第48話 再生
「ペル!」
志郎はすぐに駆け寄る。意識はない。
「どんなに治療魔法を使っても効果はなかった。考えてみれば当たり前の話だ。だから祭壇を用意して祈りも捧げたのだが、大した効果はなかった……」
その言葉で志郎は気づく。鏡子もそれを口にした。
「志郎くん、ここ、この祭壇、サルーシのと違う。サンクニオン教会の祭壇に似てる……」
メートフは頷く。
「そうだ。ペルシュナ教の形式に則っている」
「なぜお前がこんなことをする。なにが狙いだ」
「私はただ、確かめたい。私は間違っていたのか、それとも正しいのか。答えは、その少女が握っている。君になら、彼女を救えると思って連れてきたのだが……」
「完全には無理だ。一時しのぎにしかならない」
「それでも……頼む」
「お前に頼まれることじゃない。信用もできない。鏡子、剣を抜け。罠かもしれない。周囲の警戒を怠るな」
「わかってる」
鏡子はすでに柄を握っていた剣を鞘から引き抜き、臨戦態勢に移行する。
メートフはこちらの態度を、甘んじて受け入れるように目を閉じた。
志郎は祭壇に寝そべるペルの胸元に、ペルストーンを置く。
――
ペルストーンから強い閃光が放たれる。ガシャンと、なにかが割れる幻聴と感覚。光がペルの体に染み込むように消える。
これでもう『鋼鉄の胃袋』は使えない。永遠に失われた。
志郎は、神性技能を神力に変換して創造主に返したのだ。
変換効率は悪く、これで得られる神力は、神性技能の創造時に使った量より遥かに少ない。
しかし創造時の消費が比較的少ない『鋼鉄の胃袋』であっても、ペルが半年かけて蓄えた量では足りないほどの神力が使われている。いかに変換効率が悪くても、ペルが二、三週間は生きられるだけの量にはなる。
貴重な神性技能を失うのは本来なら痛すぎるが、緊急事態では仕方がない。
どうせ変換した神力は自分には使えないし、ペルから受け取ることもできない。自分が死ぬ前に有効に使えるならそれでいい。
今、すべての神性技能をペルの神力にしてもいいが、それではアレスとまともに戦えないだろう。すべてを託すなら、アレスを倒してからにしたい。志郎が生きているうちにできることは、もうそれくらいしかないのだから。
「ん、ん……」
ぼんやりとペルが目を覚ます。
「あ、れ? 志郎さん……?」
それからすぐ、勢いよく上半身を起こす。
「シスターは? 子供たちは!? 無事なんですか!?」
焼死した子供たちや、声を失ったシスターメアリーの姿が脳裏に浮かぶ。
すぐ返事をすることができず、代わりに志郎はペルをそっと抱きしめる。
「え、あの? 志郎さん?」
黙っていても、帰ればすぐわかることだ。ならば今、教えておいたほうがいい。一緒に帰れる保証はないのだ。慰めてやれるのは、今しかないかもしれない。
「……シスターは助かったけど、声を失ったよ。子供たちは……助からなかった。みんな……みんな、死んでしまった。殺されてしまったんだ」
「……っ」
ペルの呼吸が一瞬止まる。小さな体から急激に力が抜けていく。
それから震え出す。心に生じた悲しみの波紋が、とめどなく体外に伝播するように。
「実行犯は、もう殺した。次は命令を出したやつだ。こんなことをもう二度とできないようにする。おれたちには、それしかできないんだから」
ペルが志郎を抱きしめ返す。弱々しくも、ゆっくりと頷く。
「わたしの、責任です。わたしが、もっとしっかり、役目を果たせていれば良かったんです」
「おれにだって責任がある。おれも、もっと上手くやれていれば、死なずに済んだ人がいる。でももう戻らない。どんなひどい状況であっても、次に……活かすしかないんだ」
「……はい」
顔を上げると、鏡子が肩を震わせているのがわかった。子供たちの死を思い出したのか、頬が涙で濡れている。それでも周囲への警戒は怠らずにいる。その様子は、殺人鬼のようには見えなかった。
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