20 電気屋カルテット
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冷房の効いた電車は、三條の町並みを縫うようにして建てられた高架線路の上、ガタンゴトンと荒く荒く進んでいく。
数駅進むと、ここら辺の地域でも最も立派な駅、燕三條駅に到達する。
駅構内は結構な人混みだった。ただ、そのほとんどは屋外の暑さを嫌い、構内へ逃げ込んできた人だろう。皆生き返るような顔をして涼んでいる。
向こうのお爺さんとか震えるくらい涼んでる。いやあれ大丈夫か?
まぁ無理もないか。本当に異常なくらい今年は暑い。
「あ、たぶん月村には言ってなかったと思うんだけど」
駅の改札口を抜けたくらいで、だしぬけに降旗がそんな切り出し方をする。
「なんだよ?」
「萌絵と音森さんは、隣のクラスなんだぜ?」
「え?」
二人ともうちの生徒だったのか⁉
俺が言葉を失っていると、俺の後ろから改札を抜けてきた音森が補足した。
「二組だよ。二学年の」
「あたしも二組~! 二学年の!」
音森の後ろから、萌絵もひょっこりと顔を出して言う。
二人して一体なんなんだその無意味な倒置法は。
「あ、俺は降旗と同じ一組な。でも隣のクラスの、それも女子か‥…。そんな顔を合わせることもないし記憶にございませんね」
「ふふっ、なんだよ月村。その政治家みたいな言い方は」
「ねぇねぇー、それよりさ、最初どこ行くー?」
俺と降旗の後ろから、萌絵が誰にというわけでもなくしゃべりかける。
「私は、家電量販店にちょっと行きたいかも」
「おっ、いいねぇ~。じゃあ惹世のご要望の電気屋から先行くぅ~?」
「まぁ、駅から一番近いっていうとあそこかー?」と降旗。
「うへぇー。また暑いところ歩いていかなきゃか~」
「来週は今日より暑いらしいけどな?」
「うっう……そんなウェザーニュースは聞きたくなかったぁ……」
降旗と萌絵の二人で会話が進んでいく。
俺と音森は、この二人に比べたらどこか少し緊張していた。
だからかもしれないが、必然的に降旗と萌絵の間で話は進みがちだった。
音森は、家電量販店を希望したっきり特に会話に参加しないのかと思われた。
駅を出ると、乗り換えの時にも体感したうだるような七月の暑さが身体にまとわりつく。さっきまでの冷房が恋しいとさえ思える中、俺達は近くの家電量販店を目指して歩いていった。
「――そう、それでさー、今週の数学で出た宿題が――」
「ええ⁉ 一組もうそこまでやってんの? 進むの早くない⁉ こっちなんてまだ――」
俺と音森を差し置いて、降旗は従妹とずいぶん楽しげに話し続けていた。
本当に仲良いんだな。いつもは辻崎のおっぱいおっぱい叫んでたのに。
俺には同い年の従妹とかいないからわからないが、この年齢でも仲良くできるのって普通なんだろうか?
思春期真っ只中だし、お互い異性に対して微妙な距離感のようなものを形成し始めるんじゃないのか? 心の輪郭に何枚も皮をかぶせたような俺達高校生が、小さかった頃のように何も変わる事なく親戚と接し続けられるものなんだろうか。
降旗達のやり取りを目の前で見ていると、まるで俺の心を読んだかのような声が耳に入ってきた。
「――仲、良いよね」
「え?」
もちろん声の主は、俺の横を歩いていた音森だった。
ローヒールの黒いパンプスでコツコツと足音を立てながら、どこか羨ましげな表情でそんな事を口ずさんでいた。
「あれで従妹っていうんだから、すごいね」
「そうだな」
俺達は少し前を歩く降旗達に目線を向けつつ、しゃべる流れになった。
「月村君、だっけ」
「ああ、月村君だ」
「ふふっ。何その返しっ。……月村君て、兄弟いる?」
「え? いや、一人っ子だけど」
「そうなんだ」
「音森は?」
「弟がいるよ。今年中一の」
「へぇー」
「あっ、興味無さそう!」
「正直な」
「あははは! 月村君は正直者だなぁ~」
俺の返事に音森は軽く笑ってみせた。その反応が、俺には不思議な感覚だった。
音森の笑い声に、どことなく芯が入っていなかった気がしたからだ。
表層で笑い、しゃべっているような感じだった。胸の内側では他の事を考えているような、そんな裏側を匂わせるような笑い方。無論、その涙ぼくろも一緒にゆがんだ笑顔は、十分に魅力的だったけど。
「そういえば、音森って鴨市に住んでるのか?」
「ううん。三條だよ。降旗君の家の近所……だったんだけど、前に火事にあって全焼しちゃってね。それからは駅の近くのアパートでお母さんと暮らしてるんだ」
「ふぅーん。色々あるもんだな」
「うん」
……少し素っ気なかっただろうか?
けど迂闊に根掘り葉掘り聞くのもはばかられるし、このくらいでいいよなきっと。
「ちょっとお二人さーん?」
俺達の会話を怪しむようにして、いきなり萌絵が割り込んでくる。
「えっ? 何?」
「電気屋の後はどこがいいのかーって話だよー!」
「ああ。あ、そうだ。セカンドブック行きたいんだよな俺」
「へぇ。月村、どうした? もしかしてあの人に本でもプレゼントするのか?」
ニヤニヤとした表情で降旗がそんな事をぬかす。
「えー? 『あの人』って? もしかして月村君、彼女いるの⁉」
萌絵の方も、鏡で映したようにニヤニヤとしていた。
なんだよこのニヤニヤコンビ。降旗の一族は皆この顔をするのか? 血筋か⁉
「彼女とかいないから! こいつが勝手に言ってるだけだから! 大体な、もしかしてとか言われると、まさかの、みたいに聞こえてくるんだけど⁉」
「えー、そこまで言ってないのにっ。たははは!」
「セカ本いいじゃん。私も行きたいな」
あざ笑う萌絵とは別に、素直な自分の意見を述べる音森。
「じゃあセカ本も行くと」
「彼女じゃないにしても、好きな人とか⁉」
萌絵はそれでもからかうようにしつこく尋ねてくる。
「しつこいな! 好きな人でもねーよ!」
好きじゃない。と、そう否定したが、本当のところはどうなのか俺にもよくわからなかった。確かに伊十峯の声は好きだけどな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
燕三條の家電量販店はやたらと規模の大きい店舗だった。
俺の地元からは遠く、なかなか訪れる事のない店舗だ。久しぶりの家電量販店。
炎天下の中、四人でその店舗に入る。
大型店舗にも関わらず店内はひんやりと涼しくて、豪勢にもエアコンが冷気を蓄えてくれていた。
他のお客はそれほどいなかった。ただ、そんな少数でも店員はしっかり接客し、なんとか店内で商品を買ってもらおうと、懸命にセールストークをしているようだった。
「はぁ~、すっずしぃ~! 生き返ったー!」
「あー、ほんとほんと!」
俺達四人の先頭だった降旗と萌絵がまず生き返る。
その後、俺と音森が続いて生き返る。
一気に身体を冷気が包み込んだかと思うと、シャツの下にかいていた汗が冷やされた。
「ちょっと俺、扇風機見てくるわー。そういえばうちのやつ、カバー壊れかけてたんだよなー」と降旗。
「あたしもちょっと適当に見てこよっかな~? 惹世はどうする?」
「私は電子ピアノとかそっち見てくるよ。萌絵はアレでしょ?」
そう言って、音森はとあるコーナーの方を指差した。
広い店内の一画。天井から誘導看板が提げられており、そのすぐ下にマッサージチェアが何台も置かれてあった。数台は既に先客がいて、気持ちよさそうに目をつむる中年男性や、年配女性なんかが使用していた。
「あ、バレた~? ふふっ。じゃあ、また後ほどっ!」
萌絵は、シュバッと右手を斜めにあげて敬礼すると、あっという間にマッサージチェアコーナーへと走り出していった。他の電化製品はどうでもいいんだなあいつ……。電気屋を健康ランドかなんかと勘違いしてるんじゃないか?
「月村君は?」
一人残された俺に、音森が質問してくる。
チラッとこちらを向く動作に合わせ、ほどよい長さのポニーテールが揺れ動いていた。
「うーん。適当にイヤホンの辺りでも見てこようかな?」
特に至急新しいイヤホンがほしいわけでもないけれど、ついでという事で。
「イヤホンなら、私と同じ方向だ」
「ん? あ、ほんとだな」
イヤホンやヘッドホンの置かれていた音響機器コーナーは、パソコンの周辺機器を取り扱うコーナーと隣接していた。そのすぐ向こうに、音森の希望する電子ピアノや、大型テレビなどが置かれているらしかった。
「音森、電子ピアノ買うのか?」
「ううん。別にそういうんじゃないんだよ」
「……?」
じゃあどうして? と疑問に感じたけれど、俺は聞かないでおく事にした。
距離的に、きっとその理由を聞いている最中イヤホンコーナーに着いてしまいそうだったからだ。
中途半端に聞くのも気持ちが悪い。
「じゃ」
「うん、じゃあね」
俺がイヤホンやヘッドホンのコーナーで立ち止まると、音森はそのまま止まらず向こうへ歩いていった。
皆お店で別々行動するなら、やっぱり誰かと出かけるのって意味無くね……? 一人の方が気楽だし俺もこのスタイルのほうが良いんだけど。
さて気を取り直し。
イヤホンコーナーに到着したわけだが、本当に目的は何もない。
俺もだらだらとしたウィンドウショッピングと行こうか。
最近は、低価格帯のイヤホンでも比較的壊れにくいものがあるし、完全ワイヤレスイヤホンの価格低下も、目を見張るものがある。
俺はずっと、ワイヤレスタイプではない旧来のコードタイプを愛用している。だが、いい加減買い替えてもいいかもしれない。
ASMR音声を聞きながら寝落ちした翌日、コードで首が絞まりそうになるという、大変無様かつ危険な事故も未遂ながら起きてるし。一昨日なんて首に索条痕(さくじょうこん)もどきがつく始末だった。寝落ちどころか、本当に帰らぬ人になるところだった。
もしかしたら寝ている間、ワンチャン本当に誰かに首を絞められているかもしれない。
ただそうは言っても、片方だけしか音が聞こえないだとか、音量を上げても小さいだとか、決定的な劣化が見られるまでは使い倒す所存だ。
物持ちがいいのか、現在使用しているイヤホンも先月で晴れて三周年を迎えた。
大した値打ちのイヤホンじゃないというのに、相当なコストパフォーマンスの良さを発揮している。貧乏性極まれりといったところか。
俺がこうして脳内であれこれとイヤホンの事を考えて物色していると、次第にスピーカーのコーナーへと突入した。
俺は特にスピーカーを使った試しがないが、なんとなくそのコーナーを流し見していた。
最近は持ち運びに便利な、充電タイプのブルートゥーススピーカーが出ている。
リーフレットには「アウトドアにも最適!」といった謳い文句が並び、浅黒い肌のイケてる外国人が、自転車に乗りながらそのスピーカーを使っていた。
ジムで鍛えましたと言わんばかりのその背中にリュックを担いでおり、そのリュックのサイドポケットに該当商品が突っ込まれている。
おそらくその軽量で持ち出しやすいスピーカーからは、カッコイイ音楽が流れているのだろう。だが、さすがに音楽に酔いしれてるからといって走行中に両目を閉じているのはどうなんだ? 危険運転反対。
スピーカーコーナーの端まできた辺りで、反対のコーナーに差し掛かった。そこで、突然誰かのつぶやき声が聞こえてきた。
「?」
意識を耳に集中させ、なんとか聞き取れないか試みる。
「――――。――――? ――」
何を言っているかまでは聞こえないな。
よく見てみると、そこに立っていたのはなんと音森惹世だった。
反対の棚の陰から、こっそりと覗いてみる。ていうか最近俺覗いてばっかだな……。
けどおかしい。確か、音森は電子ピアノのコーナーに行くって言っていたはず。
ここで普通に話しかけてみてもよかったのだが、音森が何を悩んでいるのか気になっていた。
スマホの画面と、棚に置いてある商品を見比べているようだった。
通販価格とのチェックか? けど何の商品……?
隠れていても仕方ないかと考え直した俺は、あたかも偶然通った風を装い、音森に後ろから話しかけてみる事にした。
「何選んでるんだ?」
「きゃっ! っはぁー……びっくりしたぁ。いきなり後ろから声かけないでよ!」
驚く音森。彼女の持っていたスマホには、バイノーラルマイクの商品ページが映っていた。
「え⁉ バイノーラルマイク⁉」
なんで音森が⁉ まさか音森もASMRをやってるのか⁉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます