第16話 殺人鬼との戦い①

 そして志郎はペルシュナに見出されて転生者となった。


 ペルが言うには、桜井鏡子は快楽殺人者だったのだという。なんらかのエサに引っかかった者を獲物に選び、家に侵入して惨殺する。そういう無差別殺人の常習だったそうだ。被害者との関わりも無く、動機も見当たらないために、鏡子は警察の目から逃れ続けていたのだという。


 そんな女が、今、再び志郎の前に立っている。


「嬉しいなぁ。また君と会えるなんて」


「……殺人鬼め」


「うん、今じゃ君も私の仲間だね。それも嬉しいんだ。えへへっ」


 志郎の体には矢が何本も刺さったままだ。火傷に裂傷、打撲、さらに深い刺し傷まである。治療魔法は何度もかけてきたが、充分な時間がなく、わずかに回復した程度でしかない。


 加えて、もうじき倉庫の火事に人が集まってくる。


 状況は悪い。一刻も早くこの場を立ち去るべきだが、逃げていいわけがない。


 この殺人鬼を放っておけば、この世界でも、たくさんの人が殺されてしまう。


 今しかない。疲れているからといって後回しにしたら、二度と機会が訪れないかもしれない。果たせなかった、あの約束のように。


「お前は、今ここで殺す」


 志郎は即座に決断した。


「そうこなくっちゃ!」


 鏡子は叫び、ナイフを投げつけてくる。


 かろうじて剣で弾くが、次の瞬間には目の前に鏡子がいた。


 体当たりを受けて体勢が崩れる。追撃を警戒するが、しかし、鏡子は勢いを殺さず走り去る。


 桟橋を抜け、倉庫街のほうへと。


 逃げる? いや、誘っているのだ、自分に有利なフィールドへ。


 ――『百発百中ヒットメイカー』、装着イクイップ


 すかさず背後から剣を投げようとするが、ダメだ。


 鏡子は物陰に隠れてしまった。相手が見えていなければ、この神性技能の効果はない。


 ――解除アンイクイップ、『百発百中』。


 今ので三秒、無駄に使ってしまった。神力充電率は、残り五〇%。


 治療魔法を使いながら、志郎は後を追う。


 不利に飛び込むことになろうとも、あの殺人鬼を一秒たりとも生かしてはおけない。


 火事を知った衛兵や住民たちの足音が迫ってくる。彼らのカンテラの明かりを避けて、志郎も倉庫街の脇道に入る。鏡子の奇襲を警戒しながら、ゆっくりと前進。その姿を探す。


 倉庫のほうには、もう人が集まって騒ぎになっている。消火活動もすぐ始まるだろう。


 今はみんなそちらに気が向いていて、近くの路地にいる志郎に気づかずにいる。誰かに顔を見られる前に決着をつけたいが……。


 鏡子の位置がわからない。どこかからこちらの様子を窺っているはずだ。


 倉庫街の脇道には木箱や樽、荷車などが放置されていて、人が隠れる場所には困らない。


 あるいは、どこか屋内に潜んでいるかもしれない。


 志郎の手元には一撃必殺の神性技能があるが、相手の姿が見えなければ使いようがない。


 鏡子が隠れたのは、おそらくそれを察しているからだ。反撃を恐れ、不意打ちでの一撃決着を狙っているはず。


 そのとき、くらりと目眩を覚える。足がもつれて転びそうになる。


 負傷のせいだ。志郎の治療魔法では、体力の消耗に追いつかない。


 仕方がない。


 ――『神秘の草花』、発動。


 気付け薬を生成、服用して、無理にでも意識を保たせる。近くの倉庫の壁に背を向け、大きく深呼吸。


 鏡子が隠れ続けるなら、今のうちに少しでも治療魔法に集中しておいたほうがいい。


 そう思った矢先。


「誰か! 誰か来てください! 怪我人がいるんです! 誰か助けて!」


 叫び声。鏡子の声だ。近くにいる。だが。


 今の声を受けて、この路地に衛兵がふたりも顔を出した。


 志郎は顔を見られる前に物陰に隠れる。


「こっちから声がしたよな?」


「ああ、生存者だろう。詳しい事情が聞けそうだ」


「バカ。その前に手当てだろ」


 カンテラの明かりとともに、ふたり分の足音が近づいてくる。


 この衛兵から逃げるにしても、無力化するにしても、志郎には隙が生じる。おそらく鏡子は、それを狙うつもりだ。


 ならばこのふたりは、催眠薬を散布して無力化してしまおう。隙は最小限で済むし、隙を突こうとする鏡子を返り討ちにもできるはず。


「うぐ!?」


「がああ!?」


 機会を窺っていたら、急にふたりの衛兵が血を流して倒れた。


 ナイフだ。飛来したナイフが二本、ふたりの首を切り裂いたのだ。

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