第8話 志郎とペル①

 サンクニオン教会は、ウェルミングの街の北東端の地区にある。


 孤児や貧民の他に、未だにペルシュナ教の信者であろうとする人々が住んでいるが、それ以外の者が住む地区から隔離されるように門が設置されている。


 門には毎日衛兵が立ち、行き来する者をチェックしている。近隣の地区には、表向きだけは改宗したという住民も多く、異端行為をしないかと監視の対象にしているのだ。


 本当ならその門を通る以外に他の地区へ行く道はないが、抜け道がある。志郎が利用した防壁の穴だ。この隔離された地区に面している防壁は、過去の魔族との戦いで数カ所が破壊されたまま修繕されていない。


 資材もなく人手もなく、街も予算を出さないため、地区住民が瓦礫や土砂を積み上げてバリケード化して対処している。野生動物が入ってこない程度にはなっているが、知恵のある人間なら乗り越えることは難しくない。


 サンクニオン教会に現れた魔族も、どこかの隙間から侵入したのだろう。似たことは過去に何度かあったが、修繕の話はまるで聞かない。なぜなら、本格的な侵攻でもなければそれなりの機能を果たせる状態ではあるし、たとえ侵入者がいても、この地区を隔離する門を閉めれば被害はほぼペルシュナ教徒だけで済むからだ。


 そんな扱いに思うところはあるが、志郎はその隙間を何度も利用している。今日これからも使うつもりだ。隠密に動くには都合がいい。


 ラバンを倒してから三日目。うららかな昼下がり。神力の充電も完了して、次の行動を起こすべく志郎は出発するところだった。


 今日の服装はいつもの神学生の黒衣ではない。薄い緑色で膝丈ほどまである貫頭衣に、茶色いゆったりした長ズボンを着用している。腰を締めるベルトには、なんの武装もぶら下げていない。ごく一般的な庶民の服装だ。


「じゃあペル、いい子にして待っててね」


 見送りに、ペルは教会の敷地ぎりぎりまで出てきてくれた。けれど、足が震えて敷地の外までは出られない。きょろきょろと周囲を窺いながら、怯えを振り切るようにやっと言葉に出す。


「志郎さんも、気をつけてくださいね。絶対に、帰ってきてくださいね!」


「そのつもりだよ。大丈夫、心配しないで」


 ペルの怯えの正体は、サルーシ教への恐れだ。


 元々はペルシュナ教だった人々が、今ではサルーシを信仰している。自分を消滅寸前にまで追い詰めた他教。その領域へ踏み込む抵抗感と、裏切られた気持ちが強い恐怖となっている。


 ペルはそのことを恥じているようだった。


「次までには、一緒に外に出られるように、克服したいと思ってますから」


「無理しなくていいよ。外に出たら、おれ以上に消耗しちゃうんだろ」


「神力なら半年間蓄えました。せっかく戦いを始めたのに、なんにもしないで待っているなんて嫌です。もともと、わたしに人を見る目がなかったせいで、こんなことになってしまっているんですし……」


「そうだね。確かに転生者全員が悪に走るような人間じゃなければ――そういう人間だけを選べていたなら良かっただろうね」


「わたしにはそれができませんでした。幼くて、無能な、敗北女神だったんです」


「けどおれは、一番悪いのは悪を選んだ本人たちだと思う。それに君は善意でやったことだったんだろ? 誰も送り込まなければ、この世界は魔族に蹂躙されてもっとひどいことになっていたかもしれない。転生者だって、全員が全員、悪に走ったわけじゃない」


「だからといって許されることじゃありません。わたしは、この世界の創造神なのに」


「敗北していても、志を失ってないのは充分立派だよ。それに、君は誰かに許される側じゃなくて、むしろ赦す側の立場だよ女神様」


「失敗の責任も果たせないなら、そんな資格はないと思うんです。だからこそ、もっと志郎さんの助けにならないと……」


「助けにならもうなってるよ。いてくれるだけで、必ず帰ろうって気持ちになるんだ。お陰で実力以上の力が出せてる」


 ペルは少しばかり頬をふくらませる。


「志郎さんは、わたしに優しすぎませんか。甘やかされてるような気持ちになります。わたし、これでも神様なのに」

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