第58話 アレス・ホーネット⑧
政樹は油断なく構えながら、じりじりと志郎との距離を広げていく。
「お前はなにをしでかすかわからないからな。こうなった以上、卑怯者に徹するぜ」
志郎は返事をしない。政樹の考えはわかる。
剣にしても神性技能にしても、志郎には接近戦しか手段がない。だから離れて、魔法で一方的になぶり殺すつもりなのだ。
わかってはいるが、だからといって今なにかを仕掛ければ、それこそ政樹の思う壺だ。一瞬で切り捨てられるのは目に見えている。
なにか仕掛けたいが、そのきっかけすらない。ただ諦めず、剣を構え続ける。
そしてついに、政樹はこちらの間合いから外れた。
政樹はバックステップで大きく距離を取り、光の剣を解除。こちらに手をかざし、瞬間的に火球を射出した。
志郎もその瞬間、あえて正面から突っ込んだ。
光の剣を解除した今なら剣が通じる。魔法攻撃を掻い潜り、いや、掻い潜れなくても手足の一本や二本を犠牲にして隙を突くつもりだった。
甘かった。
自身が重傷で動きが遅い以上に、放たれた魔法が想定の何倍も速かった。狙いも正確。確実に頭部に当たる。
志郎はそれでも、最後の瞬間まで政樹を視界から逃さない。
だからこそ、見逃さなかった。
志郎の眼前で青白い光が展開し、火球を遮り、その爆発をも防ぐ瞬間を。
ペルの奇跡。
爆炎を潜り抜けた次の瞬間、視界の端でなにかが複数きらめく。
政樹は最初の光をかろうじて避け、さらに飛来するそれを光の剣を発動させて打ち落とす。金属音。ナイフだ。鏡子の投げナイフ。
そう認識できたときには、志郎は神性技能の間合いにまで接近していた。
切り札を切る。
親友を殺すために。
——『
志郎の負傷がコピーされ、政樹は吐血し、体勢を崩す。
即座に光の剣を解除し、治療魔法を発動させる。
『
だがどんな達人でも一度にふたつの魔法は使えない。剣を持たないこの一秒間、政樹は常人以外の何者でもない。
そんな貴重な一秒なのに、体が重い。届かない。
だから弾けさせる。
——
踏み切る足から神力を三%放出、破裂させて加速。足首が折れる。構わない。
折れた剣を両手で握りしめ、政樹に肉薄。
政樹は治療を中断、光の剣を発動しようとする。
発動までの極小の隙。
——神撃一閃!
もう一方の足で神力を二%爆発、再加速。
折れた剣を強引に政樹の腹に突き立てる。
「ま、さか」
もし一瞬でも光の剣の発動が早ければ、達人の身のこなしで回避されていただろう。
「がぁあ!」
呻くような叫びと共に光の剣を志郎に刺そうとする。
志郎は回避しない。ここで離れたりしたら、もう二度とチャンスは来ない。
充電は残り二%。
神力の回復手段をなくしている以上、もとより生き残ろうなどと考えてはいない。
光の剣が再び志郎の腹部を貫くと同時に、志郎も政樹の傷口に右手を突っ込んだ。
——神撃一閃!
二%の神力が政樹の体内で爆発。
勢い余って、ふたりでもつれ合うように床に転がる。光の剣は霧散して消える。
「が、はっ。し、ろう……!」
しゃがれた政樹の声。
まだ、生きてる。爆発させる神力が少な過ぎた。
最後の気力を振り絞って政樹に馬乗りになり、折れた剣を彼の首筋に押し当てる。
「はぁ、はあ……女神、ペルシュナの名において、神罰を、代行する……!」
それを聞いて、政樹は顔を歪ませた。今にも泣き出しそうに。
「来るのが、遅え、よ……」
「…………」
志郎は、政樹の首を切るのはやめた。
剣を持つ手をぶらりと垂らし、うつむいたまま佇む。
政樹はその言葉を最後に、事切れていた。
死人はもう殺せない。
死人はもう、罰さない……。
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