第57話 アレス・ホーネット⑦

 合図を受けていた志郎はバランスを取るが、政樹はそうはいかない。大きく姿勢を崩し、剣の一撃を空振りさせる。


 その空振りした剣を、ふたつの瓦礫が挟み込み、勢いよく天井へ昇っていく。


 剣を手放さざるを得なかった政樹。即座に志郎は剣を振りかざし、飛びかかる。


 政樹の神性技能『戦場の覇者』は、どんな武器であっても超達人級に使いこなす。


 では武器が無ければ?


 どんな武器でも持ってさえいれば超達人として驚異的な戦闘力を発揮するが、素手ではその能力は発動しない。それこそが『戦場の覇者』の弱点。


 神性技能を抜きにした政樹の能力は、驚異的というほどではない。超達人状態の彼から教えを受けてきた志郎ならば、今の彼には勝てる。


 確信を持って剣を振り下ろそうとするその瞬間。


 政樹の口角が、わずかに弛んだ気がした。まるでほくそ笑むように。


 志郎は咄嗟に攻撃を中断。空中で体を捻る。


 刹那、直前まで右腕のあった空間に鋭い光が走る。


 着地の勢いを殺さず、床を転がって政樹の眼前から身をかわす。志郎を追って光が弧を描く。回避しきれない。左肩が裂かれた。血が溢れる。


 痛みに歯を食いしばり、バックステップで距離を取る。両手で剣を握り直す。まだ左手に力は入る。


 体勢が整い切る前に政樹が突っ込んでくる。


 政樹の手には光の剣。


 超達人の動きで斬撃が放たれる。


 志郎は剣で防御。


 甲高い金属音。わずかな衝撃。


 志郎の剣が、中腹で切断された。


 志郎自身も胸から腹部まで切り裂かれる。幸い、防御の瞬間に半歩下がったため傷は浅い。


 だが、返す刀で放たれた刺突を防ぐ手段はない。


 光の剣は、易々と志郎の腹部を貫いた。


 口から血が溢れ出る。痛みはなく焼けるように胴体すべてが熱い。呼吸が上手くできない。視界は暗くなっていき、意識が遠のく。


 光の剣が勢いよく引き抜かれる。志郎は重力に抵抗できず、仰向けに倒れた。


「志郎さん!!」


 ペルの悲鳴と転倒の衝撃が辛うじて意識を呼び戻す。即座に治療魔法を発動させ、傷付けられた内臓を優先して応急処置をする。


 志郎の首筋に、光の切っ先が突きつけられる。


「自分の神性技能の弱点なら、思い知ってる」


「魔法を、使えたのか……でも」


 政樹が手に持つ光の剣は、魔法の一種だ。


 マナを圧縮して硬質な刃に変える。高等ではあるが、珍しい技術ではない。


 しかし量産品とはいえ鋼鉄の剣を容易く切断する切れ味は尋常ではない。それに通常なら数秒で霧散してしまう刃を、まるで本物の剣のように長時間維持し続けているのも異常だ。


 治療魔法も超高等魔法だが、政樹がやっているのはそれ以上の技術だ。


 光の剣は武器として認識され、『戦場の覇者』は発動される。


 政樹は、武器を失ったときのためにこの魔法をずっと修行してきたというのか?


 いや、たとえ転生者だとしても、一〇年そこらの修行で到達できる高みではない。


 だとすれば……。


「気付いたか。そう、神性技能だよ」


「……ペルシュナの神性技能じゃない、な」


「ああ、サルーシからもらった。『魔法の賢者マジックマスター』つってな、どんな魔法も超達人級に使いこなせる」


 そう答える政樹の目は、遠くを見ていた。


 その声色と表情で、志郎は察した。


「君は、この世界で死んで……もう一度転生していたのか。サルーシに、選ばれて」


「ああ……俺は、バカな真似をして殺された。負け戦だって、わかってたはずなのにな……。でもよ、俺のバカさ加減なんて、こいつらに比べりゃマシなもんだぜ」


 政樹はぐるりと周囲を見渡す。大量の神力を使った反動で身動きできずにいるペルがいる。回復し、立ち上がろうとしている鏡子がいる。そして大勢の避難民がいる。遺体の前に佇む者、外へ逃げていく者、志郎と政樹の戦いを見守る者。


「こいつらはみんな、我が身可愛さにペルシュナ教からサルーシ教に鞍替えしたやつらさ。なのに今度は命惜しさにペルシュナに祈った。本当に勝手なやつらなんだよ。昨日守ってくれた人を、今日には背中から刺す連中さ。

 サンクニオン教会を焼き討ちした罪もある。そもそも俺は衛兵にあそこまでやれなんて言っちゃいない。民衆に至ってはノータッチだ。なのにこいつらはやった。わかるだろう、こいつらの邪悪さが。

 だから殺すだけ殺して、残ったやつらからは奪うだけ奪って苦しめる。志郎、お前にはその権利がある。支配する力もある。

 だから……これが本当に最後だ。仲間になれよ、志郎。そうするべきだよ」


 政樹は光の剣を下ろし、反対の手を志郎に差し伸べる。


 親友としていつも見せてきた、優しい目をしている。


 政樹は今朝も言っていた。サルーシに反抗して戦った転生者の仲間たちが、次々に殺されていったと。志郎もそうなるからやめろ、と。今思えば、本当は政樹自身が辿った道だったのかもしれない。志郎に自分を重ねていたのかもしれない。


 だが、志郎と政樹は違う。


「そんな話をするつもりはない」


 差し伸べられた手を、血塗れの手で振り払う。


「おれは神罰の代行者だ。あくまで代行者なんだ。ここのみんなは、ペルが許した。だからもういい。殺さない」


 折れた剣を拾い、ゆっくりと全精力をかけて立ち上がる。


「けど君は――お前は許さない、アレス・ホーネット。神罰を受けろ」


 剣を構え、政樹を睨む。


 政樹は悲しそうに、けれど納得したように頷いた。


「……そうか、折れねえんだな、お前は。

 ある意味、俺の見込み通りだよ。他の転生者とは、やっぱり違ったわけだ……。

 俺とは……違うわけだ……」


 諦念を宿した瞳で、志郎を睨み返してくる。光の剣を構える。


「お前が生きてたら、俺は今までなにをしてたんだか、わからなくなっちまう」

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