第6章
第41話 神罰①
志郎たちが出てから、ペルは横になっていた。
聞こえていたのは穏やかな歌声だ。避難してきた人々を落ち着かせるために、シスターメアリーが歌っていたのだ。響き渡る声は、戦いの音を人々から遠ざけ、何者かに護られているような安心感で聖堂を満たす。
人々を護るべきは自分の役目なのに、今はなにもできない。歌で与えられるのが今だけの安心だとしても、それすらペルにはできていない。
自分を讃える歌を自分で歌うなんて恥ずかしかったが、人々を安心させられるなら、これからはもっと真剣に歌の練習をしてもいいかもしれない。落ち着いたら、シスターメアリーにお願いしてみよう……。
漠然と考えているうちに、ペルは眠りにつく。
目が覚めたのは、焼け焦げた臭いと熱を感じたからだ。
思わず飛び起きる。聖堂の出入り口側の壁が扉ごと燃えている。炎の勢いは、今にも教会全体を包みそうなほどだ。天井にはすでに煙が充満している。人の顔を覆うまでにさほど時間はかからないだろう。
誰かが叫んでいる。避難民はパニックを起こして、逃げるのもままならない。いや、そもそも逃げ道なんてあるだろうか?
そのとき、何者かが聖堂の奥、居住スペース側の扉を蹴破って入ってきた。
味方の衛兵だ。確か、クレスと名乗っていた。
「こっちだ! 裏口ならまだ通れる! 慌てないで、子供と老人を先頭に一列で避難するんだ!」
クレスの指示に従う避難民たち。ペルは子供とみなされ、先頭のほうに立たされてしまう。歩みを止めるわけにもいかず、ペルは先導するクレスに早歩きで着いていく。
「いったい、なにがあったんですか」
「わからない。やつら、急に火を放ってきたんだ」
「やつら?」
「サルーシ教のやつらだ! いきなりだ。現れたかと思ったら、いきなり魔法で……」
炎をくぐり抜けて裏口へ。夜が明けたばかりの淡い陽光のもとへ飛び出す。
「さあ走れ! やつら、見境を無くしてる! すぐに逃げ――!」
クレスの声が急に途切れる。刃が、クレスの首を背後から刺し貫いていた。
刃の紅さは、血の色か、炎の色か。
「クレスさん!」
貫かれた傷口から炎が噴き上がり、ものの数秒でクレスの全身は炎に包まれる。
魔力の込められた剣だ。襲撃者は、強力な魔法の使い手だ。
クレスは断末魔の叫びを上げることもできないまま、鎧の金属部分を残して炭化した。
「あ、ああ……」
襲撃者はひとりではなかった。数えきれない衛兵と、武装した一般大衆の姿がある。
「邪教徒だ」
「邪教徒ども……」
「悪魔どもめ」
「浄化だ。浄化してやる……」
続々と脱出してくる避難民たちも、自分たちを取り囲む血走った目を前にして、恐怖で身動きができなくなる。
そんなペルたちの足元に、重いなにかが放り投げられる。
ゴロリと転がったそれは、人の首だった。もうひとりの味方の衛兵、マットの首。苦悶の表情で固まったまま。
同じように、いくつもの首が転がされる。
避難民の若い男性たちの首だった。魔族を撃退したあと、外の見張りを買って出てくれた人たちだ。
そして今度は、黒服の男性がペルたちの前に投げ出される。
「ぐうっ、あ、はあはあ、あ……」
その人は――レジス神父はまだ生きていた。しかし長剣が腹部を貫通しており、片目は鈍器で潰され、前歯はすべて砕かれていた。かろうじて生きているだけのように見えた。
右手にメイスを握りしめたままで、たった今まで抵抗していたであろうことがわかる。
「神父さん! 神父さん!」
「ペ、ルちゃん、か。すまない」
「早く、治療を! 意識があるうちに処置しないと……」
「う、ぐ、わ、わかっている、よ。く……っ」
ペルは刺さったままの長剣を抜こうとして、しかしやめる。剣を抜いたら、大量出血してしまいそうだったから。
レジス神父が弱々しくも治療魔法を使い始めるのを確認してから、ペルは襲撃者たちに目を向ける。
先頭に立つ、クレスを焼き殺した者は、昼間に教会にやってきていた衛兵の隊長だった。
「どうして、どうしてこんなひどいことを……。同じ、人間なのに」
「同じわけがない。人間に、あんなひどいことができるものか! 貴様らは人の皮をかぶった悪魔だ!」
「わたしたちが、なにをしたと言うんですか!?」
「とぼけるなぁ!」
衛兵隊長の強烈な平手打ちを受け、ペルは顔から地面に叩きつけられた。
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