第26話 阻止

 まずい。最悪だ。


 この状況をなんとか食い止めなければならない。


 だが、どうする? 衛兵を倒すのは簡単だが、そんなことをすれば、次に待っているのは本格的な弾圧と粛清だ。彼らには、穏便に帰ってもらわねばならない。


 しかし今更なにをしても、たとえ志郎が身柄を預けたとしても、おとなしく帰ってはくれないだろう。


 悔しいが、今はペルの神の奇跡に頼ることしか思いつかない。


「……ペル、頼む」


「わかりました。どんな奇跡が必要ですか?」


「ここに尋ね人はいなかった、何事もなかったって、あいつらの頭に刷り込んで欲しい。できるかな?」


「できます――けど、彼らも意思ある人間ですので、長持ちはしないと思います。今のわたしの神力だと、たぶん一日が精一杯です」


「そっか、人を操るのは消耗が激しいのか……。わかった、なら半日でいい。とにかくこの場をしのごう。あとのことはあとで考える」


「わかりました。では――」


「ちょっと待て、こらぁあ!」


 突如聖堂で上げられた声に、ペルがビクリと動きを止める。


 知っている声だ。


 一触即発の雰囲気の中、民衆をかき分けて現れたのは政樹だった。ずかずかと衛兵隊長に近づいていく。


「何者だ、貴様!」


「黙れ、バカヤロウ! アレスに無断で勝手しやがって! お前ら、どう見ても悪党そのものじゃねーか! んなことやってりゃ嫌われて当然だろ! この場は俺が収めてやるから、とっとと帰れよ。上に文句言われたら俺の名前を出しゃいい」


「名前だと?」


「神竜政樹。それで通じる」


 その名前を聞いて、衛兵隊長は顔色を変えた。さっと敬礼をして、すぐ部下たちに撤収の号令をかける。そしてそそくさとその場を去っていく。


 その中でひとりだけ、レジス神父に詫びの言葉をかける者がいた。先ほど隊長に進言した衛兵だ。


「申し訳ない。間違っているとわかっているのに、俺には止める力がなくて……」


「そう思っている方と出会えただけでも、今日は良い日でしょう」


「……ラバンのような悪漢を倒す者を支持したいのは、あなたがただけではないと……衛兵の中にもいると、信じていただきたい」


「信じましょう。しかし、それを口に出すのはまだ控えたほうがよいでしょう」


「そうですね。では失礼」


 去り際に、その衛兵の首元にまだ新しい傷痕が見えた。彼は、志郎が助けた衛兵のひとりだったのかもしれない。


 衛兵たちが去ったあと、住民たちもぞろぞろと帰っていく。感謝するように政樹の肩を叩く者もいたが、当の政樹は気難しい顔をしていた。


 やがて聖堂に政樹とレジス神父だけが残る。


「ありがとう、政樹くん。危うく大惨事になるところだったよ」


「俺には追い返すくらいしかできないっすけどね。志郎は?」


「彼ならもう目が覚めて、こちらの様子を伺っていたよ。しかし、この一連の事件は本当に志郎くんが?」


「俺もその話がしたくて来たんすよ。直接本人に確認するとしましょう」

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