第17話 殺人鬼との戦い②

 飛来した方向はわかる。そちらに鏡子がいる。


 だが倒れた衛兵を無視できない。ひとりはナイフが喉に深く刺さっている。もう一方は動脈を裂かれたのか出血が激しい。このままでは両方とも確実に死ぬ。


 これが鏡子の狙いだったのだ。志郎が助けようと動けば、間違いなくその隙を突いてくる。


 わかっていたが、志郎はすぐさま武器を捨てて飛び出した。


 志郎は、理不尽な暴力で殺される人を、少しでも減らすために戦っている。助けることで自身の身が危うくなろうとも、まだ助けられる誰かを見捨てる選択肢などない。


 ――『神秘の草花』、発動!


 両手の中に、効果の高い軟膏状の傷薬を生成。刺さったナイフを抜き、ふたりの傷口に塗り込む。一方をそのまま手で止血しつつ、より重傷のほうへ治療魔法を施す。


 魔法は一度に複数使うことはできない。片方ずつ順番に応急処置するしかないのだ。


 鋭い風音がして、志郎の背中に激痛が走る。


「ぐう、う!」


 意識が飛びそうになるのを、歯を食いしばってこらえる。


 予想通り、鏡子の攻撃だ。背中に刺さったのはナイフだろう。


 二本目、三本目も飛んできたが、処置を中断して避けるわけにはいかない。ただ耐える。


 一方の応急処置が終わる。傷口の範囲自体は広くないため、効果を一点に集中して治癒を早めることができた。もう片方へも治療魔法をかける。


 背後から急接近する足音。鏡子だ。トドメを刺しにくる。


 志郎は動かない。治療は止められない。


 足音は一歩、また一歩近づいてくる。あと三歩。二歩。一歩。ナイフの間合い。


 応急処置完了。


 志郎は全速で立ち上がりながら振り返る。凶刃が志郎の右腕を穿つ。


 急所に一撃が来ると予測して、首元の防御に回した右腕が役目を果たした。


 鏡子が目の前で、にんまりと笑う。志郎の腕からナイフを引き抜く。


 次の一撃が来るまでの刹那。志郎は瞬時に思考を巡らす。


 鏡子を即死させるのに最適な攻撃は、なにか?


 この距離で『神秘の草花』で毒を散布すれば共倒れとなる。


『百発百中』を使うまでもない距離。


『君の痛み我が痛み』では即死させられない。


 ならば、これだ!


 志郎の左手が、俊敏な動きで鏡子の首を掴む。


 ――神撃一閃ディヴィニティボルト


 二〇%分の神力の爆発。


「――ッ!?」


 言葉にならない叫びとともに、鏡子の体が仰向けに倒れていく。


 殺傷力の低い攻撃とはいえ、二〇%も使えば肉は弾け、骨だって砕ける。急所に放てば、即死させられる威力にはなる。


 倒れた鏡子の瞳が、志郎を見つめ続ける。そして、これまで以上の満面の笑みをゆっくりと浮かべ、そのまま動かなくなった。


 死の恐怖も、敗北の絶望も感じさせない、今にも立ち上がってきそうな表情だ。本当に殺せたのかさえ疑わしくなってくる。


 だが脈はもうないし、瞳孔も開いている。首を完全に破壊されて蘇るはずもない。


 桜井鏡子は今、二度目の死を迎えたのだ。


「はぁ……、はぁ……」


 神力充電率は残り二〇%。予定よりも使いすぎたが、致命的というほどではない。


「あ、あんた……俺たちを助けて、くれたのか? な、何者なんだ?」


 どうやら衛兵のひとりは意識があったらしい。志郎は彼に背中を向ける。


「応急手当てしかできてない。できるだけ早く、ちゃんとした治療士に診てもらうんだ」


 それだけ言って、志郎はその場を離れる。


 背中に刺さったナイフを抜いて、治療魔法をかける。効果が薄い。志郎の魔力が尽きかけているのだ。


 ぐらり、と視界が歪む。倒れそうになるのを足で踏ん張ろうとするが、その足に力が入らない。


 がくり、とその場に膝をつく。


 まずい……。このままでは、死ぬ。


 それだけはダメだ。必ず帰ると、ペルと約束をした。


 妹との約束を果たせないなんて、もう二度とごめんだ。


 志郎は意識を集中して、神性技能を使おうとする。


 薬だ。とにかく薬で無理矢理にでも体を動かすんだ。


 ――『神秘の草花』、発、ど……――


 発動させる前に、志郎の意識は飛んだ。


 地面に倒れた衝撃さえ、志郎には認識できなかった。

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