24 ひだまりに落ちる二人

「あたしね、今日はっきりした事があるんだ。さっきのお店で」


「……はっきりした事……」


「うん。そう……はっきりしたんだ」


 何が? と俺は質問しなかった。

 なんとなくその答えは、聞かずとも辻崎自身がこれから話してくれるような気がしていたから。


「今日、お昼にあのお店に入った時、月村達がいてすっごい驚いた。まぁ、まず驚くじゃん、そんなの。月村と降旗君は同じクラスだから顔知ってたけど、他の二人の女の子は初めて見たし……それで……。それで、もうこれはそういう事なんだって、自分の気持ちがはっきりしたんだよね」


「そういう事……?」

「うん……」


 辻崎は、深く一息つき、東屋の外に向けていた視線を俺の方へ向けた。

 それから少しだけ優しい風が吹いたかと思うと、辻崎は丁寧に言葉を紡いだ。


「月村が他の子と仲良くしてるところを見ると、胸の辺りが苦しくなって……。だから、その……あたし、月村の事が…………好き……みたいで……」


 ひだまりを遮る東屋の屋根の下で、俺は辻崎に告白された。

 草むらや木々が織り成す青々とした景色の中に俺達はいたはずだ。それなのに、俺はその告白が衝撃的すぎて、周りがよく見えなくなっていた。


 見えていたのは、木製の椅子に共に腰かけている辻崎ゆず、一人だけだった。


 辻崎の澄んだ瞳が、俺の瞳をじっと見つめていた。頬が紅潮しているその表情は、どことなく不安も孕んでいて、いたずらっ子のような性格の辻崎にしてはあまりに健気な様子だった。


「……」

 すぐに返事なんて返せるわけもない。驚きもあったけど、困惑も同じくらいあった。


 辻崎が俺を好き……?

 どうして……?


 いや、こういう感情に理由や理屈を求めること自体、おかしいのかもしれない。

 俺も経験がある。気が付いたらなってるもの……?


 辻崎の感情に疑問を抱くのはひとまず置いておこう。

 それよりも俺自身のことだ。


 俺は、恋愛なんて放棄すると心に決めていた。人間不信になりかけた過去の出来事のせいで、恋愛には強烈なトラウマがある……。


 辻崎が過去の人間と関係ない事はわかっていても、はいそれじゃあ付き合いましょうと割り切る事はできない。それほど素直に割り切れたら、どれだけ気が楽だろう。


 辻崎と付き合ったら、きっと楽しいのかもしれない。ちょっといじわるな所もあるけど。


「ねぇ」

「えっ」


 そんな風に俺が悩み続け、なかなか返事できずにいると、辻崎の方から再び話しかけてきた。


「今すぐに、答えなんて出さなくていいよ……? 焦らなくていい」


「……辻崎」


 辻崎はやっぱり、じっと俺の目を見てそらさなかった。

 焦らなくていいと言われても、それでも辻崎は勇気を出して告白してくれたんだろ?

 俺はその勇気に応えるべきなんじゃないのか……?


 けれど、俺はどうしても言葉を上手く紡げずにいた。


「焦らなくていいから。それでもあたし、月村を独り占めにしていたいみたいだから。あははっ」


「……」


 そんな辻崎の言葉や雰囲気にドキドキしながらも、胸が締め付けられるような気持ちになった。


 俺の脳裏には伊十峯の顔がよぎっていた。


 あれ……?

 どうして伊十峯……?


 伊十峯に、ASMRで俺の名前を呼んでもらったあの時の事が、俺の記憶の引き出しから現れて、すぐに霞んでいく。


「たぶん、どうして好きになったの? って思ってるよね?」

 辻崎は勘が良いのか、俺の想いを言葉に出してくれた。


「う、うん」


「あたしも、別になんか、これ! みたいなものを掴んでるわけじゃないんだけど……たぶん月村が、体育の時、めぐみ達を止めてくれたあの時……かな? その頃から、ちょっとずつ……その……なんていうか、ね。あはは……恥ずかしいんだけど……。月村のこと、意識し始めてたのかも……」


 小悪魔が板についている辻崎でも、顔をこんなに赤くする事があるんだと思った。


 それは俺も同じで、東屋の外に見えているあのひだまりよりもずっと顔が熱くなっていたような気がする。


 そして気が付くと、公園には誰もいなくなっていた。

 子供連れの利用者は、いつの間にかどこか遠くへ行ってしまったようだった。


 また辻崎と目が合う。やっぱり辻崎の顔は、クラスの中でもかなり上位の可愛らしさを誇っていて、それにスタイルも出るところは出ていて、引っ込んでるところは引っ込んでいて、性格だって親しみやすくて……。


「……月村」

「……」


 俺達は、特にそれ以上何も話さなかった。

 でもなんだか、二人きりの雰囲気のせいか、辻崎の告白のせいか、お互いに気持ちは高揚していた。


 ゆっくりと顔を近付けあっていく。もう何も考えられない。

 目の前に俺の事を好きだと言ってくれる女の子がいる。


 もうこのまま顔を近付けて、口と口を重ねて、キスしてしまっても、何も問題なんてないんじゃないか……?


 そんな想いに支配され始めて、互いの吐息を感じるほど互いの顔が近づいた。その瞬間。



――月村君が、誰と付き合ってたって、いいじゃない。私は別にそんな事……。



 いつか聞いた伊十峯のセリフとその時の表情が、俺の気持ちを引き留めた。


「ダ、ダメだ。辻崎っ!」

「……」

 俺は辻崎の両肩に手を添え、いつの間にか急接近していた俺達の距離を無理やり引き離した。


「ダメ……?」

 小首をかしげて尋ねるだなんて……辻崎はいじわるだ。

 引き離したとは言ってもまだ俺達は充分近かった。二十センチもないくらいだ。

 もうこれ以上あざとくならないでくれ!


「あ……えっと、ほら辻崎、まだ付き合うのか付き合わないのか、はっきりしてませんよねっていうか……まだお友達状態なのにこういうのは、その……な?」


「もう! じれったいなぁ~……。ふふっ。でも、意外と順番はちゃんとするんだ、月村。変態のはずなのにね~」


 俺のおかしな言い回しがウケたのか、辻崎は以前のような調子を取り戻しつつあるようだった。依然として頬に朱はさしていたけど。


 しかし、「焦らないでいい」って言ったのに「じれったい」は矛盾してるような……?

 どういうつもりなんだ、辻崎!


「ていうか変態のはず、ってなんだよ!」


「だってぇー……そんな言ってもあたしの下着とかすでに見てるじゃん? その時点で順番がどうとか言われても、ぷっ、説得力無いっていうか……ふふっ」


 それはとても正論だけど、見たくて見てるわけじゃないから!

 大体不可抗力だからな!


「それ言い出したら、辻崎のスカートの丈のせいもあるだろ? なんで全部俺とか男サイドが変態扱いなんだよ! これからは女子変態説を唱えるわ、俺」


「何その説、ぷっ、唱える側が変態じゃない? むしろ唱えないほうが良くない? あははは!」


 昼間の公園で、変態変態と言い合う男女の姿がそこにあった。

 他の人が見たら何事かと思うだろう。どちらかが不審者だと審判を下すかもしれない。


 そして、それが性別や見てくれで判断されるのならば、辻崎は完全に優勢といえる。フツメン程度の俺では全く持って歯が立たない。速攻で悪役にされてしまう事請け合いだ。


「もう、不毛な言い争いはよそう」と俺がつぶやくようにして辻崎に言ったのは、これが理由だった。


 単純に危ないんだよな。公園とか屋外は特に。

 平気で事案発生しちゃうからな、最近の世の中。未成年とか高校生とか関係なく。


 その後、辻崎は他の用事があるという事で、駅に停めていた自分の自転車に乗ってどこかへ行ってしまったのだった。


 てっきり夕方ぐらいまでだらだらと過ごすものだと思っていたんだけど。

 俺は一人で家に帰り、一学期の期末テストの勉強に勤しんだ。


 普段、大して家で勉強なんてしないけれど、何かしていた方が気が紛れる気がして。

 ただ辻崎の告白のせいか、あまりその勉強に身は入らなかった。

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