第43話 怒り

 充電率は残り五三%。


 炎の柱を見て急いで戻ってきた志郎が見たのは、焼け崩れた教会と遺体、そして傷つき怯える人々だった。


 レジス神父の姿を見つけ、すぐに駆け寄る。


 神父は、本人も重傷を負っているのにも関わらず、他の誰かに治療魔法を施している。


 その人物の衣類や頭髪は燃え尽きていた。火傷は全身に及んでおり、皮膚の一部は焦げて黒くなっている。その、ふくよかな体型で誰であるかは判別できる。


 シスターメアリー。


 そして、近くに寝かせられている、同じく全身火傷の子供たち。教会で一緒に生活していた孤児たちだ。神父の治療魔法待ちか。


「神父さん、おれも治療を手伝います!」


 誰がこんなことをしたのか、他に誰が無事なのか、すぐにでも確認したかった。しかし命を救うことが先決だ。


 志郎の未熟な治療魔法でも、やらないよりはずっといい。


 手近な子供に触れて、治療魔法を発動させようとする。


「志郎くん、手伝うならこっちだ。メアリーに、治療魔法を同時にかけるんだ」


「でも神父さん、こちらも急がないと! 手分けしたほうが――」


 レジス神父は志郎の目を片目で見つめながら、小さく首を横に振った。


「……いいんだ。もう、その子たちのことは」


 志郎は息を呑む。神父の表情と声に、気づかされる。


 子供たちは、誰も息をしていない。


 唇が震える。視界が涙で滲んでくる。


 叫びたくなる衝動を歯を食いしばって抑え、志郎はシスターメアリーの治療に加わる。


 きっと、彼女だけが大人で体力があったから、かろうじて息があったのだ。


 治療自体は長くはかからなかった。ただ、神父と志郎は極限にまで集中力を高めていたため、二、三日も徹夜したあとのような疲労感に見舞われる。


 メアリーは助かった。


 命だけは。


「……神父さんでも、無理なんですか」


「私の治療魔法も未熟なんだ。これほどひどい火傷だ。私には痕を消せない。喉や肺へのダメージも、完全には治せない。後遺症が残るだろう」


「もう……シスターメアリーの、あの歌声は戻ってこないのですね……」


 メアリーは、歌で人々に安らぎと癒しを届けたいと言っていた。それが生き甲斐で、それこそが生きる目的だ、と。


 生き甲斐も生きる目的も失った人は、どうやって生きていけばいいのだろう。


 彼女がもたらす癒しに救われていた人たちは、これからなににすがればいいのだろう。


 志郎はあらためて、この惨状を見やる。


 焼け落ちた教会は未だ熱く、風が吹くたびに焦げ臭さと熱が届く。


 避難民の何人かが、泣きながら埋葬をおこなっている。衛兵のクレスも、マットも、教会周囲の見張りを買って出てくれた若い男性たちも、みんな殺された。


 たくさんの足跡が残っている。魔族のものではない、人間の足跡。


 ペルの姿は、どこにもない。


 ここにくる前に見た、炎の柱。あれはきっと、なんらかの理由でペルが起こした神の奇跡だ。


 あれだけ消耗していたペルが、あんな力を使ったなら、消滅していてもおかしくはない。


「ペル……」


 ……約束してくれたじゃないか。いつものように出迎えてくれるって……。


 志郎は俯いて、ペルストーンを握りしめる。


 よくも。


「こ、いつは……なにが、あったんだ?」


「そんな、嘘でしょ。うそ、うそでしょ、こんなの!」


 追いついてきたらしい政樹と鏡子の声。


 鏡子は焼け焦げた孤児たちのもとへ走り寄り、それがもう遺体であることを知ると声を失った。そして静かに涙を流し、やがて嗚咽を漏らす。


 政樹は辛そうに表情を歪めながらも、冷静に志郎と神父のもとに歩いてくる。


「志郎、こいつは、いったい……?」


「……おれにも、わからない。ただ、人が、子供が、殺された……」


「大衆を伴った衛兵隊が、襲ってきたんだ」


 レジス神父が、自身に治療魔法を使いながら話してくれる。


 魔族の大規模な襲撃の中、明らかに被害の少なかった貧民街――ペルシュナ教は、それこそが魔族と通じている証拠であると冤罪を着せられ、見張りや衛兵が殺され、教会は焼かれた。


「すまない、志郎くん。私は、君から託された技能を役立てられなかった。彼らは、あまりに数が多かったんだ……」


「……いいんです。悪いのは、やつらだ……」


「こいつは、いくらなんでもやりすぎだ……。よく、皆殺しにならなかったな。どうやって切り抜けたんだ?」


 政樹が感情を殺した声で先を促す。神父は小さく頷く。


「アレスの慈悲だそうだ。サルーシ教に改宗するならば、命を助けてくれる、と」


「なら、その条件を飲んだわけか」


「いや、まだなんだ。改宗を迫られたとき、ペルちゃんが教会の中に逃げ遅れた者がいることに気づいたんだ。助けに行って、教会の炎を吹き飛ばしてくれた。彼女は、そこで力尽きてしまったようだが、その力を見た衛兵隊長が目の色を変えてね。彼女を連れて行くのが優先だからと、私たちの改宗の件は保留になった」


 志郎は顔を上げる。


「ペルが、連れて行かれた? ペルは生きてるんですか?」


「ああ、しかし、見るからに衰弱していた。なぜ彼女を連れて行ったのか目的はわからないが……」


 ペルが生きているからと安心はできない。教会の敷地を出れば、神力を激しく消耗してしまう体なのだ。長くは保たない。


 行かなければ。


 罪もない人々を傷つけ、子供をも殺し、ペルを死の淵に追い込んでいるやつら。


 絶対に、許さない。


 見つけ出して、全員、虫けらのように殺してやる。

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