれていたのか。

 

 新型にも使われているステルス装置を積んだ陸上型重装甲メリウス。

 30センチ砲を二門搭載したキャタピラ式であり、それを二十機も前線へ投入した。

 それも嵐によりレーダーの精度が落ち、視界不良となった今を見越しての投入で。

 空で派手に暴れることによって、地上への警戒を薄める計画だった。


「……レーダーから味方二機の反応が喪失……あれが?」


 遥か先にて二機の反応が消えた。

 レーダーはようやく敵の機影を捉えたようで。

 相手はその場に止まっていた。

 何をするのかと警戒心を強めて――奴が動いた。


「――ッ!? レーダーから消失ッ!?」


 加速したかと思えば、レーダーから一瞬だけ消えた。

 再び捉えたかと思えば動きがぎこちなく。

 完全にレーダーが誤作動を起こしていた。

 相手の速度が速すぎて捉えきれない。


《エンゲージッ! はや――ぅあ!》

《さがれッ!! 俺がやるッ!!》


 アロー2,3が交戦を始めた。

 アロー2は敵の攻撃に被弾して左足をもがれたようだ。

 アロー3は自らの経験を信じて、敵へと立ち向かっていく。

 我々は、敵の軌道を予測してその位置にマシンガンをバラまいた。


「これで動きを――なッ!?」


 マシンガンの弾幕に怯むことなく。

 奴は、弾幕の無い隙間を縫うように飛んでいった。

 爆音と共に加速して、奴の青く光るセンサーを見た。

 その手に持つハンドキャノンが此方へと向き――緊急回避をする。


 敵の攻撃を避けたと思ったが、左手を半ばからもがれる。

 掠めただけでこの威力だ。胴体に喰らえば一たまりも無いだろう。

 私は奴に恐怖を抱きながら、アロー5に戦線を離脱するように指示した。


《小隊長!? そんな》

「行けッ!! 我々が時間を稼ぐッ!!」


 破損した機体に鞭を打って、一気に加速する。

 手に持つマシンガンをバラまきながら、私は奴へと突っ込んでいった。

 仲間たちもこの状況を察して、各自がそれぞれの役割を果たそうと動き出した。


 経験の多い私が先頭に立ち。

 仲間たちが奴が逃げられないように移動予測位置に先回りする。

 四対一という優位な戦いであっても、我々に余裕はない。

 奴はそんな私たちをあざ笑うように攻撃を紙一重で回避して。

 装備したハンドキャノンで仲間を一人ずつ始末していった。


 一機、また一機と撃墜されていく。

 私も攻撃を回避したが、足と両手を捥がれた。

 ダルマの状態で機体が激しくスパークする。

 私は決死の覚悟で奴へと突っ込んでいった。


「くそぉぉぉぉぉ!!!」


 奴のセンサーが青く光る。

 そうして、奴はかすり傷一つ受けずに――私の胴体を打ち抜いた。




 意識が覚醒して、私はオーレリア公国の第三病棟で目が覚めた。

 端末を操作して確認すれば、確かに私が撃墜されたと記録されていて。

 私はすぐにあの前線がどうなったのかを確認した。

 すると、我々の重装甲部隊は壊滅されて、我が国は前線を後退させたと出ている。

 確かな敗北であり、これを作ったのは――アレだと本能で理解した。


「謎の、黄色い機体……アレは何なんだ?」


 片手で顔を覆いながら、私は心臓が苦しくなるのを感じた。

 あの時に相対したアレとの戦闘は、私に確実なる恐怖を植え付けた。

 仮想現実で死んでも、すぐに復活できるから問題ない――そんなことは思えない。


 仮想現実でも痛みを感じる。

 死ねば苦しいし、腹だって減るのだ。

 何度も何度も撃墜されて、パイロットを辞めた人間だって大勢いる。

 この世界は偽物ではない。紛れもない”本物”なのだ。


 互いのリソースを増やすために、土地を奪い合う。

 現実で何も出来ない人間も、此処でなら変われる。

 全てを捨て去って第二の人生を歩むか。

 現実と此処を行き来して、二つの人生を歩むか。


「……アレは、常識を覆す……今は分からない。だが、名を上げれば”名付きネームド”にもなるだろう」


 化け物との出会いに乾いた笑みを零して。

 私は部屋の扉がノックされて意識を戻した。

 入室を許可して入ってきた人物は――大隊長であった。


 私は敬礼をしようとしたが、大隊長はそれを止める。

 そうして、見舞いの品を置いてから単刀直入に質問してきた。


「……貴官が接触した謎の機体。知っていることを話してください」

「……了解しました……ですが、私も知っていることは少ないです。ただ」

「……ただ?」

「……アレは私が見てきた誰よりも速い。嵐の中で天より落ちるイカズチのように」


 私が奴の機体を雷と呼んだ。

 大隊長殿はその言葉に理解を示して。

 側近に命じて、謎の機体の調査を始めると宣言した。


 大隊長――アリア・マクラーゲン中佐は笑う。


 敵の返り血を浴びて赤くなったと噂される彼女の腰まで伸びた赤髪。

 そして、非常に好戦的な彼女の赤き瞳は敵を見ている。

 私は謎の機体に心の中で合掌をした。

 彼女にロックオンされて、無事に逃げ延びたパイロットはいない。

 彼女の部屋には敵の機体から奪ったデカールかパーツが飾られているらしい。


 その中の一つになるか。

 それとも、彼女を退けてあの機体が伝説となるか――私は遠くない未来に夢想した。

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