第9話 志郎とペル②

「甘やかしてるつもりはないんだけどな」


「だったら、連れ出してくれてもいいはずです」


「神力を無闇に消耗して欲しくないんだ。その力でしかできないこともあるだろ。外で戦うのは君じゃなくていいけど、いざというときの神の奇跡は君にしか起こせない」


 ペルの神力は、誰かを転生させたり、強力な神性技能を作るといったレベルにまでは回復していないが、それでもちょっとした奇跡くらいは起こせる。大切な切り札なのだ。


 それに、妹のように思っている女の子が恐がっているのだ。無理をさせたくはない。戦闘に至っては論外だ。


「それは……そうかもしれませんけど……。でも、この戦いは本当はわたしがするべきことで……」


「充分してるよ。おれを転生させてくれた。戦う力をくれた」


「でもでも……っ、志郎さんは、外にいる間、たったひとりです。ひとりは……危ないです」


 その言葉で志郎は気づいた。


 ペルは、志郎の危険を少しでも減らしたいのだ。


 神としての責任感も大きいだろうが、ここまで食い下がる一番の理由は志郎なのだ。


 志郎がペルを大事にしたいと思うのと同じく、彼女も志郎を大切に思ってくれている。


 本当の兄妹になれたようで嬉しく、けれど失った妹を思い出して寂しくなる。


「わたしがダメなら、せめて誰か仲間を作ってください。そろそろ、いい頃だと思うんです。政樹まさきさんなら、きっと頷いてくれるはずです」


「いや……まだ早いよ」


 志郎の役目は凶行に走った転生者を倒すこと。だが、ひとりではいずれ力尽きる。だからこそ神性技能を回収し、他の心ある者に再配布して共に戦う。それが志郎とペルの計画だ。


 実行にはまだ早い。


 敵の強大さに対して、こちらに味方するメリットが今はない。たとえ現状に不満を持つ者がいたとしても、勝つ見込みのない戦いに参加しようとは思わないだろう。無駄死には誰だって嫌なはずだ。不幸な死を経験した転生者なら、特に。


「神性技能も、まだ『神秘の草花』しか回収できてない。仲間が作れても、他に回せる余裕はないよ」


「だからこそ、政樹さんがいいと思うんです。彼の『戦場の覇者バトルマスター』は、わたしが作った神性技能の中でも特別強力ですし」


 ペルの言う政樹とは、この世界で志郎が初めて出会った転生者のことだ。半年間、志郎を訓練してくれた師匠にして友人である。


「政樹はそのうち誘うつもりだけど、たぶん、おれたちの現状を知ったら断るだろうね。負け戦には絶対乗らない。そういう性格なんだ」


「……時期尚早、ということですか」


「そう。だからもう少しの間は、おれがひとりでやる。できるだけ派手にね」


 それから志郎はかがんで、ペルの青い瞳に目を合わせる。


「でも嬉しかったよ。おれのことを大事に思ってくれててさ」


 ペルはほんのりと頬を赤らめた。少しばかり視線が逸れる。


「それは……当たり前です。志郎さんは、わたしの大切な、志郎さんなんですから」


 志郎はにっこりと笑って、ぽんぽんと優しくペルの頭を撫でる。


「必ず帰ってくるよ。心配しないで待っていて」


 そして志郎は、笑顔と優しさをその場に置き捨てて立ち上がる。ペルに背を向ける。


 そう、ここからは笑顔も優しさも邪魔だ。それらはみんな、ペルに預けてしまおう。


 志郎は自分の心に言い聞かせる。


 おれはこれから、人を殺しに行くのだから……。

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