第47話 ペルを求めて

 志郎たちは衛兵の装備一式を身につけ、マーフライグ教会に正面から侵入した。


 大聖堂には入り口から長い絨毯の道が伸びていて、その左右に多数の長椅子が等間隔で置かれている。絨毯の道の先には祭壇があり、ステンドグラスから差し込む色とりどりの影に彩られている。


 本来なら神の荘厳さを印象付けるものだろうが、今はなんの意味もない。


 数えきれない避難民が身を寄せ合っている様子は、教会というよりは野戦病院のようだった。


 神父やシスター、あるいは神学生は傷ついた人の治療にあたり、衛兵や怪我のない民間人らは食事の用意や配膳、看病などをしている。


 誰かが大声でわめいている。薬が足りない! くそぉ、ラバンさんさえ生きていれば!


 ときおり誰かか家族の名を呼びかける。ここにいませんか。誰か行方を知りませんか。


 べつの方向からは、失った子供の名前を泣き叫ぶ女性の声が聞こえる。またべつの場所には、手遅れだと判断された父親を、事態が理解できていない顔で見つめる幼女がいる。


 そして多くの人がサルーシの守護を望み、祈りを捧げている。


『あなたたちは、自分をこんな目に遭わせたやつらに祈っているんだぞ』と大声で教えてやりたい。今はその時ではない。心も体も傷ついた人々には、たとえ嘘でもすがるものが必要だ。志郎には先にやることもある。


 ペルの行方を知るサルーシの司教、メートフ・ガバナーは、あっけなく見つかった。


 避難民の治療にあたっている者のひとりが、それだった。


 志郎が折ったメートフの指は、すでに治療済みらしい。しかしちぎって捨てた片耳は付いていない。絆創膏で脱脂綿が固定されているのみだ。怪我人に施している治療魔法の腕前からして、自分の片耳を付け治すのは難しくないはずだが。


 志郎はメートフの背後に忍び寄る。衛兵の詰所から持ち出したナイフの柄を、目立たぬようにメートフの背中に押し当てる。


 メートフは少しだけ首を動かし、瞳でこちらを確認すると、恐れも驚きもせず、すぐ視線を戻して怪我人の治療を続行する。


「自分で呼んだ魔族に傷付けさせた人を、自分で治療するのか」


 避難所の喧騒の中では、志郎の小声はメートフにしか聞こえない。


「……私にはその責任がある」


「自分の耳を治さないのはそのためか。偽善だな」


「だが、やらぬわけにはゆくまい。君も治療魔法が使えると聞いた。是非とも手を借りたい」


「おれはお前に用があって来ただけだ」


「ではこの男を見捨てるのか。私の治療魔法でも、命を救える可能性は低い。だが、未熟な治療魔法でも、ふたりで使えば効果は高まる。今この教会に、治療士は他に君しかいない」


 志郎はメートフの背後から怪我人の様子を覗き込む。


 ひと目見て、志郎はナイフを腰にしまった。すぐメートフの隣に並ぶ。


 その背後は鏡子がカバーしてくれる。


 メートフが治療している箇所に志郎も手を添え、治療魔法を発動させる。


 周りの様子が一切わからなくなるほどの集中のあと、患者の命を救うことに成功した。


 一息ついたところで、唐突にメートフが話しかけてきた。


「私に用があると言っていたが、私も君に用がある」


「知ったことか。また指を折られたくなければ、おれの質問にだけ答えろ」


 メートフは怯まない。


「君の用事と私の用事は同じはずだ。どうか、彼女を救って欲しい……」


「彼女?」


「案内する。君はあの少女を探してここに来たのだろう」


 メートフは無防備に背中を晒して先行する。ついて行くと階段を下っていく。やがて地下納骨堂にたどり着く。人の気配はなく、静かで暗く、ひんやりしている。さらにその先、金属格子の扉の鍵を開けてしばらく歩く。ようやく足を止めたのは、岩肌の壁の前だった。


 メートフは近くの岩の突起をレバーのように手前に倒す。正面の岩肌を押すと、扉が開くように道が開かれた。


「ここは有事の際に隠れる特別な部屋でね。ここなら、他の者にもそう簡単には見つからないはずだ」


 三人が入ると、メートフは岩を元の位置に戻す。


 部屋は頑丈そうな石造りの壁でできていた。燭台には明かりが灯されて、部屋の中央には祭壇が置かれている。その祭壇の上に、ペルが横たわっていた。

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