10001回目のプロポーズ

10001回目のプロポーズ

「やだ」


「えぇ…どうしてもだめ?」


僕は、その言葉に、明らかに落胆した。


「私、悠真ゆうまと結婚する気ない、って言ってるよね?ずーっと」


「でも…じゃあ…なんで?」


「何が?」


「だって、僕ら、付き合ってから、もう10年だよ?」


「だから何?10年付き合ったら、結婚しなきゃいけないの?」


「いやぁ…それは…その…」


蒼芭あおばは、コーヒーカップを口に運びながら、もう困り果てている悠真を、冷たくあしらう。悠真は、朝陽が入ってくるように、カーテンを開く蒼芭をリビングに残して、テーブルから立ち上がると、寝室に向かった。そして、デスクの引き出しから、システム手帳を取り出した。


「正」の文字が、1999個と、4画目まで書かれているページにジャンプした。一本、線を足すと、とうとう、「正」の字が2000個になった。


「何だこれ…。武田○矢より酷いじゃん…」


そう。悠真は、この日、10000回目のプロポーズをして、断わられてしまったのだ。ある時は、100本の花束を抱えて。ある時は、超高級レストランを予約して。ある時は5時間かけて手作りのケーキと豪華な料理を自ら作って。そして、ある時は、もする指輪を用意し、これで、もう断られることは無いだろう…と、安心して、プロポーズした。それが、8802回目のプロポーズだった。


「結婚しよう?蒼芭ちゃん」


「やだ」


「え…、え…と結婚…してくれませんか?」


聞き間違いだ!と、ちょっと雰囲気が、言葉選びが、ちょっと悪かっただけだ。もう一度、ちゃんと言おう!と、もう一度、悠真は言い直した。


「やだ」


「えぇぇぇぇぇ!!??これ、見えない!?指輪だよ!?結構…あの!生々しいけど、かなりしたんだよ!?この指輪!!」


「だから?私、人のモノになるの、大嫌いなの」


蒼芭は平然と答えた。悠真は、思わず、涙が溢れそうになった。その悠真を見て…、


「悠真?私のこと、振ってくれて良いんだよ?私、悠真のことはすきだけど、結婚はしないから」


蒼芭は、そう、冷たいのか、優しいのか、そんな言葉を悠真にかけた。その言葉に、悠真は、どう答えて良いのか、もうよくわからない。こんなにすきなのに、すきだ、とは言ってくれるのに、どうして、こんなに頑なに蒼芭は、結婚を拒むのだろう?


それでも、悠真は、1198回、あれからプロポーズをし続けていたのだ。何故だろう?同じ部屋で暮らし、10年も一緒にいて、お互い、お互いのことを、誰よりも知っている。


蒼芭が、嫌いな食べ物。トマトは食べられても、トマトジュースは飲めない。アップルパイ。果物を、焼いたり、煮たりしたものが大の苦手。ブロッコリーは大丈夫だけど、カリフラワーはぱさぱさしてるから、食べたくない。


悠真は、明るくて、社交的。たまにドジで、駅でずっこけることしばしば…。食べ物は意外となんでも行ける。特にすきなのは、蒼芭が唯一作れる、パエリア。そして、誰より、蒼芭がすき。


それなのに…、どうして、こうまでも、蒼芭は結婚を嫌がるのか…悠真にも、それだけが解らなかった。プロポーズをするたび、断わられ、最初のうちは、同棲もしていなかったから、家で泣くことが出来た。…が、なまじ、同棲など始めると、結婚への憧れと、擬似体験をしているみたいで、幸せな反面、プロポーズを断られる度、蒼芭の前でぐずぐず泣いて、女々しい所を見せることで、これ以上嫌われたくない、と言う思いから、どうしても胸に仕舞うしかない。




「蒼芭ちゃん」


「ん?」


「おいしい?」


「ん」


10000回目のプロポーズに失敗した次の日の朝。悠真が作った朝ごはんを、2人、リビングで食べていた。腕によりをかけたが、10000回のプロポーズを断ったとは思えないほど、淡々と、蒼芭はご飯を口へ運ぶ。


「今日、僕、ちょっと遅くなるから。晩御飯、冷蔵庫に入れとくね」


「ありがと。悠真」


結婚しているのと、何が違うのだろう?悠真は、そう思わずにいられなかった。何が蒼芭から結婚を遠ざけているのか、どうして、ここまで頑なに「結婚」と言うワードにこだわるのか…。


(ん?こだわってるのは…僕の方…なのかな?)


会社に向かう満員電車の中で、薄っすら、まだデスクの引き出しにしまってある婚約指輪を思い出しながら、蒼芭の立場になって、考えてみることにした。


(蒼芭ちゃんは、僕のことはすきだけど、結婚はしたくない…。恋人でいたい…?的な、夢見がちな感じ?蒼芭ちゃんが?…う~ん…)


駅で降りると、悠真はまた、ずっこけた。





「…悠真、これじゃ、生き地獄だよなぁ…」


部屋で、まだ仕事の時間には早いので、蒼芭はぼーっと天気のいい窓辺に目をやりながら、頬杖をついていた。


蒼芭だって、わかっている。悠真が、どれだけ自分を大事にしてくれているのか、すきでいてくれているのか、『応えよう…かな』と思ったこともあった。それは、8802回目のプロポーズの時の本心だ。しかし、結局断わってしまった。こんな自分を、何故、切り捨てないのか、蒼芭は不思議で仕方かなかった。


蒼芭には、『愛』が何なのか、わからない。一緒にいて幸せ。一緒にいて楽しい。一緒にいて安心する。その『一緒』を、ずーっと共有したい…。そう言うことなのだろうか?それなら、確かに、悠真からのプロポーズは、安易に受け入れることは可能だろう。それなのに、蒼芭は、それらに、何処か釈然としないのだ。


何故なら、一緒にいて幸せなのは、悠真といる時だけではない。一緒にいて楽しいのも悠真といる時だけではない。一緒にいて安心するのも悠真といる時だけではない…。仕事の仲間、友達、飼っている猫。悠真の代わりは、何故か、頭に浮かんでしまうのだ。




「蒼芭ちゃん、今日、話があるんだ」


「ん?なぁに?」


「これが、10001回目の…最後のプロポーズ…」


「え?」


2人の、出逢って、11年記念日、蒼芭の唯一の得意料理を、悠真は今夜の食卓にリクエストしておいた。それを、食べ終えた時だった。悠真が、口を開いたのは…。


「蒼芭ちゃん」


「結婚はしないよ」


またまた、プロポーズと言う言葉に、応えは一緒よ、と言わんばかりに、悠真の言葉を遮った。しかし、悠真の口から出てきたのは、余りにも予想だにしないものだった。


「蒼芭ちゃん、別れよう」


「…え…?」


「僕といても、蒼芭ちゃんは、一生幸せになれない。これが、僕と蒼芭ちゃんの運命だったんだよ。もう…僕は、疲れた」


「悠真…」


蒼芭の瞳から、初めて涙が零れた。


「これが、僕の10001回目のプロポーズです。11年間、ありがとう。蒼芭ちゃん…」


「…」


言葉に詰まる蒼芭。こうしてしまったのは、自分だ。この結末を決めさせたのは、悠真じゃない。自分だ。


「ありがとう。悠真。そのプロポーズ、ありがたく、お受けします…」


2人は、笑顔で、別れた…。





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