第20話 戦場の覇者①

 正面のコボルトに一息で接近。


「今だ!」


 ――『神秘の草花』、発動。


 異臭だけを放つ薬品を、できる限り広範囲に散布する。


「うがあ!?」


 コボルトたちが一斉に苦悶する。


 合図で息を止めた志郎たちには大した影響はないが、鼻の利きすぎるコボルトたちが、この強烈な刺激臭に耐えられるわけがない。


 その瞬間に、彼女のナイフが正面のコボルトの首筋を切り裂く。すぐさま地面に転がって、飛来した矢を回避。離れていて異臭の効果が小さかったコボルトの矢だ。


 すぐさまそのコボルトにナイフを投擲。急所に命中。すかさず接近して、滑り込むように弓矢を回収。もうひとりからの射撃を木々を盾にしのぎ、反撃の一矢で射殺する。


 その間に志郎は、ナイフで殺されたコボルトから剣と盾を奪い、残りのコボルトに応戦していた。


 仲間の動きに感心する反面、剣と盾を重く感じる自分の状態が歯がゆい。


 剣を数回振って、盾を二、三度構えただけで、もう呼吸が苦しい。


 コボルトの数人など、万全ならば、ほんの数秒でケリがつくはずなのに……。


 それでも、後ろからの援護射撃のお陰で、なんとか全員を討ち取ることはできた。


「はあ、はあ……、よし、行こう……」


 休む間もなく志郎は前進しようとする。


「行こう、じゃないよ。今度こそ私が抱えて――」


 その言葉が終わる前に、志郎は肩を射たれていた。


「志郎くん!?」


 倒れ込んだ志郎のもとに駆け寄り、肩を貸して起き上がらせてくれる。


「まいったな……こんなすぐに、こんなにぞろぞろ……」


 射ったのはコボルトだ。六、七人の集団のひとり。先に殲滅したのとはべつの隊だ。


 そんな隊が、ひとつだけではない。正面の他に、左右にひとつずつ。背後にも迫ってくる気配がある。


 合計で三〇人近いコボルト。一隊で包囲されるのとはわけが違う。


 さっきのように異臭で怯ませる作戦も、こう人数が多くては焼け石に水だろう。


「……どうしよう?」


 彼女の不安げな声に、志郎は迷いなく返す。


「戦ってチャンスを待つ。気持ちで負けたら、本当に負けて死ぬことになる」


 志郎は彼女から離れて、剣を構える。


 彼女は、わずかに笑ったようだ。


「さすが志郎くん。私、君のそういうところも好きだな」


 応じるように、弓矢を構えてくれる。


 それに反応して、コボルトのひとりが吠えた。


 弓矢を持ったコボルトたちが一斉に一歩踏み出して、弓に矢をつがえる。ギリギリと音を立てて弦を引きしぼる。


 その数はおよそ一〇。万全なら回避できそうな数だが、今は難しい。


 もう一度、声色を変えてコボルトが吠える。


 矢が放たれる。


 風が吹いた。鋭い風切り音と、金属のぶつかり合う音がして、バラバラとなにかが地面に落ちる。


 ほんの一瞬の出来事だった。


 コボルトたちが放った矢は、志郎たちには届かず、地面に落ちていた。


 いや、叩き落とされていた。


 志郎たちを守るように、コボルトたちに立ち塞がるように、ひとりの男が立っていた。


 茶色く染め上げた短髪。耳できらりと輝くピアス。まるで不良学生のように着崩したシャツに、銀のチェーンで飾ったスボン。防具はない。ただ一本の剣だけを右手に持っている。


 その剣だけで、飛来するすべての矢を叩き落としたのだ。


「おいおいおい、魔物退治もいいけどよ、そんなボロボロになるまで頑張ることはねぇだろ」


 呆れたような苦笑とともに振り向いた男の顔を、志郎はよく知っている。

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