第49話 殺意の才能
やがてペルは志郎から離れる。不思議そうに周囲を見渡した。
「ところでここは……? あの人は……」
「ここはサルーシのマーフライグ教会の地下、そしてあいつは敵だよ」
「敵……?」
「サルーシ教の司教、メートフ・ガバナー。ペルシュナ教を裏切った者です」
メートフはそう言って目を開け、こちらへ歩み寄ってくる。
「それ以上近づかないで」
鏡子が刃を向けてメートフの動きを制する。メートフは足を止め、その場にひざまずいた。
「衛兵隊長は、奇跡を起こしたあなたを悪魔の子だと言って、邪教の象徴として公開処刑するために連れてきました。しかし……あの奇跡は私も見ていた。悪魔があのような神々しい奇跡を起こせるわけがない。それに、体のすべてが神力で構成されているあなたが、人間であるはずもない……」
メートフは両手で祈祷の動作をおこなう。ペルシュナ教の作法で。
「あなたは――あなた様は女神ペルシュナなのですね? サルーシの者どもに神罰を下さなかったのは、我らを見捨てたのではなく、ただ、そのお力が弱りきってしまっていただけで……ずっと民のために戦い続けていたのですね」
ペルはきょとんと目を丸くする。困ったように志郎に瞳を向けてくる。
志郎は、すべて話してやるべきだと目で合図する。
「わたしは……そうです、わたしは女神ペルシュナです。力を失い、地に落ちた……サルーシに敗北した女神です。魔族と戦うために、転生者を送り込んだのもわたしです。でもわたしに、人を見る目がなかったせいで、たくさんの転生者が人々を苦しめる結果になってしまいました」
「いいえ……それは、あなた様のせいではない。神が転生者を呼び出したなら、その彼らを正しく導くのは、神の使徒である我らの役目だった。それを、我らは怠った……。あまつさえ信仰を失い、神を追い詰めた。それ以前、人にあるまじき行いをしてきた……」
メートフは顔を床に向けて、悔やむように、苦しむように表情を歪める。
「やはり私は、間違っていた……」
「そうだ。責任は取ってもらう」
見下ろしながら、志郎は言う。
「私を殺すのもいい。それだけのことをした。覚悟はできている」
「それはいけません!」
真っ先にペルが首を横に振る。
「生きている限り人々を苦しめる人なら、それもやむ得ません。けれどあなたはもう、自分の間違いに気付いたじゃないですか。だったら、間違いを正すことも、償うこともできるはずです」
「私に、償いの機会を下さるのか。しかし私の罪はとても……」
「罪の重さを理由に、なにもせず逃げるようなこと、わたしは許したくありません」
ペルの言葉に、メートフは息を呑む。
志郎は一歩、メートフに近づく。
「ペルがそう言うんだ。女神ペルシュナの名にかけて、お前は殺さない。お前にしかできない贖罪の仕方だってある。少なくとも、それを果たしてから死ね」
メートフは志郎を見上げる。
「アレスの情報か?」
「それもあるが、サルーシ教のことだ。魔族の神を崇めていて、魔族と一部の教徒は癒着してマッチポンプを繰り返してる。その真実を説得力を持って伝えられるのは、この街の教区長で司教のお前くらいだろう」
「いや、もうひとりいる。この街の領主アレス・ホーネット。彼がいる限り、私の発言もいつ彼に覆されるかわからない」
「やつはおれが殺す」
「君が、か……」
「不服か?」
「いや、できるかもしれないな。なにせ君は、アレスお墨付きの殺人鬼だ」
「おれは殺人鬼じゃない。鏡子と間違えてる」
「いや間違いじゃない。アレスは、だからこそ君を仲間にしようとしていた」
「どういうことだ?」
「アレスから聞いたが、君は実戦訓練で初めて魔族と戦った時、躊躇なくトドメを刺せたそうだね」
「それがどうした」
「平和な生活を送ってきた者は、食べるために小動物を殺すのさえ難儀するものだ。まして魔族は、人間の敵とはいえ言葉を話し、意思疎通のできる、文化を持った生命体だ。それを殺す抵抗感は小動物の比ではない」
「やつらと戦い、殺している人間はおれだけじゃない」
「その者たちは長い時間をかけて命を奪うことに鈍感になっていったのだ。初めから出来たわけじゃない。転生者の大半は、最初の殺人でもう二度と戦えないほどのトラウマを負うとも聞いている。みんな、君とは違うんだ」
志郎は、ちらりとペルに目を向ける。
「そう、なのか?」
「……はい。半数以上の転生者は、途中で戦うことを諦めてしまいました」
鏡子が志郎を見つめてくる。「ほら、君は私と同じ」と言わんばかりに。
「そういった殺意は、神性技能で補えるものではない。誰より強い転生者になるとアレスは考え、実際に君は何人もの転生者を葬った。死んだ転生者全員より、君ひとりのほうが価値があるとアレスは確信した。ずいぶんと手の込んだ工作をしていたよ」
「……まさか」
「君がペルシュナ教に味方する限り、君が大切に思う人々を危険な目に遭わせると言っていた。警告のために。今回のサンクニオン教会への焼き討ちも、実際に危険な目に遭わせて目を覚まさせるためだと……」
鏡子が重々しく口を開く。
「……それが本当だとしたら、逆効果だったね。志郎くんも私も、アレスが許せなくなって、仲間になんて絶対にならない」
「そうだろうね。だが、君たちが殺人鬼であることは間違いないようにも思える。ペルシュナ教の害にならないとも言い切れない」
「そんな言い方はやめてください。志郎さんが、害になるわけがありません」
ペルが語気を強める。メートフは、すぐこうべを垂れる。
「ではお聞かせ願おう。志郎くんと言ったね、君はなぜ治療魔法を学んだ?」
「…………」
志郎は答えない。というより、メートフの話を聞いていなかった。
もっと重要なことを考えていた。
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