第7章

第46話 惨殺

「もう一度聞く」


 衛兵隊長は床に尻をつき、石壁に寄りかかっていた。志郎はその鼻を掴み、鼻骨をゆっくりと曲げ折ってから聞いた。


「ペルをどこへやった? お前たちが連れ去った女の子だ」


「ぐあっ、あ……。き、貴様ら、よく、も……。ただで、済むと、思――がっ!」


 衛兵隊長の顔面に、靴底を叩き込む。


「質問の答えになってないな」


 志郎と鏡子は、中央地区の衛兵詰所を襲撃した。


 各地区にも詰所はあるが、中央地区のものは特別大きい。石造りの主屋は地上二階地下一階で、地下には牢屋がある。敷地内には鐘塔があり、屋外には練兵場もある。


 志郎たちは主屋に正面から乗り込み、襲いかかってきた衛兵を蹴散らして隊長を追い詰めたところだ。


 魔族はすでに街から撤退していたが、衛兵のほとんどはまだ街で人命救助に当たっており、詰所には数名しか残っていなかった。その数名は、みんな床で伸びている。


 二階を調べに行った鏡子が戻ってくる。


「上は寝室だね。やっぱり出払っちゃってて誰もいないみたい」


「そうか。好都合だ」


「邪、教徒、が!」


 衛兵隊長はまだ無事だった左腕を上げ、志郎に向ける。


 マナの粒子が手のひらに収束。爆発するような勢いで撃ち出される。


 その魔法攻撃を、志郎は事もなげに、首を少し傾けて回避。背後の木棚に命中、倒壊。燃え上がる。


 志郎は突き出された腕を取り、肘の関節を極める。


 手際良く、鏡子がその辺にあったパンを持ってきて、衛兵隊長の口にねじ込んだ。


 志郎は躊躇なく力を込め、衛兵隊長の左肘を逆方向に曲げる。


「んんぅうう――!」


 口にねじ込んだパンが、痛みの絶叫を小さい声にする。


 続けて志郎は、すでに右側をそうしたように、衛兵隊長の左肩を脱臼させる。


「ぐぅぅ! んぐぅう――!」


 またも呻く。涙も出てきているようだ。


 魔法を封じる術はないが、これで狙いをつけることはできない。両脚の骨もすでに砕いてあるから、ほぼ無力化したことになる。


 衛兵隊長の叫びが途切れるのを待ってから、志郎はパンを外してやる。


「ペルを、どこへやった?」


「知らん、な……。貴様ら、ただでは済まん、ぞ。必ず、アレス様が、報復する」


「まだ思い出せないなら、だだじゃ済まないのは、おれたちでもお前たちでもなくなる。鏡子」


「任せて。これを聞いたら、すぐ思い出すんじゃないかな」


 くくっ、と衛兵隊長は低く笑う。


「なにを、バカなことを」


「レイナ」


「!!」


 衛兵隊長は目を見開いて声を失った。瞳に、初めて恐怖の色が混じる。


「よせ! 娘には、手を出すな」


「まだ三歳だったっけ。これからすくすく育っていくんだろうね。きっと幸せな未来が待ってるんだろうね、不幸な事故さえなければ。さあて、レイナちゃんはどんな『お遊び』が好きかなぁ? あ、サブリナさんも一緒じゃないと寂しいかなぁ」


「やめろ、やめてくれ! 妻と娘は関係ない!」


「それは冷たい言い方だよね。奥さんと娘さんは、あなたとは家族関係でしょ。強い強い絆で結ばれてるんでしょ?」


「くっ、うぅう……」


 衛兵隊長は顔を伏せてしまう。


 志郎はその髪を乱暴に掴み、無理やり顔を上げさせる。


「なあ隊長さん、家族を失う気持ちはよく知ってる。そんな気持ちを味わわせたくない。あなたにも、奥さんや娘さんにもだ。たった一言、教えてくれればいい。それで家族のもとへ帰れる」


「しかし……」


「あなたから聞いたとは、誰にも言わない」


 衛兵隊長は数秒の迷いのあと答えた。


「あの少女は、メートフ司教に、お預けした。マーフライグ教会にいるはずだ」


「ありがとう、隊長さん。では、ここからが本番だ」


 志郎は背後で燃えている木材をひとつ手に取った。握りやすい太さで、先端だけが燃えている。それを持って、衛兵隊長のもとへ戻ってくる。


「な、なにをするつもりだ……」


「お前を殺す」


 衛兵隊長の顔が恐怖で歪む。


「家族のもとへ帰れると、言ったじゃないか」


「お前は死体になって帰るんだ」


「私は貴様の言うとおり話したのに!」


「たったそれだけで、あの虐殺が許されるわけがないだろう」


「や、やめ……助けてくれ! 命令されただけなんだ! アレス様の命令だったんだ!」


「やったのはお前だ」


「――ぐぼっ!」


 燃える木材を、衛兵隊長の喉へ突き込む。貫いて殺しはしない。そんな甘いことはしない。


「――! ――ッ!!」


 喉の焼ける苦痛に声にならない声を上げる。骨折の痛みにも構わず必死に体を揺らす。だが関節が外れ、あるいは砕けた四肢では虫けらのようにもがくことしかできない。


 手のひらにマナを集めて水の魔法を発動させるが、志郎を狙うことなどできず、少しばかりの水飛沫を宙に散らす程度だ。


 苦しみもがく衛兵隊長の体を持ち上げ、暖炉のほうへ持っていく。


 己の運命を知り、隊長はますます必死に首を振り動かし、魔法を乱射する。だが、ただぶら下がるだけの両腕から放たれる魔法は、床を濡らすだけ。


 志郎は衛兵隊長の体を、仰向けに暖炉の中へ放り込む。


「お前が焼き殺した人の、痛みと苦しみを思い知れ」


 背中から衣服が燃え上がる。衛兵隊長は炎の熱から逃れようと、激しく身をよじる。もはやマナに集中などできず魔法を使うこともできない。


 それでも、悪あがきのお陰で少しずつ暖炉から体がはみ出してくる。


 志郎はその体を、火かき棒でまた暖炉の奥へ押しやる。


 衛兵たちの装備を物色しながら、はみ出してくるたびに、同じように奥へ。


 飛び散る火の粉。肉の焼ける臭い。鈍くなっていく動き。


 志郎と鏡子が詰所を後にする頃には、衛兵隊長はもう動かなくなっていた。

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