第55話 アレス・ホーネット⑤
唇を震わせ、涙目になりながら訴えるペルの姿に、志郎はサンクニオン教会で殺された人々を思う。自分の妹の最期の姿を思い出す。
「おれも同じだよ、ペル。神力が必要なんだね?」
「はい! ありったけを、ください! このままじゃ、もちません」
「でもどうする。長持ちさせたところで、全員助けるだけの時間は……」
歩ける者は自分で逃げられるからまだいいが、崩落に巻き込まれた者の多くは怪我のため、あるいは瓦礫の下敷きになっているために、身動きできずにいる。担架を持ってきたり、瓦礫を撤去したりしていては、いくら時間があっても足りない。
「大丈夫、です。神力さえあれば、時間はそんなに、かかりません。だから、早く――」
「わかった。信じるよ、ペル」
どんな策があるかわからないが、ペルが大丈夫というなら、それに乗るだけだ。
ペルの背後に立ち、ペルストーンをその背中にそっと当てる。
――
ペルストーンから強い閃光。神性技能が破砕される感覚。光がペルの体に染み込むように消える。
「足りません! もっと、もっとたくさん必要なんです!」
志郎は無言で応じる。
――再生、『
ふたつ目の神性技能がペルに吸収される。
「どうだ、ペル!?」
「まだ……もう少し、です」
「なら、あとひとつ」
手元に残る神性技能は次で最後だ。神性技能なしで政樹と戦う覚悟を決めて、ペルストーンに念じる。
――再!?
刹那、人影が高速で目前に迫ってきた。
ペルストーンを手放し、ペルの背中を引っ掴んで一緒に床に伏せさせる。
風が通り過ぎる。ペルのワンピースに、血の赤色が広がっていく。
まるで妹が刺されたときのように……。
ゾッと背筋が寒くなる。
「ペル!」
すぐペルの具合を確かめる。息はある。右の肩口が裂かれ、ワンピースの肩紐も切られている。痛みを堪えながら、天井を神力で支え続けている。
傷は深くない。即座に治療魔法で応急処置を開始。
ほぼ同時に顔を上げ、突っ込んできた相手を確認する。政樹だ。
ちらり、とさっきまで政樹と戦っていた方向を見やる。鏡子は血まみれの状態で、瓦礫の下敷きになっていた。政樹が、倒した鏡子の上に瓦礫を乗せて身動きできなくしたのだろう。
政樹はゆっくりと、志郎に見せつけるように剣を地面に突き立てる。
その場に落ちていたペルストーンが刺し貫かれ、真っ二つに割れた。
「これでお前の切り札はもうないわけだ」
志郎は応急処置を中断し、剣の切っ先を政樹に向けた。避難するようペルに左手で促す。
「ペル! ペルストーンが壊された。もう神力を補充できない。今助けられる人だけ助けて、君も逃げてくれ!」
「……手段なら、まだあります」
「できるのか、この状況で」
「一か八かです。志郎さん、時間を稼いでください」
「わかった、やってみる」
「お願いします」
ペルが小走りに退避していく。
政樹は、それをあえて見送ったようだった。ペルを一瞥だけして、志郎に剣を向ける。
「無駄なあがきだな」
「無駄じゃない。ペルはここのみんなを助けるさ。そしておれはお前を殺す」
政樹はふん、と鼻で笑った。
「だとしたら無駄よりもっと悪くなるな。お前、俺がいなくなったらどうなるか、まるでわかってないだろ」
「わかっている。この街は少しは良くなる」
「やっぱわかってねえよ。いいか、仮に俺が死んだら、確かに一時的には俺の組織やサルーシ教の力は弱くなるかもしれねえ。不正も汚職も迫害もマシになるかもな。けどな、すぐにやつらは来る。魔族に、他の街のサルーシ教徒、それにサルーシに選ばれた転生者。俺みたいに甘くはない。人間はみんな泣いたり笑ったり考えたりもできない、家畜に堕とされる」
「自分が支配してたほうがマシだって言いたいんだな」
「そうさ、俺がサルーシに染まって、支配者として悪行三昧してるからこそ、この街は他所よりずっと……ずっと人が人らしく生きてられてるんだよ! そしてお前が俺の側につけば、もっとマシにできるかもしれない」
「マシなら、許してくれると思うのか?」
ぎくり、と政樹が目を剥く。
「かつて君が助けなかった仲間たちのことも、サルーシに寝返ったことも、許されるのか?」
政樹はなにかを抑えるように、剣を握る手に力を込めた。
「ああ、そうだよ! 仲間を助けられなかったことも、俺が後ろから刺したあの子のことも! これから殺すお前やここの連中のことも、みんな許されるんだよ! あんなひどい状況にさせないためなんだからな!」
「誰に許されるって言うんだ? 君が殺した人たちにか?」
「うるさい、お前こそどうなんだ!? お前が繰り返して来た殺しは、誰が許すっていうんだ!」
脳裏に妹の顔が浮かぶ。
志郎の決断がもっと早ければ死なずに済んだはずの妹。
殺すべきを殺しておけば、今も生きていはずの妹……。
「おれが許して欲しい相手はもういない。永遠に許されはしない」
「だからって好き放題やっていいのかよ! もっとひどい状況になったら、お前にどうにかできるのか!?」
「……わからない。でも」
志郎は大聖堂の奥にある祭壇に目を向ける。
「それはこれからペルが教えてくれる」
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