第50話 再改宗
「志郎くん」
再度呼びかけられて、やっと気づく。
「なんだ?」
「私の知る限り、他の転生者たちが学ぶのは攻撃的な魔法ばかりだった。だが君は違う。君が治療魔法の習得に費やした時間を、他の魔法に使っていたならとうに達人クラスになっていただろう。戦いももっと楽になっていたはずだ。その選択肢を捨てて、なぜ治療魔法を選んだのだ」
「人を殺す手段は魔法以外にいくらでもあるが、人を救う方法は限られてる。おれは、誰かを救える手段を増やしたかっただけだ」
志郎の即答に、メートフは「そうか」と感慨深げに息をつく。
「いい答えだ。どうやら志郎くんが殺人鬼だというのは、杞憂らしい」
「私はそうは思わないけど」
鏡子の小さな反論を聞こえなかったかのように、メートフはペルを見上げる。
「私、メートフ・ガバナーは女神ペルシュナのため、全力を尽くします。志郎殿がアレスを倒した暁には、必ずサルーシ教を糾弾し、ペルシュナ教の復権に尽くしましょう」
「はい、よろしくお願いします」
それはいい、と志郎は思う。それでペルも自分も助かる見込みが出てくる。この教会でペルシュナの信仰を集められれば、神力を充電できるようにもなるだろう。
そのためには避けては通れない相手がいる。
向かい合うべき問題がある。
志郎を仲間に迎えるため、アレスが工作していたとメートフは言った。
それを聞いた瞬間から、志郎の頭にはひとりの人物が浮かび、消えずにいる。
ペルシュナ教が危機に陥ったり、被害を受けたとき、必ず志郎を諌め、サルーシ教の仲間になるよう訴えていた友達……。
「メートフ、アレスの正体は、誰なんだ」
志郎は自分の声が震えたのに気づいた。答えを知るのが、怖い。
「正体か。アレスにべつの名前があったのかは知らない。場によって偽名を使い分けていただろうし、姿や性別さえ、魔法で偽装していたかもしれない」
「それでもいい。お前が知っているアレスの姿を教えてくれ」
「君と同年代の男だ。短い髪を茶色く染めていて、耳にピアスをつけていた。ズボンを銀色のチェーンで飾ってもいたな」
その特徴にすべて一致する友がいる。
ペルも鏡子も、思い浮かべたのは志郎と同じ人物だろう。
「で、でも、アレスが政樹くんの姿に化けてたって可能性もあるんじゃないかな」
鏡子はそう言ってくれるが、その声は志郎にはどこか遠く聞こえていた。
「おれが初めて魔族を殺したとき、一緒にいたのは政樹だけだ」
「じゃあアレスは政樹くんからその話を聞いたんだよ。親友の政樹くんなら、勧誘役にもぴったりだったし」
「そうかもしれない。でも、たぶん――」
そのとき、鋭い衝撃音がすぐ近くで響いた。
部屋の扉代わりの岩にX状の亀裂が走る。
「――!!」
志郎は咄嗟に腰の剣を抜く。
岩を弾き飛ばしながら、一瞬の閃光のような速度で刃が迫る。
それを防ごうと志郎も剣を振るうが、弾かれる。
次の瞬間には、凶刃はメートフの首を捉えていた。
断末魔の叫びもないまま、メートフの頭が宙に舞う。切断された首からおびただしい量の血液が噴出する。
すぐに鏡子がペルを抱きしめて血から守り、同時にメートフの遺体を見せぬよう視界を塞ぐ。
メートフの首が、ぼとりと床に落ちる。さっきまで普通に話していた表情のまま、血の気を失い、動かなくなっていた。
志郎は剣を向ける。襲撃者に――よく見知った、親友に。
「政樹……。いや、アレス・ホーネット」
政樹は小さくため息をついた。
「口封じは遅かった、か。言い訳も、色々考えて来たんだが、な」
諦めたように呟くと、政樹も志郎に剣を向ける。
「お前とは、こんな風になりたくなかったよ」
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