001:嵐と共に現れる傭兵

 故障中のルームでの練習を終えて、何とか時間内に出勤できた。

 ギリギリの戦いであり、あと三分でも遅れていたら危なかった。

 最後の方は記憶が不確かで、気がついたら鉄くずの山の上で”VICTORY”の文字を見つめていた。


 現在は仕事を終えて、家に帰ってきている。

 殺風景な部屋の中であり、パソコンが一台と簡易的な情報電子変換装置が一つだけで。

 親のお陰で大学に行けていた頃は、仮想世界で暮らしたいと考えていた。

 しかし、大学を出てからはその考えは変わっていて。

 親に仕送りをする為にも、現実世界で働く道を選んでいた。

 父さんたちも仮想現実世界に引っ越すのならいいんだけど、年齢的にも厳しいだろう。


 仮想現実世界へと行けるのは十代から二十代の人間で。

 三十代からは、現実で生きてきた年数があって危険だと開発者が言っていた。

 何でも、現実での常識と仮想現実での常識の差異を受けいれられず自殺するものもいたらしい。

 だからこそ、仮想現実で定住する人間は若さが重要である。

 まだ常識を深く知らず、柔軟な物の考えが出来る年齢層。

 不公平かもしれないが、そんなことは開発者も知らない。


「……ま、一生独り身だし。一人ぼっちになったら、移住を考えればいいか」


 そんな事を考えながら、俺は情報電子変換装置に手の平を置く。

 円形上の黒い台座の上に手を置けば、機械の駆動音がして。

 俺の生体情報を読み込みながら、俺の体を粒子に変換していった。

 体が霧のように消えていき、装置の中に取り込まれていく。

 俺はゆっくりと目を閉じて、仮想現実へと向かった。




 目を開ければ、仮想現実で俺が借りている部屋について。

 此処も変わらず四畳半の狭さであり、安心感すら覚えるほどであった。

 鏡の前に立って、俺は自分の顔を見た。


 ツーブロックの黒髪に、キリッとした眉に鋭い目。

 イケメンではないものの、悪くない顔だと自分で思う。

 身長も176あり、これで正社員で働けていれば彼女の一人くらいはいたかもしれない。

 俺は大きくため息を吐きながら、腕に巻いた端末を操作する。

 すると、俺が着ていた現実の格好は切り替わって、黒いパツッとしたスーツに変わった。


 戦闘用のアンダースーツであり、これを着てメリウスに搭乗するのが基本だ。

 といっても、俺が着ているものは旧式であり、どこか息苦しいのだ。

 お店に行って選ぼうと思ったけど、カタログで見たものはどれも高価で。

 俺はネットで安く売られていたこれを購入して着ている。


「……今から戦場に行く人間の顔じゃないな。こんなんで勝てるのかな?」


 メリウスに乗って戦う人間は二種類ある。

 どこぞの国に所属する正規隊員か。

 それとも、誰かに雇われて戦う傭兵かだ。


 正規隊員は給料制らしく。

 どんなに敵を倒したとしても、階級に見合った額しか受け取れないらしい。

 その代わり、国という後ろ盾があり、メリウスなども支給されたり整備してくれるらしい。

 

 一方で傭兵は依頼を達成すればその達成報酬を貰えて。

 その上、敵を倒せば相手がドロップしたアイテムを貰えるようだ。

 アイテムは換金したり、自分に使ったりなど出来て。

 傭兵は兎に角、敵を多く倒せば稼げる職業らしい。


 だからこそ、俺は正規隊員ではなく傭兵の道を選んだ。


 傭兵ランクは最底辺のFであり、依頼してくれる人間もそんなにいない。

 簡単なお使いのような仕事であり、やっときた一件の依頼内容はこんな感じだ。


 ――補給班に弾薬を供給してくれ。十ケース分届けてくれたら依頼達成だ。


 戦場ではない別のフィールドから弾薬の入ったケースを回収して。

 それを後方で待機する補給班なるものに渡す仕事で。

 敵との交戦もなければ、失敗の確率も低い安全な仕事だ。


 依頼達成報酬の金額は、15000ラス。

 俺の機体のエネルギーの補給に掛かる金額は、約1万ラスである。

 残るのは5000ラスであり、日当にしても低い金額であった。

 しかし、最初の依頼の上に俺のランクは最底辺で。

 このくらいの仕事を地道にこなさなければいけないのだろうと自分なりに納得した。


「……受けるかぁ。えっと、日時と場所は今日の三時の……此処はヨーム高原の近くだな」


 依頼を受理して、早速、部屋からヨーム高原へと飛んだ。

 

 一瞬にして場所を移動して、ヨーム高原の街から離れた場所に飛んだ。

 周囲に目を向ければ、草花が生い茂っており遠くには鹿などの群れもいた。

 空気が美味しく、現実世界では味わえない自然の恵みを感じることが出来た。

 俺は深呼吸をやめて、スッと腕に目を向けた。

 端末を操作して、紫電を此処へと転送させる。


 ズシッと地面に着地した紫電は俺の前に跪いて。

 手の平に俺を載せてから、コックピットを開いてその中に俺を入れた。

 俺は操縦桿を握りながら、ハッチを閉じる。

 視界が一気に広がり、周りの景色が網膜に投影された。


 俺はペダルを踏んでスラスターを噴かせる。

 そうして、上空へと飛び立って戦場へと向かった。

 

 その時、誰かからのコールを受信して間違って承認してしまう。

 俺は知らない人間からのコールに怯えて、口をつぐんだ。


《あーあー聞こえてるかぁ? お前って新人だろ? 違うか?》

「……」


 知らない人に話しかけられた。

 いきなり通信を繋がれて俺は驚きのあまり固まる。

 そんな俺を知ってか知らずか男は勝手に説明を始めた。


《今、俺たちが戦っている場所はヨーム高原の最北端だ。お前たちFランはそこから十キロほど南で待機している補給班に弾薬を届けるのが仕事だ。あ、何で補給班なのに弾薬を持っていないのかって顔をしてるだろ?》

「……」

《無口な奴だなぁ……ま、いいけど。弾薬は最初から持っているけど、俺たちが持っていける弾薬には制限が付けられるんだ。長期戦になれば、自然と弾薬は尽きてしまうのさ。そこでお前たちFラン傭兵の登場で、片っ端から弾薬を集めさせて補給班に届けさせる。何処の勢力にも属していない人間からは、弾薬の受け渡しを許可されているからなぁ。分かったか?》

「……」

《おいおい、喋れないのか? はぁ、変な奴だな……ま、此処に来るまでの道のりで弾薬を集めてくれ。十ケースも集めてくれれば、依頼達成報酬を渡すからさ。頼むぜ、じゃあな》


 一方的に説明されて、一方的に通信を切断された。

 恐らくは、俺が受けた依頼の発注者であり、簡単な説明をしてくれたのだろう。

 警戒して喋れなかったのが申し訳なく。

 もしも今度会ったら、気さくな挨拶でもしようかと俺は考えた。


「……取りあえず弾薬を集めるか」


 俺の異空間収納欄は空きが多く。

 弾薬十ケース分なら、何とか入りそうだった。

 ゴウリキマルさんによれば、使っているコアを強化すればもっと容量を増やせるらしい。

 しかし、少々値段が張るようで、ゴウリキマルさんは俺が初心者そうだと思ったらしく。

 安価でそれなりに使えるコアを選んでくれたようだった。


 センサーを確認すれば、弾薬ケースの位置が青色で表示されていて。

 俺は近くにあったケースの前に着地して、それを手早く回収した。

 残りは九ケースであり、十五分もあれば集まるだろう。


 

 

 弾薬ケースが集まり、俺は待機していた補給班にそれを届けた。

 引っ手繰るように弾薬ケースを奪われて、無言で達成報酬を振り込まれた。

 感じの悪い人たちであり、俺はしかめっ面のまま帰ろうとしていた。

 しかし、俺と同じように納品を終わらせた傭兵らしき人たちが戦場へと向かっているのが見えた。


 俺は何をしているのかと見ていて――思い出した。


「そういえば、最底辺の傭兵はランクを早く上げる為に態々戦場に行くらしいな。撃墜されたメリウスの珍しいパーツを回収したり、何方かの国の兵士を多く倒して名を上げたり……俺が動画で勉強させてもらった人も、最低でもCランクにならないと食っていけないって言ってたし」


 女性配信者の”さおリン”さんがそう言っていた。

 誰かにキャリーしてもらうか、己が腕一本でのし上がるか。

 まさに戦国時代であり、傭兵も傭兵でシビアである。

 来る前に確認したけど、あと三分ほどで嵐になるそうで。

 嵐の中の戦闘は俺は得意であり、それなら俺もやれるのではないかと考えた。


「……ちまちま納品依頼を受けるより、実戦経験を積む意味でも戦った方が良いよな」


 勿論、撃墜されようモノなら修理費はバカにならない。

 貯金で買ったメリウスがすぐに鉄くずにされた日には俺は立ち直れないだろう。

 俺はごくりと喉を鳴らしながら、ペダルを踏んで上昇した。


「……ちょっとだけ。ちょっとだけ戦ったら帰ろう。うん、そうしよう」


 ぽつぽつと雨が降る中で、俺は暗雲が立ち込める戦場へと向かう。

 

 距離が近づいてくるにつれ雨は強くなり、雷鳴が轟く。

 視界が悪くなるにつれて、雨音と共に何かが爆ぜる音が聞こえてきた。

 戦っている。国同士がこの戦場で戦っているのだ。

 俺は得も言われぬ高揚感を覚えながら――一気に加速した。


 全身に強烈なGが掛かり、機体から警報が鳴る。

 俺はそれを無視して加速し、構えたハンドキャノンを放つ。

 連続して放った弾丸は吸い込まれるように二機の白いメリウスのコックピットに命中する。

 敵は俺に気が付く間もなく撃墜されて、爆炎を纏って落ちていく。

 初めてCPUではない生の敵を落とした達成感に満たされる。

 俺は目をキラキラと輝かせながら、更なる戦場の奥地へと加速する。


「もっと、もっと、もっと――速く!」


 ぐんぐんとスピードを上げて、体から悲鳴が上がる。

 ミシミシと骨が軋み、意識が朦朧としていく。

 しかし、俺はそれを堪えながら自らの限界を試した。

 すれ違う敵が驚いているのが分かる。

 追いかけてくるものもいたが、俺の速さに付いてこられない。


 まるで、自分だけの世界に入ったかのように――幸せに満ちる。


「あ、楽しい」


 幸福を見つけて、俺は笑う。

 そうして、前進していた機体を強制的に停止させて。

 後ろへと一気に戻っていく。

 すると、遅れてやって来た二機が隣を通過して――俺は弾を放った。

 

 狙った位置から少しずれて、一機は頭を飛ばされもう一機は下半身をもがれた。

 まだまだ練習不足だと思いながら、俺は逃げようとする二機に接近する。

 そうしてゼロ距離からコックピットへと弾を放って撃墜させた。


「気持ちいいぃ!!」


 敵を倒す高揚感に、何処までも自由に羽ばたける喜び。

 それが合わさって、俺の中の血を高ぶらせた。

 俺はコックピットの中で笑いながら、向かってくる敵の一団に目を向けた。

 センサーの範囲に入った五機が真っすぐに俺へと向かってきている。

 戦う意思があり、肌で敵の殺気を感じることが出来た。


「やるぞぉ! 目指せ安定した収入ぅ!!」


 低い目標を掲げながら、俺は爆発的な推進力で敵へと向かう。

 嵐を味方につけた俺は――退くことを知らない。

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