第19話 新しい出会い②

「これからどうしよっか?」


「このまま行けば海に出られる。防壁の外だ。まずはそこまで行こう」


 下水道にいたのは運が良かった。


 小舟が使えなかったときのために考えておいた脱出ルートのひとつだ。


 黙ってしばらく歩けば、波の音が近くなってくる。わずかな光も差し込んできている。夜明け前の、紅い光だ。


 たどり着いた出口は鉄格子の扉で閉鎖されていた。野生の獣や魔族、魔族の使役する怪物が入り込まないようにするためだ。


「鍵閉まってる? 私、得意だよ。開けようか?」


「大丈夫、内側から開けられるようになってる」


 志郎は解錠し、扉を開ける。錆びた金属が擦れ、ギィィと甲高い音が出てしまう。


 それに気づいた衛兵たちの足音が迫ってくる。


「急ごう!」


 志郎は女性の手を引いて扉をくぐる。すぐ先にある段差を飛び越え、下水の流れ込む砂浜に降り立つ。


「そんな体で走っちゃダメだよ! 私が抱えて走るから!」


「いざとなったら頼むよ。今はこのまま走ったほうが早い」


 志郎たちは防壁外の南側から、サンクニオン教会のある北東地区へ向かう。空は明るくなりつつある。見晴らしのいい平原を避け、少し遠回りになるが森で身を隠しながら進む必要がある。


 しかしながら志郎は、森に入る前に息切れしてしまった。思っていたよりもずっと早い。目眩を起こし、一旦足を緩めた。森に入ったところで、身を潜めて呼吸を整える。


「だから言ったでしょ! 君、ついさっき死ぬところだったんだよ! 無理しちゃダメだよ!」


「ごめん、やっぱり、頼らせてもらうよ……とは、言ってられないみたいだ……」


 暗い森の奥から、こちらを覗く気配が複数。数多くの光る目。風に紛れて聞こえる獣のような荒い呼吸音。


 魔族コボルトだ。狼に近い頭部を持つだけあって、夜目が効いて嗅覚も鋭い。戦闘能力ではオークに劣るが、追跡能力は遥かに高い。この状況ではなにより厄介な相手だ。


 コボルトたちは志郎たちを包囲しようとゆっくりと展開していく。


 女性がナイフを抜く。


「ここじゃ不利だよ。一旦森の外に逃げよう」


「いや、それじゃ衛兵たちにも見つかる。状況はもっと悪くなるよ」


「あ、そっか。魔族と裏で繋がってる人もいるもんね、挟み撃ちもあり得ちゃうか」


「君も知ってたのか、そのこと」


「うん、まあね。それで、どうしようか?」


 彼女が何をどこまで知っているのか聞くのは後回しにして、志郎はあらためてコボルトの様子を確認する。


 数は六、七人。武装は片手剣と盾が主だが、弓矢を持った射手もふたりいる。


 あとからもっと大人数がやってくるだろう。逆に言えば、数が少ない今がチャンス。


「突破して森を抜ける」


「無茶なこと言うんだね」


「君はひとりで逃げたほうがいい。どうせおれは足手まといになっちゃうから」


「一蓮托生って言ったでしょ。逃げるなら一緒」


「なんで……そこまでしてくれるんだ?」


「今そんなこと言ってる場合?」


「大事なことだよ。おれと関わると、命懸けになる」


「……むー」


 すると、女性はなぜか頬を赤らめた。


「好きだから」


 その返答に志郎は面食らった。


「おれたち、初対面のはずだよ」


「そんなことないよ。君はわからないかもしれないけど、私はずっと前から知ってて……その、私と同じタイプの人なのかなぁって気になってて……それでついさっき再会して、ドキドキしちゃって……」


「ごめん、おれはどこで会ったのかわからない。こんな薄情者なんかに命を懸けないほうがいい」


「君がわからなくても私は気にしないし、愛や恋に命を懸けるのはおかしなことじゃないと思うな」


 なにげない口調の裏に、彼女の強い意志が感じられた。


 志郎がなにを言ったところで、ひとりで逃げてはくれないだろう。


「わかった。付き合ってもらうよ」


 志郎は本当のところは嬉しかった。


 強大な敵に対して、利もなく味方してくれる転生者などいないと思っていた。だが今、ここにひとりいる。厳しい状況の中で、逃げることも裏切ることもせず、共に戦おうとしてくれている。


 死なせたくない。


 ペルストーンさえあれば、と思わずにはいられない。


 彼女に神性技能を預けることができれば、共に生きて帰れる確率も格段に上がるというのに。


 いよいよコボルトが近づいてくる。


「……君の神性技能は?」


「ごめん、私のは戦闘向きじゃないの。今は役に立てない。そっちのは?」


 神力充電率は一二%……いや時間の経過で一一%にまで減っている。


「おれのは、今は二回使うのが限度」


「切り札だね」


「出し惜しみはできない。おれがやつらを怯ませる。合図するから、そのときは息を止めて」


「わかった。じゃあ、行くよ!」


 一声上げて彼女が先行する。志郎もそれに続く。

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