23 午後の公園で
その後、降旗と萌絵を呼んでから、俺達はセカ本のお店を後にした。
そろそろお昼でも食べようか、という頃合いだったので、降旗オススメのパスタ屋へ向かう事になった。
くすんだオレンジ色の外壁が特徴的なお店で、本格的な窯焼きピザも出してくれるお店との事だった。くすみ過ぎていて外壁まで窯焼きにしたんじゃないだろうか、とかくだらない冗談を思った。
店内にそれなりの数のお客が居たが、カップルばかりというよりは、家族連れや中年女性数人のグループが多いようだった。
お昼時だったが、待たされることなく席へと案内される。
電車のボックス席の時のように、男女で向かいあう形に座った。
まぁ無難で当然の配置だ。
「俺はウニクリームのパスタに決めてるから、後は決めていいよ。ピザは何でもいい! なんでも美味しいし!」
降旗は、もうお店に向かう道すがらで頼むものを決めていたらしい。
「あたしはぁー、うーん、どれにしよっかなぁ~……惹世は?」
「私ももう決めてるよ」
「嘘! はっや!」
俺と降旗の反対側に座る女子二人。
萌絵の方はメニューを開きながら、うんうんと悩んでいる。音森は、それを聖母みたいな眼差しで眺めているだけだった。
皆がメニューに目を向けている間、俺は一人だけスマホのキャットークの画面に目を奪われていた。
『月村、ダブルデートしてるの?』
「……」
俺のキャットークには、辻崎ゆずからそんな文面のメッセージが送られてきていた。
怖いな……。送られてきたのは、このお店に入ってから十分しないくらいなんだよなぁ……。これは一体どうしたもんだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
状況を整理しよう。
俺、降旗、萌絵、音森の四人で出掛けていて、お昼になったから近くのイタリア料理店へ入店。そこでメニューを開くなり、辻崎からキャットーク。
なんだ? 店内にいるのか……?
他の三人に気取られないよう、俺は席に座ったまま軽く店内を見渡してみた。
だが、それらしい人影は……いや居た!
お店の角の席! 居る居る。
一瞬だけその四人掛けのテーブル席を視界に入れたが、あまりジロジロ見ているのも不自然かと思い、俺は即座に目をそらした。
辻崎以外にも、いつものギャル軍団のメンバーがいるようだった。
服装まではちゃんと把握できなかったが、もちろん私服ではあった。
「ねぇー、ちょっと月村聞いてるー?」
「あ、え、何?」
「あたしと惹世はこっちのプルコギのか、バタマヨオニオンがいいと思ってんだけど、あんたは?」
メニュー表に指を差しながら、萌絵は俺に意見を求めてきた。
「俺はどっちでもいいかな~、あはは。パスタはミートソースの、普通のにするわ」
正直な話、パスタやピザどころじゃなかった。
女子二人に軽い返事を済ませると、俺は辻崎にキャットークで返事をした。
『デートっていうか、ただのお出かけです』
それから、手元でスマホを隠しながら食事を済ませた。済んだタイミングで、さらに追加のメッセージが送られてくる。
『ねぇ、お店出たら一人で待っててよ。待ってなかったらめぐみに月村が変態だってばらす』
なんでだよ⁉ なんでそんなひどい事するんですか!
心の中で突っ込まずにいられない。確かに俺は変態だ。
俺は変態を自認してはいるけど、周囲からそんな目で見られたいと思ってるわけじゃない。そこまで蔑まれたいわけじゃない!
ただ、これは脅迫だ。従わなければ本当に言いふらされる危険がある。
辻崎の性格が根っからの悪だとは思わないが、それもどこか半信半疑だった。
なので俺は、ひとまず彼女の言う通りにするしかなさそうだった。
「降旗、悪いんだけどさー、……俺、急用思い出したから今日はここで帰るわ」
皆で昼食を済ませてから、お店の外へ出てまず第一声でそう告げた。
「ええ~。もうかよー?」
「まだお昼じゃーん、月村ぁ」
降旗と萌絵が不満げな声をあげる。
「ごめんて。音森も、悪いな」
「ううん。その急用だって、大切な用事なんでしょ?」
ああ、大事だ。俺の沽券に関わる最重要事項。
ぞんざいに扱うと手痛い代償を払うハメになると思う。社会的な死刑宣告だ。
「じゃあまたねぇー!」
「また学校でなー、月村」
「ああ、じゃあなー。三人とも」
三人に別れを告げると、俺はそのイタリア料理店のすぐ外で辻崎を待つことにした。
さすがにお店の出入り口で待っていると、川瀬達ギャル軍団と顔を向き合わせる事になると思い、店の裏側へ移動した。
店の裏手の方は、長く突き出した庇のおかげで日影になっていた。
日差しの強いこの時間帯にはかなりありがたかったけど、あまり長く居ると店員に出くわすかもしれない。そこで不審者だと思われる事も、辻崎に変態をばらされるリスクとそう大差ないような気もした。いや、こっちの方が軽傷か。
ピーカンの青空は、軒下から見上げると庇のふちで切り取られているかのようだった。
本当に雲のない青空は、新潟じゃ珍しい。
それは七月八月の、この蝉の声がうるさい季節でも変わらない。
ぼんやりそんな事を考えて空を仰ぎ見ていると、店からお客が出てきたらしかった。
耳をそばだててみると、どうやらそのお客は辻崎達だという事がわかった。
「このあとどうするー?」
「カラオケ行かね?」
「あー、あたしちょっと急用できちゃったから、今日はこの辺でバイバイするー」
「ええー、ゆず今日予定あったん? なになに、彼氏~? 新しい男できたん? かわええおなごはええのぉ~!」
「あははは! ちょっとまき! あんたもうそれおっさんじゃん? ぷふっ、あはは!」
辻崎と愉快な仲間達の会話はともかくとして、なんともまぁ薄着!
お店の物陰からチラリと覗いてみたが、ギャル軍団四人全員、肌の露出がえげつない。
辻崎は控えめな部類だが、川瀬を始め、全員がギャル専門のファッション雑誌からそのまま飛び出てきたような格好をしていた。
東京の渋谷や原宿を歩くわけじゃないんだから、お前らもう少し自重しろよ……。
確かに可愛いは可愛いと思うけど、街並みからはいくらか浮きがちな見た目だ。
その後すぐに「ばいばーい」という声が耳に入る。
ギャル軍団とお別れした辻崎は、お店の出入り口付近に一人で立っているようだった。
「月村ー? ……あれ? ちょっと月村ー?」
――ガサガサッ。
「ああ、ここだよ、ここ。そんな花壇のとこに俺いるわけないだろ」
辻崎は花壇に植わっていた草むらに声をかけていた。
俺どんな奴だと思われてるんだよ。
「あ、よかった! はぁ、見当たらないから待たずにどこか行っちゃったのかと思った」
「ははは……」
ほっと胸をなでおろす辻崎だったが、よくよく辻崎単体で格好を見てみると、これはこれで結構な露出度の服装だった。
ライトブラウンの髪はいつものようにゆるく内側に巻かれていたが、黒のキャミソールで大胆に首元や肩の肌をさらしている。ミントグリーンの優しい色味のホットパンツを履き、その下に綺麗な生足が惜しげもなく伸びていた。
「それにしても、辻崎。あんな脅迫文みたいなメッセージは良くない。心臓に悪いと思うんだけど?」
「え? だってああ言わないと、月村待っててくれなさそうじゃん。あははっ!」
「まぁ、それもそうだけど」
「ひどっ。ふふっ。まぁ、わかってたけど~……。ねぇ、どこか公園いかない?」
辻崎は、俺に何か話でもあるのだろうか?
具体的な話の内容や、辻崎が何を考えて俺を呼んだのか俺にはわからなかった。
ただその格好は色々と目に余るものがある。特にその、キャミソールで起伏のはっきりしちゃってる大きい胸とか……。
「公園か。ち、近くにあったっけ……?」
「あたし知ってるよ? 一番近いところなら、歩いてすぐだけど」
「じゃあ行くか」
歩いてすぐ、と聞いた割に時間がかかるパターンかと思いきや、本当に近くにあった。
三分くらいで到着した。
さっきは建物の陰になっていたせいで見えなかっただけらしい。
「へぇ。広い公園なんだな、ここ」
「そうだねー」
公園はさっきの料理店の二倍くらいありそうな広さだった。
広葉樹があちこちで葉を茂らせ、視界をいろどっていた。
休日の午後のひだまりの中、小さい子供達が遊んでいる。母親達はベンチに腰をかけ、談笑しているようだった。
そんな中、俺と辻崎も公園の中へ足を踏み入れる。
「あんまり俺達くらいの年齢の人、いないね」
「うん……」
公園に入ってすぐのところに、ほどよい大きさの東屋があり、そこで休む事にした。
たまに節の見られる木製の椅子一脚。
そこに二人で腰をかけて一息つくと、余計に蝉の鳴き声が降り注いできているような気がした。
「ねぇ、さっきのあれ、うちの学校の女子?」
「ああ。二年二組だって言ってたな。二人とも」
「へぇ、そうなんだ。何がきっかけで知り合ったの?」
どうしたんだろう。今日はやけに根掘り葉掘り質問してくるな。
プライバシーとか関係なしにガンガン責められてる気が……。
「降旗だよ。背の低いほうは降旗の従妹で、もう一人はその友達」
「なるほどねー」
辻崎の返事の後、続くように蝉の鳴き声が耳に入ってくる。
近くで鳴いてるのか? 尋常じゃないくらい鳴いている。
俺が蝉の鳴き声に気を取られていると、トコトコとおぼつかない足取りの小さな女の子が俺達のほうへやってきた。それから、無垢な瞳で俺達を見てこう言った。
「おかあさん、カップルがいるよー!」
「こ、こら! 邪魔しないの! ……ごめんなさいねぇ~」
その子は後ろからやってきたお母さんに手を引かれ、俺達の元からすぐに去っていった。
お母さんの方は、申し訳なさそうに頭を下げてから行ってしまったが、子供のほうは歩きながらも、俺達のほうにしばらく顔を向けていた。
「辻崎、俺達カップルだってさ。はははっ」
「……」
俺がそう辻崎に話しかけてみると、辻崎は無言のままだった。
どうしたんだ? 暑さで体調でも崩したのか?
少しだけ辻崎の体調を気にしていたその時、辻崎の口元が動き出した。
「あの、小っちゃい子はともかく……。あたしらって、あのお母さんからはどんな風に見えてるのかな? ふふっ」
辻崎は自分の膝のあたりに両手を回しながら、そんな事を言い出した。
ふと辻崎に目を向けてみると、キャミソールによって強調された胸のせいで無駄にドキドキしてしまった。
「な、何言ってんだよ。普通に友達とかじゃないのか?」
「友達……かぁ」
辻崎の様子が少しおかしい。
なんとなく俺はそれを雰囲気で察していた。言葉数も、いつもの辻崎に比べたらかなり少ないほうだと思うし、どこか元気がないかのようだった。
「恋人に見えてるんじゃない? あははっ」
小さく笑みをこぼしながら、辻崎はそう口にした。
「恋人か~。どうだろうな、それは」
「つ、月村は、……恋人に見られてたら嬉しいの?」
「え……?」
辻崎の思わぬ返しに、俺は言い淀むしかなかった。なんで急にそんな事を聞いてくるんだ?
意図がわからなかった。
俺がそうして戸惑っていると、辻崎はさらに追加で困惑するような事を言う。
「あ……あたしは、恋人に見られたら、嬉しいって……そう、思ってるんだけど……」
「!」
辻崎は自分の両手の指と指をくっつけてみたりしていた。
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