第8章

第51話 アレス・ホーネット①

「なあ、志郎。これが最後だ。俺の仲間になれよ」


「断る」


「即答すんな! 最後だっつってんだろ、少しは考えろ!」


「考えるまでもない。君のやったことは、許せない」


「だったらどうする?」


「前から言ってたとおりだ。アレスは……殺す」


「俺を、本気で、殺すつもりだってことか?」


 親友はまっすぐに、志郎の目を向けて問いかけてくる。


 志郎は目を逸らさない。頷きもしない。


「ひとつ、聞かせてくれ。全部、演技だったのか。君に友情を感じていたのは、おれの勘違いだったのか」


「勘違いじゃねえよ。正体を隠すために嘘はついてたが、俺だってお前をダチだと思ってた。お前を仲間に誘うのは、お前が特別才能があるからだけどよ、敵になりたくない――殺したくないって気持ちもあるからなんだぜ」


「だったら君がおれたちの仲間になる道はなかったのか。アレスを辞めて、罪を償うために」


「はっ、あり得ねえ。負け戦には乗らねえよ。もう、二度と。それに償うつもりもねえ」


「だったらおれはともかく、なんで教会のみんなを何度も助けてくれたんだ。敵であるはずのペルシュナ教なのに」


「そりゃ目の前に苦しんでる人がいれば、助けるのが人情ってもんだろ」


 その言葉に、志郎は安心した。まだ人の心はあるのだと。だが。


「逆に言や、目に見えなきゃいくらでも殺せる。命令ひとつで教会もガキも丸焦げなんだから、楽なもんだよな」


 ドクリと志郎の心臓が嫌な鳴り方をした。


 殺されたクレスやマット、首を切られたペルシュナ教徒。声を失ったシスターメアリー。焼けただれた子供たち。脳裏に浮かぶすべての光景が、急き立てるように志郎の鼓動を早くしていく。


 政樹は茶化すような口調ではなかった。冷淡で冷酷な声だった。


 その響きで、志郎は政樹が本気で言っているのがわかってしまった。先ほどの安心は一瞬で喪失感へと変わり、痺れるような緊張感が指先にまで広がっていく。


「よく……わかった」


「なにがわかった」


「お前はアレスだ。死ぬべきだ!」


 全速で踏み込み、斬撃を叩き込む。手応えなし。


 避けられただけじゃない。政樹の剣の切っ先が志郎の喉に突き付けられていた。


「やめとけよ。今のお前じゃ、まだ勝負にならない」


「そんなことはわかってる」


 ちらり、とペルと鏡子の様子を見る。志郎と政樹のやりとりの間に、ふたりは部屋の出口近く、志郎の左後ろ側に移動してくれている。


「わかってるならやめろ。無駄死にするぜ」


 志郎はメートフの遺体にも目を向ける。


 ペルと一緒に生き延びられる見込みは消えてしまった。


 充電は残り四八%。


 長くて二日の命。全力で戦えば一時間も経たずに燃え尽きる。


「無駄死にはしない。――鏡子!」


 志郎が叫ぶが早いか、鏡子はわかっていたとばかりに、ペルを抱き上げる。


 ――『瞬間加速アクセラレーション』、発動イグニッション


 ペルを抱いた鏡子を志郎が抱いて、瞬間的に部屋を脱出。目にも止まらぬ速度で、納骨堂の中ほどにまで移動した。


 政樹とまともに戦っても勝つ見込みは薄い。だが相手を殺すのに、なにも正々堂々と勝負して勝つ必要はない。一旦、身を隠し、相手が油断したところを一撃で仕留めればいい。


 幸い、一階の大聖堂には避難民が集まっている。隠れるには好都合だ。


「鏡子、おれは教会に残って政樹を倒す。お前はペルを安全な場所に避難させるんだ」


 納骨堂を走り抜け、階段を駆け上がりながら話をする。


「わかった。安全な場所があるかはわからないけど」


「し、志郎さん、でも……わ、わたしたちもいたほうが――」


 ペルの声が震えている。ペルシュナの領域から出て、恐怖に襲われているのだ。


「いや、鏡子はともかく、ペル、君が人質にでも取られたら、おれには打つ手がない。それに今の君の神力で奇跡を使ったりしたら、今度こそ消滅してしまうかもしれない」


「そんなことを恐れて、勝てる相手じゃありません……! 政樹さんの『戦場の覇者バトルマスター』は、わたしが作った神性技能の中でもとびきりの――最強クラスのものなんです」


「わかってる。でも、今の怯えてる君に援護ができる?」


 ペルは言葉に詰まり、申し訳なさそうに目を伏せる。


「心配しなくても、強力な神性技能ならこっちにもある。それに、前に教えてくれただろ。『戦場の覇者』の弱点を。勝機はあるよ」

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