第31話 理解者
「何度でも言う。お前とは違う。おれがやらなければ、もっとたくさんの人が理不尽に不幸になる。けど、お前がやったことは、そんな理由さえない」
「そんなことないよ。私だって、殺すのには理由があったんだよ。暴力から逃げるため。自分の身を守るため。支配から脱するため……」
鏡子の瞳が一瞬、悲しみに染まった。しかしすぐ自虐的な笑みにかき消される。
「でもおかしいよね。私、もう殺さなくてもいいはずなのに、人を殺すようになってた。一度殺しちゃうと、ハードルが下がっていっちゃうんだね。あいつは悪人だから。こいつは人を嘲笑ってたから。そいつの困った顔が見たいから。優しいお兄ちゃんが、大切な妹を失った顔を見てみたいから……」
「お前は、そんな理由で、おれたちを殺したのか」
「そうだよ。これが、理由があれば人を殺せる人間の末路。振り返ってみれば、殺すほどの理由じゃないよね。たぶん、理由があって殺すんじゃなくて、殺したいから理由を探すようになってたんだと思う」
「やっぱりお前は、狂った殺人鬼だ。おれには理解できない」
「そんなことない。君なら、君だから、理解できる」
鏡子はうっとりと、恋する乙女の眼差しで志郎を射抜く。水差しの破片を突きつけられたままだというのに。
「そのうち志郎くんは、ペルちゃんにも、政樹くんにも、神父さんにも理解できない領域に来ることになる。私にはわかるよ」
「おれはそうはならない。お前が、勝手にわかったつもりになってるだけだ」
「逆。志郎くんが、そう思いたいだけでしょ?」
志郎はすぐには反論できなかった。
敵を――人を殺し続けた先の自分のことなど、考えたこともなかった。
「君が同類だって気づいたのは、私が最初に殺されたときだよ。家族を殺されて、悲しみより先に殺意で動いた君を見て、ときめいたの。まともじゃない人がいたって。次に殺されたときには確信したよ。いくら敵で、理由があったとしても、あんな風にためらいなく人を殺せるんだもん」
「それでも、おれは……人を殺す理由を探しちゃいない」
「今は、ね。でも心配しないで。志郎くんには私がいるから。私なら、志郎くんがどんな領域に踏み出していっても理解してあげられる。それに、そんな志郎くんなら私を理解できるようにもなってる。それって愛し合うようになるってことだよね」
「理解し合った結果、憎しみ合うことだってある」
反論してから、なにをバカな、と自分で思う。
なんで理解し合うこと自体を否定しなかった?
「そこはほら、私、自分で言うのもあれだけど美人だし、お料理もできるし、好きな人には尽くすタイプだし。きっと振り向いてくれるって信じてるよ」
今すぐこの女を殺して、目の前から排除したい気分だった。そうすればこんな不快な議論もしなくていいのに。
しかしダメだ。殺してしまえば、無差別に人が殺されてしまう。
この狂った殺人鬼は殺すべきなのに、殺してはいけない。殺しきれない……。
志郎は水差しの破片を持った手を、怒りに震わせながら下げた。
「……納得したわけじゃない。だが今のところは、見逃してやる」
「強がっちゃって、かわいいなぁ♪」
志郎は苛立ちに拳を握りしめるが、それを振るったりはしない。
ただ、睨むのみ。
「そんな恐い顔しないで。好きな人には尽くすんだってこと、証明してあげるから」
「殺人鬼に尽くされたくなんかない」
「そんなこと言わないで聞いてよ。さっきは邪魔が入って言えなかったんだけど……私ね、アレスの正体を知ってる人なら知ってるよ」
「それは誰だ?」
「サルーシ教の司教、メートフ・ガバナー。この辺りの教区長だよ」
「なるほど、サルーシの司教か……」
この街のサルーシ教徒で最も高い地位にあるメートフ司教が、この街の支配者であるアレスを直接知っているというのは自然な話だ。どちらも魔族の手先である以上、繋がりは必ずある。
「信じてくれる?」
「確かめるだけの価値はある。が、だからといってお前を信用したりはしない」
「じゃあどうしたら、味方だって信じてくれるの?」
「なにをしても信じるつもりはない」
「そっか……」
鏡子は暗くうつむくが、すぐ顔を上げる。
「なら、すぐ確かめに行こうよ。本当だってわかれば、少しは信じてくれるでしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます