第30話 殺人問答
ペルが出て行く。階段を降りていく音が聞こえなくなってから、志郎は鏡子の首に狙いを定めた。
「志郎くん、殺気出てるよ。私を殺すつもり?」
「いいや。お前は急病で死ぬんだ。おれには手の施しようがない。残念だよ」
「神父さんに嘘をついたの?」
「延々と説得されても平行線だからな。こうしたほうが、手早く済む」
「殺しても意味ないよ。何度でも転生するんだから」
「何度でも殺してやる。お前が、おれの顔も見たくなくなるまで」
「ふぅん、それならぁ――」
鏡子が素早く志郎の腕を掴む。驚く間もなく引き寄せられ、志郎は鏡子の胸の中にいた。抱きしめられる形で。
ほのかな甘い香り。
耳元で艶やかに囁かれる。
「――強姦殺人とかされてみたいなぁ」
志郎は鏡子を引き剥がして離れる。
「お前、なんで動ける! まだ薬が効いてるはずだ」
「さあなんでかなぁ? なんでだろうねーえ?」
満面に笑顔を浮かべながら、鏡子が迫ってくる。
「答えは、また転生したから。私、さっき舌噛み切って死んでおいたんだ。転生すれば麻痺でも怪我でもリセットされるからね」
「さすが殺人鬼は気が狂ってるな」
「志郎くんも、そのうちこうなるよ。だから好きなんだよ、君のこと」
「お前が言ってることは理解ができない。するつもりもないが」
「理解できるようになるよ。だって志郎くんも、殺人鬼だもん」
「黙れ。いや、黙らせてやる」
サイドテーブルの水差しを叩き割り、鋭利な刃物に変えて鏡子に突きつける。
「私を殺したら、無関係な人が死ぬよ」
「なんだと」
「こことはべつの場所で転生して、無差別に一〇人でも二〇人でも殺すよ。大人も子供も、聖職者も妊婦さんも、君が私を殺したせいで死んでいくんだよ。志郎くんのせいで、志郎くんの手の届かないところで」
「お前はおれを脅しているのか」
「私もこんなことはしたくないよ。でも志郎くんの味方を続けるためには仕方ないじゃない」
「味方するための脅迫とはな」
「そうさせてるのは志郎くんだよ。好きな人のそばにいられないのは、つらいもん」
「家族を殺した人間に好かれるほうがつらい。そいつを、生かし続けなければならないこともな」
「けど、志郎くんはきっと、私を好きになるよ」
「人はそれを妄想というんだ。いや狂気か」
「事実だよ。志郎くんと私は同じ仲間なんだから」
「同じところなんてない」
「あるよ。志郎くん、何人も平気な顔して殺してる」
「あいつらは敵だった。死んで当然のやつらだったんだ」
ふふっ、と鏡子が笑う。志郎の神経を逆撫でするように。
「志郎くん、普通の人はね、だからって人を殺せはしないよ。まして、平気な顔してるなんて無理無理」
「そんなことはない。正当な理由があれば――」
「理由があれば人を殺せるの? 正当な理由ってなぁに? すごい極悪人がいたとして、その人の奥さんや子供から、夫や父親を奪ってもいいの? 家庭を壊していい理由になるの?」
「なにが言いたいんだ、お前は」
「たとえどんな理由があったとしても、失った側からすれば理不尽だってこと。君が殺そうとしてる悪党と同じことを、君は平気な顔してやってるんだよ」
志郎は少しだけ言い淀んだ。
「……そんなこと、言われなくてもわかってる」
「なのに、私とは違うの?」
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