02 バレーボール観戦
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の通う新潟県立鴨高校は、男女共学普通科オンリーで、偏差値も中の上くらい。
何の変哲もない田舎のつまらない公立高校だけど、当校指定の女子セーラー服にだけは定評がある。
高校独自の配色やデザインがほとんど施されていないため、逆に純度が高くて可愛いとすら言われていた。
これは制服マニアに限らず、近隣の市に住む女子達からも人気が高くて、それ目当てで入学してくる子も少なくないという噂だ。
無論、俺達男子も、そのセーラー服に熱い視線を投げないかといったら、そんな事はない。男子は皆セーラー服大好きなんだよ。口に出さないけど。
だからというわけではないが、こと体育の授業では、怒りすらこもった男子生徒の心の悲鳴があがる。
田舎の高校らしいイモ臭いその紺色ジャージの体操着は、見ていてなんとも嘆かわしい。
うちの高校のセーラー服女子の魅力を十とするなら、体操着女子の魅力は四か三か、下手すると二くらいかもしれない。
「サーブいっくよー!」
「一本大事にっ」
「はいっ!」
――バシィッ。
「レシーブ~!」
「はぁーい」
そんなわけで、こうしてバレーボールに熱中する体操着姿の彼女らを見ていても、俺は何も感じない。
あの紺色の短パンからしなやかに伸びる太ももが良いじゃん、とか思ってるのは、きっと俺の横で現在目を輝かせている
「いいよな~、ギャル軍団!」
「降旗。お前、あっちの集団がいいとか言ってなかった?」
俺と降旗は若干崩した体育座りで、女子のバレーボールの試合を眺めていた。
男子と女子で、一面ずつコートを使いバレーをしているが、俺達は今のとこ休憩中。
体育の授業中だが特にする事もないので、端っこから観戦しつつ雑談に興じていた。
「今はこっち! ほらほら、月村! お前ちゃんと見てるか?
「ははっ……そうだな。移り気な奴め」
「おお! 辻崎がまたスパイク決めた! てか月村、なんか言った?」
俺は無言を貫いた。
月村というのは俺、月村つむぎのことで、辻崎というのは、うちのクラスのギャル軍団の一人の事だ。
最も、ギャル軍団なんて言っても、別に肌を焼いたりしてるわけじゃない。
俺達二年一組の中でも、とりわけ化粧が濃い女子グループだからという理由で、男子達からはひそかにそう呼ばれていた。
「あんまり胸ばっか見てると、後でなんか言われね?」
「何言ってんだよ、月村! 制服姿じゃ拝めないだろ? あんなに揺れてんのっ」
制服姿っていうか、体育だからだろ。
けど確かに、揺れがすごい!
古来より男は揺れるものに弱いと言われている。女性の髪の毛にしても、おっぱいにしても、お尻にしても。揺れてなんぼ。揺れれば揺れるほどいい。おっぱいが揺れれば男心も揺れる。さあ揺れろ。というわけじゃないけど、確かに目を奪われるよね。わかる。
閑話休題。
件の辻崎ゆず。彼女は、露骨なほどケバケバとした厚化粧じゃないが、周囲の女子に比べたら多少濃いめの化粧をしている。
それにライトブラウンに明るく染め上げた髪の毛。内側にゆるく巻かれたミディアムサイズのボブカット。あのギャルグループの中では性格も素行も比較的穏やかで、飾り気がなく、最も近づきやすいギャルなのに最も顔が整っている。
親しみやすく可愛い女子と言っても過言ではない。
ちなみに学力は平凡だが、運動はあの通りで結構できる方らしい。
あと降旗が言っている通り、辻崎はクラスの中でも胸が大きい。
グレープフルーツくらいありそう。
動いてなくても、その大きさを察してしまうくらいである。ああ、大きい。
「そうは言っても月村さ、辻崎がもし彼女になったらとか、妄想した事くらいはあるだろ?」
「別にないから!」
降旗に肘でぐりぐりと押される。
それを手刀でやめさせてから、噂の女・辻崎ゆずに改めて視線を向けた。
存在感だよな。うん。アレは存在感がある。そう評しておこう。
「あ、アウトアウトーッ!」
俺達がそんな会話をしてる間、誰かのレシーブしたボールが明後日の方向へ飛んでいき失点になってしまった。辻崎達のいるチームだ。
「あっ、またアイツかー。結構どんくさい奴だよなぁ」
「えっと……
「正解っ」
降旗があごでクイッと示した先にいたのは、伊十峯という長い黒髪の女子だった。
普段、特に目立つこともなく、教室の隅でずっと読書に耽っているような奴だ。冴えない黒縁眼鏡で、いつも無口。誰かと話してる所なんて見たことが無い。
しゃべらないせいかその存在感さえ希薄で、俺もよく今名前が出てきたもんだと自分を褒めてやりたいくらいだ。
あのロングストレートの長い髪は運動に不向きだろうなぁ、とか俺が思っていると、
「っあーもう! 伊十峯! あんた邪魔なんだからサーブ取らないでよっ‼」
「ちょ、ちょっと、めぐみ! やめなって!」
「……」
そんな声が飛んでくる。
伊十峯の運動音痴に怒ったギャル軍団の一人、川瀬めぐみが、自分のポジションから離れて伊十峯に掴みかかろうとしていた。
先ほどレシーブを失敗したのは、たぶん伊十峯だったんだろう。
そんな一触即発の雰囲気を、同じチームの辻崎がなだめている。
「うわっ、女子こわ~っ。なぁ月村、あいつだけはやめとけよ?」
「別に最初から狙ったりしてないけどな?」
俺と降旗は蚊帳の外でそんなやりとりをしながら、事の流れを見守っていた。
「こらっ! あなた達! 試合中に揉めないっ!」
「先生っ――でも伊十峯が居たら勝てないです、こんな試合! どんどん点取られちゃうしー。レシーブ一つまともにできないんだから!」
揉め事を体育の担任が注意するも、川瀬は伊十峯に手厳しい意見を言い放つ。
「うまく動けない人が居たらカバーしなさい。バレーは助け合うスポーツですよ!」
「……チッ」
小さく舌打ちをした川瀬は、自分のポジションに戻っていった。
怖っ。ギャル軍団で一番怖いのはあの川瀬だ。言ってみれば軍団長。
他にも、うちのクラスにギャルと呼べそうな女子はいるが、一番ギャルギャルしてて化粧も面の皮も厚いのは彼女だと思う。
川瀬は、それ以降もずっとイライラしているようだった。
原因はもちろん、伊十峯の存在。
同じチームに足手まといがいたら、勝てるものも勝てない。
川瀬のもりもりメイキング顔にはそう書いてあった。
「うーわ。あれからあっという間に点入れられて、見事な敗北と……」
「まぁ戦犯は……伊十峯だな。あれ、ていうか降旗。そろそろ男子のコートのほう、俺達の番だ!」
「あ、やば! 遅れる遅れるっ!」
俺達は急いで男子のコートへ駆けていった。
それからは俺達も試合形式のバレーボールに勤しんだ。
ただずっと、さっきの女子の試合の事が頭から離れなかった。
後味の悪いものを見てしまった気分だ。
試合が終わるその時まで、川瀬はずっと伊十峯に苛立っていたようだし、伊十峯は伊十峯で、何もしゃべらず終始沈黙を貫いていた。
それは試合が終わるのをただ待っているだけのような、苦しそうな沈黙だった。
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