16 否定と忘却と弁明
「はぁ……辻崎がストーカー行為っと……」
「ス、ストーカーは月村じゃん! あたしはそんなんじゃないし!」
辻崎が強めの口調で反論してくる。
「あのなぁ、俺のストーカーっぽい行為は副次的なもんだからな⁉ 辻崎のやってたそのストーカー行為に悩んでるって伊十峯から相談されて、その結果ああいう探偵みたいな事してただけだから! そもそもの原因は辻崎だろ!」
認めるんだ辻崎。
認めないで下手に抵抗すると、たぶんズブズブ傷口が広がってくぞ。
「そうだったの……?」
「そうだよ。怖がってるみたいだったし、本当やめてやれよそういうの」
「うん……あ、あたしは別にそんなつもりじゃなかったんだけど……不安にさせちゃってたのかな……」
「ああ。だからもうあの件は気にする事ないって」
俺の注意に耳を傾ける辻崎は、珍しく憂い顔だった。
意外と聞き分けがいい。
あのギャル軍団所属とは言っても、やっぱり辻崎は素直なほうだ。
たぶんこれが団長の川瀬とかなら、ギャンギャン拒んで自分の意見を優先させるかもしれない。
そう偏見たっぷりに俺が考えていると、
「で、でも! 伊十峯さんが気にしてないって言っても、あたしの気が納まんない!」
あ、そっち⁉
そっちのベクトルで自分の意見優先する感じかよ!
「あ~……もうさ、伊十峯さんここに呼べない⁉ 直接謝罪してスッキリしたい……」
「難しいんじゃねぇかなー……」
もやついた気持ちを晴らせず、辻崎は悩ましげだった。
「伊十峯へ連絡」という話の流れから、俺は何気なくスマホを見ようとして、自分の制服のポケットに手を入れた。しかし、そこである事態に気が付く。
「あれ……?」
「どうしたの?」
「スマホ忘れた……教室か……いや、教室を出た時は、確かにポケットに入れたと思ったんだけどな……」
いつの間にか俺はスマホをどこかに落としてしまったらしかった。
さっぱり身に覚えが無かったが、学校内には確実にあるだろう。
「大丈夫? ちょっとヤバいんじゃない?」
「ロック掛かってるから、拾われてもたぶん大丈夫。放課後、職員室寄ってみるよ」
「そう……」
「まぁけど」
けど、まさか辻崎が伊十峯に話しかけられず、そこまでやきもきしていたとはなぁ。
実は人見知り? んなわけないか。
それにしても意外だ。地味で影の薄い伊十峯みたいなタイプの女子に、怖気づく事があるんだな。辻崎みたいなタイプの人間でも。
本当にいじめていても心が痛まないのは、あのグループでも川瀬だけだったのかもしれない。もちろん、あいつだって伊十峯が体育でお荷物じゃなければそんな事しなかったんだろうけど。
その事を改めて考え直してみると、妙に笑えてきた。
「辻崎、意外だよな」
「え?」
「ほら、伊十峯みたいなタイプに話しかけづらくてストーキングする、ぷふっ、とか……あっはっはっはっは!」
「ちょっ、またストーキングって言った‼ ストーカーじゃないからね⁉ もう! なんでそんな笑うの!」
堪えきれず笑い飛ばしてしまった俺に、伊十峯はポカポカと腕を振り回してくる。
攻撃力もクソもないような漫画的リアクションかと思ったが、普通にそこそこ痛い。
「わっ痛い! 痛いからなっ⁉」
「それだけの事言ってるから! もう……きゃっ!」
「お、おい!」
俺の前にしゃがみ込んでいた辻崎は、腕を振り回した勢いのせいで俺の方へ倒れ込んできてしまった。
「……おい、大丈夫か?」
「あ……ごめん」
辻崎の頭がちょうど俺のへその辺りに来ている。
膝をついて倒れ込んできたので、俺の胴体をハグするような姿勢になっていた。
なんで最近こんな密着イベントが多いんだよ!
てか普通に暑い! もう七月だぞ。夏だ、夏。
密着してるせいで辻崎の二の腕のちょっとぷにっとした感じとか、俺の太ももに乗ってる胸の柔らかい感触とか伝わってくるし、これじゃ変な気起こすだろ。
いくら俺が恋愛なんてクソだって思ってても、こんなのもう……。もう、もう、もう!
そんな密着体勢の俺達に向かって、はからずも階下の踊り場から声が掛けられた。
「つ……月村、くん?」
「え……? 伊十峯⁉」
下の踊り場にいたのは、まさかの伊十峯だった。
「伊十峯さん……?」
「な、なんで⁉」
「あ、えっと……その……ス、スマホ、月村君が廊下で落とした所ちょうど見掛けて……。でも、途中で月村君のこと見失っちゃったの……。そしたら三階の階段のところで見掛けたって先生から聞いたから……」
冷静に事の経緯を説明してくれる伊十峯だった。だがその視線の先には、もちろん俺の胴体に抱き着く形で倒れ込んでいる辻崎がいた。
「あ、あの……スマホ、ここに置いておくね……」
伊十峯は階段をのぼり、遠慮がちに俺達のそばにスマホを置いた。
「あ、ああ」
「……」
表現しようのない感情に心を絡めとられそうになったが、なんとか俺は相槌を打った。
ただ辻崎のほうは黙り込み、ゆっくり身体を起こして俺から離れるだけだった。
「じゃ、じゃあ私はこれでっ……」
いたたまれない気持ちだったのか、伊十峯はスマホを置くなりそそくさと戻っていってしまった。
「あっ、伊十峯……」
いや待ってくれ伊十峯。せめて弁明させて!
こんなの、節操なく辻崎とイチャコラしてる奴だって思われたんじゃないのか⁉
いそいそと階段を降りていく伊十峯の後ろ姿に、俺はつい手を伸ばしてしまいそうになる。
「……」
そんな俺と、この場を離れていく伊十峯とを、辻崎はじっと眺めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼休みが終わり教室に戻ると、伊十峯は特に変わった様子もなく席で本を読んでいた。
俺と辻崎も、それにならうように自分の席へと戻る。
「伊十峯……スマホありがとな」
席に着くなり、まず伊十峯に感謝を述べる。
せめて、軽蔑から無視にランクアップしていない事を確かめる意味も込めて。
ランクアップというかランクダウンというか。
ここで返事が無ければおそらくその時点でアウトだ。無視されるなら、この先しばらくは無視される事になるかもしれない。
そしたら残すはキャットークで弁明を図るしかなくなる。
俺は節操無しじゃない。全部偶然が悪いんですよ……。
「……ううん。気にしないで」
ああ、よかった……。
しっかりとした返事だ。伊十峯のいつもの声に安堵する。
「よーし、授業始めるぞー」
担任が教室に入りながらそんなお決まりのセリフを口にし、授業が始まった。
授業中、伊十峯に昼休みの件を弁解しようと思った。
ただ、コソコソと直接しゃべるよりも、キャットークで伝えた方がいいんじゃないかという思いが沸き起こっていた。
担任に注意されるリスクもそうだが、何より前の席の辻崎に会話を聞かれてしまうというリスクがあったからだ。
それに、キャットークでちゃんと文面として書き出したほうが、内容を整理できるような気がしたし。
辻崎に聞き耳を立てられてはまずい内容……ではないのだけれど、伊十峯の気持ちを考えればまだキャットークのほうが手堅いだろう。
そう考えると、無視されようがされまいが、結局はキャットークを使用する運命だったのかもしれない。
『伊十峯、さっき屋上前の踊り場で見たあれは、事故だったんだ――』
うーん……ありきたりな言い訳……。
事実だけど、もう少し言い方があるよな……?
俺は送信前に打ち込んだその文面を消し、もう一度作り直す。
『ごめん伊十峯。俺と辻崎は、お前が考えてるような関係じゃないんだ――』
これもどうなんだろう。
関係性の否定はしてるけど、じゃあ結局何? って感じだし、そもそも謝るのも変?
俺と伊十峯は恋人でもなんでもない。とっさに入力したけど、じゃあ謝る理由って?
これもダメだな。消そう。
『さっきのは、たまたまあんな体勢になってただけなんだ! 誤解しないでくれ――』
理由自体はその通りのはずなのに、妙に胡散臭い文面じゃね……?
あーもうダメだ! 打っては消して、を繰り返す事になる。
いつまでたっても送る文面が完成しない!
と、俺がいつまでも送る内容に迷っていると、
『キャットーク:新着通知が一件あります』
「!」
誰かからメッセージが届いていた。
メッセージの送り主を確認すると、相手はまさかの伊十峯だった。
チラッと右隣に目を向けてしまいそうになるが、それより先に指がメッセージをタップしてしまっていた。
『月村君、さっきはごめんなさい。お邪魔しちゃったよね
ちょっと違うお話なんだけど、ASMRの配信はしばらくお休みにしようと思うの
配信のアーカイブのコメント欄に、お休みのことは書き込むつもり』
伊十峯のキャットークはそこで終わっていた。
伊十峯が配信活動休止⁉
予想外の宣言に、俺は授業中でも構わず大きな声を出してしまいそうだった。
堪えることが出来たのは奇跡みたいなもんだ。
けどなぜだ? どうして配信休止……?
「俺が理由だ」なんてのは思い上がりが過ぎる気がするし。
伊十峯だって、リスナーとの交流が楽しみで配信してると言っていたはずなのに!
俺はこのキャットークにどう返信すべきなのか、その答えをすぐには出せなさそうだった。
取り繕った返事ならいくらでもできるだろうけど、それで本当にいいのか?
「えー、炭素を含む化合物を有機化合物といい――」
授業を進める担任の声や、クラスメイトのノートを取る音が、まるで他人事のように聞こえていた。
そんな授業が淡々と進んでいく中、ふと、誰か他の生徒の話し声が耳に入ってきた。
少し遠いところで聞こえてきたその話し声のおかげなのか、なぜか俺の心の中のハードルは下がっていたような気がして。
「――今日、放課後話せる?」
気がつくと俺は、伊十峯にこっそりと声をかけていた。
「!」
突然横から俺に質問された伊十峯は、驚きのあまりシャーペンを床に落としてしまった。
ころころと転がるそのライム色のシャーペンが、俺の足元までやってくる。
驚いた表情を浮かべていた伊十峯だったが、俺がそのペンを拾い上げて彼女に手渡してあげる頃には、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。
「……大丈夫だよ」
シャーペンを渡す時に、ボソッとつぶやかれた伊十峯の声を俺の耳が拾った。
その声のボリュームならきっと辻崎にも、後藤君にすらも、聞こえはしないだろうという良い塩梅の小声だった。
こうやって直接言いたかったから、俺はキャットークの返事が書けなかったのか?
それは未だに不明だ。
ただ一つ思うに、この話題はピーキー過ぎた。
授業中のような、制限された環境。そんな環境で生まれる、制限された言葉。
そんな制限だらけじゃ物足りないだろう。
引いて考えると、この場でこの話題を扱うことの不自由さが際立っていた。
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