08 小悪魔がそこにいた
出入り口の内側に、何やら不満顔の辻崎ゆずが立っていた。
いつもの濃いめの化粧と明るい茶髪だが、口をへの字に曲げて腕を組んでいる。
そんな所にいるとは思いもしなかった。神出鬼没ですか?
川瀬達と一緒じゃない辻崎の存在は、やけに新鮮に感じた。
「なんで? なんでここに辻崎が……」
「別にここ二年生の階なんだし、あたしが居たっていいでしょ? 飲み物買ってきただけだし。というか、さっきすれ違った伊十峯さん、涙目だったんだけど何かあったの?」
辻崎はじろじろと何やら疑わしげな顔でこちらを見てくる。……が、よく思い出してほしい。辻崎も伊十峯の事泣かせてませんでしたっけ……?
自分のことは棚上げですか!
「そ、そんなの答える必要ないだろ。大体、辻崎だって前に体育の時泣かせてたじゃん」
「そ、それは……」
痛い所を突かれたのか、それまで強気だった辻崎の様子が見る見るうちに弱気になっていく。
「人の事言える立場じゃないだろ。じゃあ、俺もう教室戻るから」
「ま、待って!」
教室に戻ろうと辻崎の横を通り過ぎたその時、ガッと彼女に左肩を掴まれた。
「なんだよ、離せって!」
「いや待って!」
「離せっ!」
「きゃっ!」
辻崎の小さな手を強引に振り払い、俺は教室へ急ごうとした。
そんな俺の背中を、辻崎も慌てて追いかける。
そのまま二人で廊下を走りだし始めた。その時だった。
――グニッ。
「痛っ!」
「え?」
俺の後方から辻崎の悲痛な声が聞こえ、思わず振り返ってみる。
すると、辻崎がその場で転んでいた。
「おい……大丈夫か?」
心配しながら近寄ってみると、
「うう……足、くじいたっぽい……痛っ……」
足をひねったらしく、辻崎は人魚座りのような体勢を取り、左足首を手で抑えていた。
制服のスカートのせいで、色々と目のやり場には困るけど。ていうか、辻崎に限らずうちのクラスのギャル軍団は、揃いも揃ってみんなスカートが短い。謎のチキンレースでもしているのかってくらい。その丈じゃ簡単にパンツ見えちゃうだろうが。
「立てそう?」
そんな短いスカートから伸びてる辻崎の綺麗なふとももに目を奪われそうになりながらも、なんとかこらえて彼女の身を案じた。
「いや、それが……結構ダメっぽい……かも……てへへっ」
負傷したことで気持ちが冷静になったのか、辻崎はもう伊十峯の泣いていた件について、何も問い詰めてこないようだった。むしろなぜか明るく振る舞っている。
その振る舞いの明るさの分だけ、本当はとても痛いのかもしれない。
「はぁ。無理に走るからだろ……」
「誰が走らせたの、誰が!」
「あ、俺か」
「ふふっ。実際のとこ、そーじゃん! ……うーんと、じゃあ罰として、あたしを保健室まで連れてくことー」
「は⁉」
辻崎は人差し指を立てて、当然でしょ? みたいな顔してる。
「いや、俺は授業が……」
「えー、女の子に怪我させておいて、月村は自分だけ授業出るんだー。ふぅーん? そういう男の子だったんだー。知らなかったな~?」
くっ、この女……。
辻崎は口を尖らせて、白々しく、嫌味っぽく話を続けた。
「はぁ~……足が痛いなぁ~……。保健室まで一人で歩くの、辛いなぁ……」
「もうわかったよ、わかった! 俺が連れてけばいいんだろ? はぁ」
こっちが溜め息をつきたい。
「え? ほんと⁉ やった! ありがとね、月村っ♡」
「あーあ……なんか俺、良いように使われてんなぁ」
「え? 気のせいだよ、気のせいっ!」
俺が協力する事になったとわかり、急にニコニコと態度を改めてくる辻崎。
本当、小悪魔が板についてる……。ギャル崎こわいなぁ。
辻崎に付き添う流れになったので、俺は一旦スマホで降旗にメッセージを送っておく事にした。次の授業に遅れる旨の連絡だ。担任に伝えてくれるよう頼んでおいた。
無断欠席より良いだろう。俺も辻崎も。
「じゃあ、ほら」
俺はそう言って、廊下で倒れていた辻崎に手を差し出した。すると、ちょっとだけ辻崎は俺の手を見て「あ、ありがと」と遠慮がちにそれを握った。
辻崎の手を引いて起こしてあげると、俺達は保健室に――と、思ったけど辻崎の足、怪我してましたね。どうしよう。
「その足、歩けそうなのか?」
「うんっ……いたたっ! いや、やっぱダメっぽい、これ……」
「……」
こういう時、どんなやり方が一番いいのか俺にはわからないけど、ある程度選択肢は限られてると思う。
ベタ過ぎる気もするけど、これがたぶん「クラスメイトの男子」として振る舞える最善なものだ。だから辻崎には悪いが、俺はその手段を取らせてもらう事にした。
「辻崎、ちょっと腕持ち上げるぞっ」
「え、え⁉」
辻崎の隣まで近付き、彼女の腕の下に頭を潜らせて左半身を支えてやった。
「ち、近いよ……月村っ!」
辻崎の顔と俺の顔が近い。辻崎の顔は赤く火照りだしていた。たぶん俺も赤くなっていたと思う。
ゆっくりと身体を起こし、肩組したまま歩きはじめる。
「ほら、とりあえずこれで行けるだろっ!」
「……うん」
ていうか本当に近いっ!
息遣いがはっきりとわかる。
至近距離すぎて、普段俺がASⅯR音声を楽しんでるのと同じくらいの距離感で辻崎の呼吸が聞こえてるし。……色々と意識しだすと気付くポイントが多くて、山のようなそのセンシティブな情報を処理できない。
「す、すごく近いね……」
「近いのはしょうがないだろ! これが一番助かるかなって思ったし……そ、それに辻崎……ずっと足痛そうにしてるから、早く治してやんないとって……」
「……」
辻崎は、まるで予想外の言葉を言われたかのように言葉を失っていた。
俺達はそこから、しばし無言だった。
相手の顔とか恥ずかしすぎて見れるわけもないので、ただひたすら廊下の向こうを見ていた。
保健室のある一階まで、ずっと肩組みのまま二人で歩き続ける。
なんだか二人三脚みたいだなとか、他の教室もちゃんと授業やってるなとか、そういう様々な思いを脳内で巡らせていたのは、そうしないと全神経が右側に寄ってしまいそうだったからだ。
右側にはもちろん辻崎がいる。
肩を組んでるせいで、座席の時よりずっと近くに辻崎がいる。
女の子特有の化粧品の匂いだとか、シャンプーや香水の匂い、肩を抱いてわかる華奢な身体とか、その手の甲にさっきからファサッファサッと当たってる髪の毛先とか、そんな所にまで意識が行ってしまう。
そして何より、圧倒的な胸部のふくらみに視線が吸い寄せられてしまう。これはとんでもない吸い寄せの魔法だ。
こんなふたご山が用意されてたら、誰だって全神経そっち行くでしょ! 助けて!
「ねぇ、月村……」
「なんだよ」
「さっきから無理に前向いてない?」
「は?」
「……本当はあたしの……その、胸とか見たいって思ってるのかなって……」
「何言ってんだよ⁉ 急にどうした? 足以外もひねったか⁉」
「……ふふっ、あはははっ! 動揺しすぎだから! 足以外もひねったって何? はははっ!」
「かっ、からかうなよな! こっちは真面目に保健室連れてこうとしてるってのに!」
「ふふっ……ありがと」
お互い隠しきれない羞恥心と共に、俺達は保健室まで地道に歩いていった。
辻崎に歩幅を合わせ、ゆったりとした足取りになる。
それからなんとか保健室に着いたはいいんだが、
「失礼しまーすっ……ってあれ。保健の先生いねーじゃん。解雇か」
「ぷっ。解雇ではないでしょっ」
保健室の鍵は開いていたが、先生は不在のようだった。
電気は消されていたが、大きな窓から外の明るさが入り込んできていた。そのせいか、さしてこの部屋を暗くは感じなかった。
二台用意されてあったベッドのほうは、仕切り用のカーテンで隔てられてあった。
窓際に置かれた先生のデスクに白いマグカップが置いてあるが、その中に注がれていたコーヒーはとっくに冷めているらしい。
「じゃあ仕方ない。ちょっと勝手に道具借りるか。応急処置くらいなら何かできると思うんだけど」
「そうだねー」
負傷した辻崎を脇の長椅子に座らせると、俺は戸棚から小っちゃい包帯とハンドタオルを手際よくくすねた。
「え、ていうか月村、捻挫の処置とかできるの?」
「見くびるなよ? これでも小学校時代は保健委員だった」
「保健委員てそういう仕事するっけ? ふふっ」
「全然しません」
「ダメじゃんっ」
「ははっ。……悪いな。応急処置だけしとこう。先生いないし」
よく考えてみれば、保健室までの同行が贖罪なのであって、手当までする必要はない。ただ成り行きで、俺は辻崎の手当をすることにした。
素人の手当じゃまずいかとも思ったけど、依然として足首を痛そうにしている辻崎を放置するわけにもいかなかった。
保健室に備え付けられてあった小さな洗面台でハンドタオルを濡らし、それを絞る。
それから、長椅子に座らせていた辻崎の前に俺はしゃがみ込んだ。
彼女の膝小僧が目の前にくる。
「ちょっと、月村……」
「く、靴下脱がせるぞ」
俺は床にひざまづき、視線をあげないよう注意した。
あまり視線をあげると、座ってる辻崎のスカートの中がしっかり見えて――もうひまわりみたいなその明るい黄色のパンツは視界の端に見えてしまっていたんだけど――手当に集中できない。
辻崎の紺色のソックスに手をかける。
「あっ……ちょっと」
必然的にその肉感あるふくらはぎにも触れてしまうわけだが、こいつがなんとも煩悩を呼び起こしそうで心配だった。
事実、むっちりむにむにとしたこの手触りはずるい。
ゆっくりと辻崎の足先までソックスをまくり上げ、そのまま最後まで脱がせる。
素足になった辻崎の左足が、俺の前に露わになった。
辻崎の小さなその左足は、男の俺の足なんかとは比べ物にならないくらい儚げで、色白だった。全然骨ばってないし、言ってしまえば作り物めいている。
足の爪には、女の子らしい薄ピンク色のペディキュアが塗られていて、よほど家でもこまめに手入れしていることが想像できた。
「濡れタオルで少し冷やしてから、包帯巻くからな」
「う、うんっ……冷たっ!」
俺は辻崎の足首にタオルをあてがって、しばらく冷やしてあげた。
それから、丁寧に包帯を巻く。
ひねったと思われるところは、特に腫れてはいなかった。一応そこを保護しつつ、踵から脛の下あたりまで包帯を渡していく。
「んっ……!」
「痛いかもしれないけど、我慢して」
まるで辻崎にかしづく下僕か何かのようだった。が、ここまで辻崎にお節介を焼いているのは、別に理由があるからかもしれない。
伊十峯を泣かせてしまった罪悪感。
それを拭い去るための代償行為だったのかもしれない。なんてことを、手当の途中でふと考えてしまっていた。
「ねぇ、絶対さー……」
「なんだよ……」
「パンツ、見えてるよね?」
「……み、見えてるよそりゃ」
手当の最中に気まずくなる事を聞くなよ。
「ねぇ。――もっとちゃんと見る?」
「はっ⁉」
辻崎が急にとんでもない提案をしてきた。またしても血迷ったか⁉
「ふふっ。……見てみたいんでしょ……?」
「別に俺は……見たくねーよ!」
「嘘じゃん。あははっ! 目、泳いでるし」
ケラケラと笑う辻崎は、自分でスカートをゆっくりと持ち上げようとしていた。
両手の親指と人差し指で制服のスカートの裾をつまみ、焦らすような速度ですーっとあげていく。
「……いいよ? 保健室まで連れてきてくれた、そのお礼ってことで」
「……」
見たい! 本心で言えば当然見たいけど、こんな成果報酬みたいなノリで見てしまっていいのか? けど辻崎はかなり可愛いし、ここで見なけりゃこの先ずっと可愛い女子の下着を拝める機会なんて、やってこないかもしれない。悲しい男の性だ。
俺が頭の中で懊悩を続ける間も、辻崎のスカートは徐々にめくられていく。
容赦なく、遠慮なくそのふとももの見えていた面積が押し広げられていく。
すすっ、すすすっ、と動かすその手つきは大胆不敵。
「ぐっ……」
辻崎のスカートの奥が日の目を見るか否かと思われたその瞬間、
「はいっ! ここまでぇ~!」
「……え?」
残念でした~とばかりに、辻崎はそれまでつまんでいたスカートを手放した。
スカートは重力に従い、しかるべき位置まで戻ってしまった。
それから辻崎は俺の顔を覗き込むと、
「ねぇ、そんなに期待してたの? ふふっ。あたしのここ」
「そ、そんなの期待してるわけないだろっ!」
「あはははっ!」
してやられた。俺は辻崎の手のひらの上で踊らされていただけだ。
最初から見せるつもりなんてなかったんだと思う。
男心を弄ぶ小悪魔がっ!
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