第7話 サンクニオン教会③

 志郎は黙ってペルを抱きしめてやった。


 ペルは繰り返し、何度もごめんなさいと呟いた。


 それは志郎に向けてか。それともラバン・ストラス――いや、風原達也に向けてなのか。


「……君のせいじゃない。大丈夫だよ、大丈夫。おれがついてる。ずっと、ついてるから……」


 志郎はペルの頭を優しくなでてやる。


 女神だと頭ではわかっているが、どうしても妹のように思えてしまう。


 妹……。


 志郎の決断がもっと早ければ死なずに済んだはずの妹。


 失った人を思うと胸が苦しくなる。もう取り戻せない無力さに悲しみと悔しさが溢れてくる。だから、まだ助けられる誰かを見捨てられない。見捨てたくない。


 ペルだってその対象だ。この世界で巡り会えた、妹のような存在。志郎は彼女を助けたい。


 そして、そんな人々を理不尽に苦しめる者たちを許しはしない。


「……ペル、今日はもうおやすみ。また明日、ゆっくり話そう」


 ペルが落ち着いたところで彼女を二階の部屋に連れて行き、寝かせてやる。


 それからレジス神父の作業を手伝うべく外へ出る。


 薄い朝焼けに照らされた教会は、廃屋寸前なのも相まって、ひどくくたびれているように見える。


 この教会――サンクニオン教会は、女神ペルシュナを信仰する最後の教会かもしれない。


 かつては、アンドニアの創造神として信仰を集めていたペルシュナだが、新興宗教のサルーシ教が台頭したことによって信者の数は激減し、そのために神としての力も大きく削がれてしまった。


 ペルシュナは、いわば敗北した女神。


 そこまで力を失いながらも、ペルシュナは自らが送り込んだ転生者たちが、本来の役目を忘れて人々を苦しめるのを見過ごすことはできなかった。彼らに対処するため、最後の転生者を送り込もうとして、しかし、その途中で神力が尽きて地に堕ちてしまった。


 最後の転生者とは志郎のことだ。他の転生者を御する力を与えられながらも、神性技能の使用にも、肉体の維持にも神力を消耗する欠陥品。


 戦っていなくても一時間に一%も神力を消耗する。しかしペルシュナ教の信仰が集まる教会の敷地内にいれば、一時間に二%回復することができる。


「ふうむ、これではサルーシ教の人たちに、またペルシュナ教は邪教だなどと言われてしまうな」


 レジス神父は死体を埋める穴を掘りながら、そうぼやいた。


「ああ、あのペルシュナ教が魔族を引き寄せてるとかいう噂ですか……」


「不思議なことだが、実際にサルーシ教徒が魔族に襲われることはほとんどない。ペルシュナ教からサルーシ教に改宗した戦士たちも、魔族に遅れを取ることはまずなくなったそうだ。言われてしまっても仕方ないのかもしれないね」


「でもペル――ペルシュナは、邪悪なんかじゃありません」


「もちろんだ。断じて邪教などではない。弾圧されるいわれはない」


「それに、サルーシ教が広まって魔族の脅威がほとんどなくなった割には、前より暮らしが楽になったという話は聞こえてきません」


 それは転生者たちが権力を握り、魔族に代わって人々を苦しめているからだ。彼らはサルーシ教に鞍替えしており、ペルシュナ教の弾圧にまで乗り出している。サルーシ教の思惑と無関係ではないだろう。


 そんな転生者たちをこの世界に呼び込んでしまったペルにも大いに責任はあるが……。


「おれは、なにか裏があるような気がします」


「私もそう思うが……いや、きっとみんなどこかで気づいているだろう。しかし現実として魔族は脅威だ。彼らに戦ってもらう他にはないし、下手なことを言って異端扱いされたら大変だ。現状維持するしかないんだ。一般のサルーシ教徒を悪く考えてはいけないよ」


 今のサルーシ教徒の中には、無理に改宗を迫られた者が大勢いるという。生活のためにペルシュナ教を捨てざるを得なかった人々がほとんどだ。


「……そうですね。彼らはきっと被害者だ」


 そんなところで、死体を穴に入れて土をかぶせるまでの作業が終わった。レジス神父は息をついて、軽く自分の肩をさする。


「さて……と、これで終わりだ。帰ってきたばかりで疲れていただろうに、付き合わせてしまってすまなかったね」


「いえ、いいんですよ。疲れてるからって後回しにはできません」


「……ありがとう。けれど、あまり無理はしないでおくれ。それこそ、後悔することになるかもしれない」


「ええ。とりあえず、二、三日はのんびりするつもりですよ」


「では今日はもう休もう」


 教会へ先導しようとするレジス神父を、志郎は呼び止める。懐から金貨袋を取り出した。


「これ、忘れないうちに。今回の仕事で手に入れた報酬みたいなものです。みんなのために使ってください」


「今回は随分と量があるね。怪物退治じゃなかったのかい?」


「大物でした。けど……あれは間違いなく怪物でしたよ」


 人の形をしているだけの。


「……わかった。いつもありがとう。では、まずは君の上着を新調しなくてはね」


 レジス神父はそう言って微笑み、それからすぐ、真面目な顔で志郎の肩を叩いた。


「ペルちゃんを……君の妹を悲しませるようなことはしないように、ね」


 志郎はその言葉に、ただ頷いた。

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