第25話 弾圧者
志郎は少し迷ったが、鏡子を捨て置いて様子を見に行くことにした。
ペルには一緒に来てもらう。場合によっては、神の奇跡が必要になるかもしれない。
なるべく音を立てないよう部屋を出て、階段を降りた先の廊下に身を潜める。聖堂は扉ひとつ隔てた先だ。わずかな隙間を開ければ様子が見えるし、声も十分に聞き取れる。
レジス神父はすでに聖歌隊を下がらせた上で、衛兵を聖堂に入れているようだった。だが、それ以上は一歩も進ませないとばかりに、行く手に立ち塞がっている。
「殺人鬼とは物騒ですな。あまり子供が怖がるようなことを叫んで欲しくないのですが」
「ふん、邪教徒が。アレス様のご厚意で見逃されているだけだというのに調子に乗るな」
「本当に邪教であるのなら、私たちはとっくに滅びているでしょう」
「アレス様の庇護がなければ、そうなっていただろう。お前たちが魔族を引き寄せているとしか思えぬ状況も一度や二度ではないからな」
「しかしそんな私たちをアレス様は庇護してくださっている……。それはアレス様にも、我々ペルシュナ教が邪悪ではないとご理解いただけているからではありませんかな」
「アレス様は寛大なのだ。貴様らが悔い改めるのを待っておられる。だというのに、恩知らずにも殺人鬼の逃亡を手助けしている」
「それは誤解です。逃亡の手助けなど、私には皆目見当もつきません」
「とぼけるな! 半年ほど前から、よそ者の男がこの教会に滞在しているだろう! 現場でその男を見たという証言がある」
「確かに滞在しておりますが……その、姿を見たというのはいつ頃のことでしょう? このところ彼は、この地区から出ておりません。門番の方に尋ねれば間違いないでしょう」
「そんなものアリバイにはならん。防壁の穴から、いくらでも出入りできる」
「ならば修繕工事をしておくべきでしたな。今からでも遅くはありませんが」
「役所に言え。今は殺人鬼が先だ。よそ者の男はどこにいる?」
「今日は外に怪物退治に行くと言っておりましたよ。防壁の外でしょうな」
「ふん、邪教徒の言うことなど信じられんな。教会の中を調べさせてもらう。どうせ貴様らが庇いだてしているに違いないのだからな」
レジス神父は衛兵にわからないよう、さりげなく手を後ろに回して、志郎たちに手を振った。いつからこちらに気づいていたのかは知らないが、今のうちに隠れろという合図だろう。
「そこまで仰るならば、お好きになさい。子供たちを怖がらせないようにお願いしますよ」
言って、レジス神父はゆっくりと道を開ける。
その間に志郎とペルは扉のそばを離れる。裏口はダメだ。地下納骨堂なら隠れる場所はたくさんある。二階に置いてきた鏡子は見つかるだろうが、まあいい。
「志郎さん、わたしの力を使いますか……?」
「いやまだ大丈夫」
地下への階段へと向かう。その途中で、神父でも衛兵でもない声が聖堂に響いた。
「おい、あんたらが探してるのは、ラバンや麻薬組織を殺った人か?」
教会関係者ではない。この地区の住民のひとりだ。
「あの麻薬組織は、街に侵入したオークと戦って相討ちになっただけだ。しかし、ラバン殿を殺した者を探しているかと問われれば、その通り。なにか知っているのか?」
「知るもんかよ。知ってたって教えてやるものかよ!」
「なんだと」
衛兵が住民に対してすごむ。それに対して、べつの住民が声を上げる。
「あんたら、ラバンみたいな悪党を放置しておいて、それをやっつけた人は捕まえようってのかよ! 悪党を助けて、正しい人に縄を打つってのかよ!」
「しかもペルシュナ教に言いがかりをつけて嫌がらせまでしやがって! てめえら悪党の仲間かよ! 少しは衛兵らしい仕事をしやがれ、税金ドロボーが!」
いつしか教会には、たくさんの地区住民がやってきていた。
レジス神父は声を張り上げて「よしなさい」「刺激してはいけない」となだめようとするが、怒りの声は止まらない。
ラバンは表向きは名士だったが、黒い噂は絶えなかった。貧民街の人々には、自分たちを虐げてきた者のひとりとして認識されている。そのラバンを倒した存在を英雄視する気持ちが芽生え、沸き立っている。それだけなら志郎たちの味方としては心強い。だが、今まで押し殺してきた怒りが、このように噴出してくるのはまずい。
衛兵のひとりが、隊長に進言する。
「彼らの言葉には一理あります。出直すべきでは……?」
「怖気づくな。邪教徒に理などない」
隊長は剣を抜いた。
住民たちがどよめき、一歩退く。
「唯一神サルーシより賜ったこのお役目を悪党呼ばわりするとは、聞き捨てならん! 邪教徒たる貴様らも一応は人間だと寛大に扱ってきたが、どうやら甘かったようだ! 貴様ら邪教徒は、サルーシの名の下に皆殺しだ!」
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