15 見上げたもんだなぁ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「来るの遅くない?」
屋上。というか、屋上に出る寸前の階段の踊り場に、辻崎ゆずその人は立っていた。
教室でも見た辻崎なりの着こなしセーラー服。
夏用ブラウスの元々短かった袖をさらに何分かまくり上げ、スカートの丈も調整している。確か先週、膝上何センチね、アウト~! みたいなやり取りを、生活指導の先生にやられてなかったっけ。
俺が階段の折り返し位置から視線を上げると、辻崎はそんなセーラー服姿で立っていたわけで、当然見上げる形になればそのスカートの短さが仇になってくるわけで――。
白状すると、ちょっぴり見えてるわけです下着。ていうか見上げてる。
今日は純白らしい。
ちょっと清楚系に心入れ替えた? へぇ、文字通り見上げたもん――
「何見てんのっ!」
「あっ、いや悪い」
辻崎に怒鳴られる。
けど理不尽だ。そんな短かったら見えるだろ、そりゃあんた。
「で? なんで同じクラスなのにここに来るのがそんな遅いの?」
「飲み物だよ飲み物! 昼休みに屋上とか言うから、なんかもうお昼も屋上で取ればいっかなって思って、ちょっと飲み物買ってきたんだよ」
辻崎は少しだけすねた顔をしていたが、それ以上は追及されなかった。
「あ、ていうか月村。屋上、出られないよ?」
「……はい?」
俺がぽかんと口を開けて呆けていると、辻崎はククッと笑いその謎を説明していった。
「あー、あたしが誘ったのは確かに『屋上』なんだけど、要するにこの踊り場ってことなんだよね。屋上に出る手前の、ちょっと他のとこより広いこの踊り場!」
「……そう。まぁ、普段は鍵締まってるしな、屋上」
「そう、それねっ」
確かにこの最上階の踊り場は広く作られている。
屋上への出入り口の脇に、使われていない机や椅子が無造作に積み上げられていた。しかしそれでも尚スペースは広い。
「で、なんでここ?」
「まぁ、とりあえず二人きりになれれば、特に問題ないかなって」
「二人きり?」
「そう。……って、別に恋愛的な意味じゃないからねっ⁉ ほんとに! 確かめたい事があったからだから!」
「ふーん、確かめたい事ね」
とりあえず最後の階段を上がっておく。
うちの高校は三階建てで、今は屋上階の踊り場。
つまり、さっきまで俺がいた折り返し地点の踊り場というのは、三階の廊下を歩く生徒にも見えていた半階の高さの踊り場だ。
上がりきってしまえば誰にも見られる事はないので、二人きりといえば二人きり。
いやそれでも階段の構造的に縦に吹き抜けてるから、声は響きがちなんだけど。
「そういえば、あのふせんメモの渡し方、うまかったな」
「でしょ⁉ っだよねぇー。あたしも自分で気付いた時驚いたし。このやり方なら見つからないじゃんって!」
ふせんメモの渡し方を素直に褒めてあげると、辻崎は鼻を膨らめた。
「けどあれはプリントが配られる授業じゃないと使えないっていう、わかりやすい欠点もあるけどな」
「まぁね? ……だからメモにキャットークの連絡先書いたんじゃん?」
「まぁ、そうだけど」
「と、ところでさー……」
何か切り出しづらい事なのか、辻崎は言葉を詰まらせた。
それまで持っていた自分のスマホを、胸元でぎゅっと握っている。
「……何か期待してたの?」
「え?」
「だってほら、そっちの下の踊り場で顔赤くしてたじゃん!」
「いや、それはお前のスカートのせいだよ!」
「あははは! なーに? やっぱ月村って変態だねっ」
「辻崎こそ変態だろ! 大体なんでそんなスカート短くしてんだよ。見えるだろ、そんなに短かったら」
全国の迷える男子代表とでもいった様子で、俺は思い切り主張してやった。
「えー、短いほうが可愛いし? あはは!」
「くっ……」
「ねぇ、あたし、可愛くないかなぁ? ふふっ」
なぜか可愛い可愛くないの対象が、服装から辻崎本人へとすり替えられている。
怖い。辻崎の自信過剰っぷりが。
怖い。ノーとは言えないだろとばかりに微笑するそのあざとい顔が。
けど、悔しいかなそんな辻崎はどう悪く見積もってもやはり可愛い。
アイドルグループのセンターか、その右側辺りに籍を置いてそうなくらいには。
「ねぇ、どうなの~?」
ずいっと辻崎がその身を寄せて迫ってきた。
もうじれったいなぁ、とでも言いそうな表情。加えて上目遣い。
こんなのずるいだろ! なんだその顔。
キャットークで自分のアイコンを三毛猫にしていたが、辻崎本人こそ猫顔だ。たぶん泥棒ネコって呼ばれたりしたこともあるだろ絶対。
気が付くと俺の背後はもう壁で、後ずさりできなくなっていた。
近くに迫られてるせいで、ほのかに辻崎の良い匂いとかしてくるし、ブラウスの隙間から谷間とか見えてるし、ああもうマジで目のやり場に困る!
なんだよこれ。いや待て、なんでこんな責められてるんだよ!
「わ、わかった! お、お前は……ぃいよ……」
「えー? よく聞こえないなぁ~。なにー?」
辻崎はわざとらしく聞こえないふりをする。
「だから! お前は可愛いって言ってんだ! だからどいてくれ!」
「あはははっ! ふぅーん。……まぁそうだよね! ふふっ、月村、ちゃんと言ってくれるじゃん!」
やっと身体の距離を少し離してくれた辻崎は、にひひっと嘘みたいな笑顔を見せていた。
いつも授業中視界に入ってきていた、その明るい茶髪がふわりと揺れる。
辻崎レベルなら普段からいくらでも褒められてそうなのに、やけに嬉しそうだった。
まぁ褒められる分には、誰からでも、何回でも、嬉しいのかもしれない。
俺は壁にもたれ掛かったままだったが、思わず力が抜けてしまった。
そのままずりずりと床へへたり込む。
「……はぁ」
本当に心臓によくない。
無意識にため息が漏れる。そんな俺の姿を見ていた辻崎は、へたり込む俺と目線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。
「じゃあそろそろ本題っ」
そう言って、俺の顔を真正面から見る辻崎。
スッ、と自分の膝のてっぺんに手を添えている。
ただ、正直そんなセーラー服姿で不用意にしゃがみ込まれたら、もちろん純白のナニカが見えてしまっているんだけど、ここで下手に視線を動かすと絶対バレる。
何しろ、お互いの視線がバチっと合っているし。
「本題?」
「うん。あのさ」
こんな立ち入った事聞くの、良くないかもしんないんだけど、と辻崎は前置きして、
「実は月村って、伊十峯さんの事好きなんでしょ?」
「はっ⁉」
弛緩していた身体に、またしても力が入る。
藪から棒になんつー質問だよ!
「なんで⁉」
「えー……実はね? この前、伊十峯さんをストーカーしてるところ、見ちゃったっていうか……。だから月村は伊十峯さんの事が好きなのかなーって思ったんだけど。違ったの?」
「すっ……!」
ストーカー被害対策のあれである。
何やらこの前の対策決行中に、同時進行でややこしい誤解を招いていたらしい。
俺のストーカーっぷりをまじまじと見てしまったんだろうな。いや俺はストーカーじゃないけどな!
こんな誤解を招いてしまって何が妙案だ。
思い上がっていたあの時の俺を殴ってやりたい。
「どうなの?」
「ち、違うから。あれはそういうのじゃないし!」
「えー、じゃあどういうの?」
「き、気にするな。ていうか、辻崎こそなんで俺達の事見てたんだよ? 確か辻崎って自転車通学だろ? 帰りは裏門から出るんじゃないのか?」
鴨高には正門と裏門があり、自転車の駐輪場は裏門のすぐそばに設けられてあった。
だから、基本的に自転車通学の生徒は皆裏門から登下校する事がほとんどである。
俺の記憶が正しければ、辻崎もその自転車通学組だったはずだ。
「えー……う、うん。まぁ、そのさ……。実は、伊十峯さんに話しかけようってずっと思ってたんだけど、なかなか……ね?」
「……もしかして、前のバレーボールの件?」
「そうそれ」
「前も言ったけど、そんな気にしてないと思うよ? まぁ気になるなら話しかければ?」
「うっ……。そ、そんな簡単にほいほい話しかけられないし! それだったら一日で終わってるからね⁉」
辻崎は声高にそう主張した。
やや大きいボリュームだったその声が、階段の吹抜けに響く。
「一日?」
「あっ……」
俺がその発言を不審がると、辻崎は失言だったとばかりに口に手を当てる。
「一日ってどういう事だよ?」
「ち、違う違う! 今のナシね⁉ ナシ!」
前言撤回! とそう言いたげに手のひらを突き出す辻崎。
だんだん辻崎の言動が怪しくなってきた。
「おい……辻崎お前もしかして……」
「……」
「平日の学校帰りに伊十峯のことストーキングしてたの、お前か⁉」
「うっ……」
肯定も否定もしない。けどそれが肯定の証拠だ。
辻崎は軽く唇を噛み、まさに図星を突かれたという様子だった。
思わぬきっかけからだったが、犯人見つけたわ。
犯人居ました。ここ、ここ!
見知らぬ不審者どころか、俺の前の席に座ってた辻崎が犯人だ!
伊十峯、よかったじゃん。顔も名前も知ってるし、注意で済みそうな相手だ。
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