第6話 サンクニオン教会②
レジス神父のもとへ駆け寄る。
「大丈夫ですか、神父さん」
「ああ、うん、大したことはないよ。いいタイミングで戻ってきてくれたね、志郎くん」
レジス神父は呼吸を整えながら、歓迎の笑みを浮かべてくれる。穏やかな物腰のメガネをかけた痩躯の男性で、短めに刈り込んだ金髪には白髪が混じる。よれよれの神父服を着ており、無精髭も生えているがどこか清廉な雰囲気を保っている。
「本当に助かったよ。しかし、さすがと言うべきかな、この戦いぶりは」
「訓練の成果ですよ」
志郎はこの世界『アンドニア』に来てから半年、ずっと訓練してきた。無論、普通の人間ならその程度でここまで戦えはしない。転生者の肉体には、異常なまでの成長速度が与えられている。充分に訓練すれば、この程度の魔族など敵ではない。
もっとも、志郎以外の転生者にも同じことが言えるので、転生者同士の戦いではアドバンテージにはならない。
「それより、なにがあったんです? 魔族の襲撃なんて……」
「なにもないさ。どうやら、魔族のはぐれ者らしい。食うに困って、うちの菜園を荒らしていたようだ。運悪く私とシスターが見つけてしまってね。動揺して襲ってきたんだろう」
「大したことがないなら良かったですけど……あ、怪我は大丈夫ですか。おれが治療します」
「なら、教え子の腕がどれだけ上がったか見せてもらおうかな」
腰を下ろしたレジス神父に合わせて、志郎も地面に片膝をつく。
神父の怪我の位置や程度を確認。額や頬に殴られた痕。浅いが切り傷が胸元と左肩にある。
志郎は意識を集中して治療魔法を発動させる。
アンドニアではあらゆる物質にマナが含まれており、誰しもがそれを操って魔法を使う素養を持っている。しかし魔法が使えるようになるまでには、それなりの高等教育が必要となり、現実的には限られた人間にしか使うことはできない。
数多ある魔法の中でも、治療魔法は特に難易度が高く、使い手の少ない超高等魔法だ。
志郎は神父に習った。転生者特有の成長の早さをもってしても、この魔法だけを練習し続けて半年かかった。使えるようになったばかりなのだ。
神父の刀傷がゆっくりとだが確実に塞がっていく。レジス神父の治療魔法なら、もっとずっと早いのだが……。
そこに、オペラ歌手を連想させるふくよかな女性――シスターメアリーが子供たちを連れて戻ってくる。
その中のひとり、志郎がペルと呼んだ少女が勢いよく駆けてきて、しかし抱きつくのは遠慮してしまい、迷った末に志郎の服の裾だけを掴む。
「あの、志郎さん、お、おかえりなさい」
「うん、ただいま、ペル。怪我はない?」
「はい。大丈夫です。でも、あの、志郎さんは? 志郎さんは大丈夫ですか?」
「見ての通りだよ。運が良かったんだ」
「見えないところは、どう、ですか? あなたの、心は……」
「おれの心……?」
志郎がなんと答えようか考え始めたところ、目の前のレジス神父が立ち上がった。
「どうやら私はお邪魔のようだ。治療の続きは自分でするとしよう」
「あ、いえ、神父さん、おれがちゃんと最後まで……」
「いやいや志郎くん、魔法を一度にふたつは使えないように、ふたつのことに同時に気を回すのはとても難しいことだよ。ペルちゃんは君がいない間ずっと心配していたんだ。その気持ちをほぐしてあげられるのは君しかいない」
レジス神父はそう言うと、シスターメアリーに他の子供たちを寝かしつけるように指示した。それから自分自身に治療魔法をかけながら、魔族の死体の片付けを始める。
志郎とペルは教会に入る。一階の大部分を占める聖堂で向かい合う。
「志郎さん……」
ペルの青色の瞳が志郎を見つめている。全体的に幼く気弱な印象を受ける綺麗な顔立ち。日焼けしていない白い肌。腰にまで届く金髪はあまり手入れされておらず乱れていたが、一本一本の輝きに衰えはない。
どこか高貴な容貌だが、着ているのは粗末な古着のワンピース。亡国の王女様のようだと志郎は思う。
やがて志郎は、先ほどのペルの質問の意味と、悲しげな表情の理由を理解する。
「そっか、自分が信じて転生させた人間だもんね。死んだら、わかるか……」
ペル――女神ペルシュナは、ゆっくりと頷いた。涙が溢れそうなくらいに瞳を潤ませて。
ペルはラバンの死に悲しみ、同時にラバンを殺してきた志郎の心を心配しているのだ。
「はい、ごめんなさい……。あなたにつらいことを押しつけてしまって……」
「おれは平気だよ。あいつは――ラバンは生かしてはおけなかった。神性技能を奪っても、あいつには権力も財力も残る。生きてたらその力で、また同じことを繰り返してたはずなんだ。あいつを生かしておくほうが、おれは平気でいられない……」
「ごめんなさい、つらい思いをさせてしまって……。でも、ありがとうございます……」
ペルの声が震えて、呼吸もつっかえつっかえになる。
それでも言った。ペルはつらそうに、でも確かに、はっきりと。
―― 彼を殺してくれて、ありがとう……。
「わたしには絶対に、絶対にできなかったから……」
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