第42話 神罰②
意識がぐらつく。痛みは全身にまで響くよう。鼻から血が出たのか、喉の奥で鉄の味がする。鼻呼吸もできない。
起き上がれずにいるペルを見下ろして、なおも叫ぶ。
「お前たちが魔族を呼んだんだろうがぁ!」
ペルにはなにを言われているのかわからない。
「それは、言いがかりだと、何度も……ぐうっ!」
息絶え絶えに反論したレジス神父の腹に、大衆のひとりが蹴りを叩き込んだ。
「黙れエセ神父が! てめえが! てめえが、てめえがてめえがぁ! 主犯だろうがぁ!」
何度も何度も、踏みつけるように神父を痛めつける。
「でなきゃどうしてここだけ無事なんだよ! 俺の家族は殺されたのに、なんでてめえら邪教徒が生き延びてんだよ! なんでだよぉ、あぁ!?」
神父は意識を失い、もう呻き声も出せない。それでもまだ暴行を加えようとする。
「やめっ、やめてください!」
「おい、もうよせ! そいつはまだ殺すな!」
興奮した男を衛兵隊長が抑え込む。男は荒々しく息をしながら、溢れ出ていた涙を拭う。それから神父の顔に唾を吐きかけて、ようやく下がる。
「貴様らの狙い通りなのだろう? ラバン殿が生きていれば――薬が足りてさえいればその男の家族も、他の大勢も助かっただろうに、貴様らが殺した! この日のために! 計画的に! 魔族どもに通じて! 許すことはできん!」
衛兵隊長は剣を掲げ、燃える教会を指し示す。
「よって、主神サルーシの名において神罰を代行した! もはや邪教徒のすがる場所はない!」
大衆はまるで戦に勝利したかのような歓声を上げる。
「邪魔者、背教者はすでに浄化した! 本当なら貴様ら邪教徒も皆殺しにするところだが、アレス様からは改宗を望む者には慈悲を与えるよう申しつけられている。邪神にたぶらかされただけの者もいるだろうとな! なんと寛大な御心か!」
衛兵隊長は魔法でレジス神父に水を浴びせ、強制的に覚醒させる。胸ぐらを掴んで起こし立たせる。
「レジス・マードック神父よ、改宗せよ。そして背後にいる者どもにも改宗を促すがいい。貴様の言葉なら素直に聞くだろう。改宗する者は、全員助けてやる」
「ぅ、く……」
神父はまだ意識が朦朧としているのか、まともに口を聞くことができない。
あるいは、そのフリをして、時間を稼いでいるか。
従ったところで、全員が救われる保証がないことはペルにもわかる。
警告もなく火を放ったような者が、全員を助けるなど信じられるわけがない。
……全員?
ハッとして、ペルは教会から脱出した者たちに目を向ける。
足りない。
教会に住む孤児たちと、シスターメアリーの姿がない。
彼女らは、いつも寝泊まりしている大部屋を避難民に使わせて、自分たちは狭い二階の部屋を使っていたはずだ。
思い至った瞬間、ペルは燃える教会へ駆け出す。
「哀れな! 邪神はいたいけな少女さえ狂信に走らせる!」
そんな衛兵隊長の声はすぐ聞こえなくなる。
歩くことさえ苦しいが、それでも自分が行くしかない。
神力で炎を防ぎつつ、今にも崩れそうな階段をできるだけ静かに登りきった先。すぐ正面の部屋。閉じられたままの扉は激しく燃えており、触れることもできない。
ペルはすぐさま神力を用いて触れずに扉を開く。
その目に飛び込んできたのは、すでに炎に呑まれたシスターメアリーと子供たち。
メアリーは体と両手で子供たちを抱きしめて炎から守ろうとしていたようだが、気休めにもならない。
すでに全員が意識を失っている。いや、死んでいるかもしれない。
ペルは衝動的に神の奇跡を発動させる。力の調節も忘れて。
メアリーたちを包む炎を吹き飛ばし、その範囲を部屋全体、教会全体に広げる。
外へ追い出した炎を空高く巻き上げ、拡散させる。
外にいた者ならば、教会の炎が渦を巻き、天を貫く柱となって消えていく様子がよく見えていたことだろう。
続いてメアリーたちの治療を、と思うがペルの体はもう動かなかった。
しまった、と気づく。神力を使い過ぎてしまった。
意識が遠のく。まだメアリーたちを救えていないのに。
消えたりしないと、大切な人と約束したのに。
力を失ったペルはその場に勢いよく倒れる。
その衝撃を受けて、数秒後、部屋の床は崩れ落ちた。
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