第45話 決死
口元を拭いながら政樹は立ち上がる。
「この敗北は、お前に与えられた罰なんだ。悔い改めなきゃダメなんだよ。でなきゃ、なにもかも失う。俺はお前に、そうなって欲しくない」
「悔い改めたりしたら、それでもおれは全部を失う」
「命は残る。それなら取り戻せるものだってある」
「おれの場合は、命も残らない」
「なんで……」
「私は、悔い改めようと思う」
割って入るように口にしたのは、レジス神父だった。
「先ほどの、改宗するという考えをね」
「なっ!? なに言ってんだよ、神父さん! あんたも俺の話聞いてただろ!?」
「聞いていたよ。政樹くん、君の言っていることはきっと正しいのだろうね。力こそがルール。認めざるを得ないよ。だからこそ、大きな力に対抗するには、少しでも力を集めなければならない」
「あんたらの力が集まったって、なんにもならない。潰されるだけだ。こっちの気にもなってくれよ。たとえあんたらがこの場は逃げられたとしても、次は本格的に転生者が追うことになる。俺も、やらなきゃならなくなる。俺に、あんたらを狩らせないでくれよ」
「政樹に賛成するわけじゃないけど、おれもやめて欲しい。これ以上、おれに付き合うことはないんです」
「志郎くん、君が私たちを想うように、君を想う者もいるのだよ。もちろん、全員ではないかもしれない。改宗したいという者を止める権利はない。でも逆に、ペルシュナ教徒であり続けたいという者を止める権利もない。誰にも。君にも、ね」
「そんな理屈で、命を捨てないでください」
「捨てるとは違う。捧げるんだ、女神ペルシュナに。それに死ぬと決まったわけでもない。志郎くんが戦いに勝てたなら、状況はきっと変わる。私はそれを信じる。神を信じるようにね」
政樹が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「殉教のつもりっすか。それで死んでも美談にゃならねえ。せいぜい笑い話だ」
「政樹くん、私は君のことも信じるよ」
「はぁ?」
「力こそがルールだとしても、強者のすべてが弱者を踏みにじるわけでもない。力はあくまで力。善も悪もない。結局、使う者の人間性によるのだと思う。それは君を見ていればよくわかる」
政樹はレジス神父を睨みつける。
「あんたが、俺のなにを知ってるっつーんすか」
「君の善性を。大きな力の一部になりながらも、私たちをなんとか救おうとしてくれている。私はそんな君の人間性も信じたい。志郎くんの力になると」
政樹は片手で頭を抱えた。
「そういうわけにゃ、いかねえんだよ……。クソがっ」
大きく息をついて、政樹は志郎たちに背を向ける。
「なんでこんなにわからねえんだよ、バカヤロウども……!」
吐き捨てるように言って、足早に立ち去っていく。
志郎はその背中を見送ることしかできない。
「……神父さん、『神秘の草花』はそのまま預けておきます。改宗しないというなら、せめてそれで、みんなを守ってください」
「ありがとう、志郎くん」
「それじゃあ、おれも、もう行きます」
「――待って!」
滑り込むように鏡子が現れる。
「私も行く! 一緒に連れていって!」
「鏡子、お前にも聞こえてただろ。負け戦だ。おれに付き合っても、なにもいいことはないぞ」
「なくてもいいよ。志郎くんのそばにいられるし、それに……それに、私だってペルちゃんを助けたい! これ以上、ここの誰かがいなくなるのは嫌なの!」
「……殺人鬼のセリフとは思えないな」
「殺人鬼が好みなら、これから一緒にたくさん殺すよ」
志郎は小さく笑みの含んだため息をつく。
「それはいい」
志郎は今生の別れのつもりで、レジス神父に背中を向ける。
充電は残り五一%。
ここに戻ってきてから、充電率は回復するどころか減っている。
教会を失い、ペルシュナへの信仰を集めることができなくなったのだ。
つまり、戦いの結果に関わりなく、志郎は死ぬ。
遅かれ早かれ、確実に。
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