第24話 殺人鬼再び
志郎はベッドから跳ね起きて、ペルを自分の背後に隠し守る。
――『
すぐさま霧状の麻痺毒を生成、鏡子と名乗った女の周囲に散布する。
「えっ、あ、れ?」
女は床に崩れ落ちた。
「えっ、えっ?」と混乱しているペルは、今は無視する。
桜井鏡子と名乗った女の体を仰向けにして、志郎はその顔を見下ろす。
「なんのつもりだ。なぜその名を騙る」
「なにこれ? これ、志郎くんの神性技能? こんなのだったっけ?」
いつもなら顔面に蹴りを入れて黙らせるところだが、暴力的な振る舞いをペルには見せたくない。
「ああ、神性技能でお前の自由を奪った。答えろ、なぜ桜井鏡子を騙る」
「騙ってなんてないよ。これが私の本名。君と殺し合った桜井鏡子だよ」
「あいつは死んだ。おれがこの手で殺したんだ。そもそもお前は、あいつとは似ても似つかない!」
「また転生したんだよ。そのとき顔も体も新しくしたの。こっちのほうが、志郎くんの好みだと思って」
「そう何度も、人が転生できるものか」
「私にはできるの。サルーシからもらった神性技能で。何度でも」
「バカな、そんな神性技能があるわけない」
「いいえ――」
口を挟んだのはペルだ。
「作れる……はずです。普通の神性技能の何倍もの神力が必要になるでしょうが、可能です。この人からは、それだけの神力が宿っているのを感じます。それに、ペルシュナの転生者にこんな人はいませんでした」
「詳しいんだね、ペルちゃん。さすが志郎くんの妹ちゃん」
「なら、なぜおれを助けた。ここまでついてきて、なにを企んでる。善良なフリをして、教会のみんなを人質に取ったつもりか」
鏡子は困ったように苦笑する。
「質問はひとつずつにしてよぉ」
「答えるつもりがないなら、こちらにも考えがある」
「答えるよ、そんなに慌てないで」
「なら早くしろ」
「とは言っても、企んでるっていうほどのことはないんだよ。私は、ただ志郎くんと一緒にいたいだけ」
「また殺すためにか」
「違うよ! この前も言ったけど、私は志郎くんが好き。それだけ」
「そんな嘘で騙せると思うのか」
志郎の言葉に、鏡子は表情を曇らせた。まるでショックを受けたみたいに。
「嘘なんかじゃないよ。だって、殺すつもりならもう何度も殺せてるんだよ。それに、その気なら本名なんて名乗らないよ」
確かにその通りではある。だが。
「それならなぜ名乗った。偽名でもよかったはずだ」
「私も、そうしたほうが嫌われなくて済むとは思ったけど……志郎くんに、嘘はつきたくなくて」
「おれに嘘はつかないと言うなら、いくつか質問に答えてもらおうか」
「それはいいけど……長くなりそうなら、先にごはん食べて欲しいな。ずっとなにも食べてないんだし……」
「殺人鬼が持ってきた物を食べろって?」
「いえ、志郎さん、わたしもそれには賛成です。体力はつけておかないといけません」
ペルにも言われて志郎は仕方なく頷く。
こちらには神性技能『鋼鉄の胃袋』がある。毒が盛られていても大丈夫なはずだ。
志郎は鏡子に警戒の目を向けつつ、ベッドに腰かけてシチューの皿を取る。
まずはひと口。
「……!!」
衝撃が走った。志郎にとって、あまりに予想外だった。
「志郎さん! 大丈夫ですか!?」
なにか言いたいが、返事ができない。
続けてふた口目、三口目と矢継ぎ早に口に運んでしまう。あっという間に、皿は空になった。
鏡子がにこり、と笑う。
「美味しかった?」
「……シスターメアリーは腕を上げたみたいだ。あるいは、いい材料が手に入ったか」
「それ作ったの、私」
「いや気のせいだった。空腹で美味く感じただけだな。むしろいつにも増してまずかった」
「……志郎さん、間接的にシスターの悪口になってます」
ペルのつぶやきはスルー。志郎はあらためて鏡子に目を向ける。
「お前は、サルーシから神性技能をもらったと言っていたな。サルーシがお前を転生させたということか」
「そう。アンドニアを支配するための尖兵になれって」
「サルーシの転生者は他に何人いる?」
「ごめん、わかんない。私以外に、見たことないから」
「なら、サルーシについてわかることを話せ」
「えぇと……実は魔族の神様で、魔王としても君臨してて……」
悪徳転生者と癒着していて、多くの人間を騙して信徒と化している。
鏡子の知っていることは、志郎の持つ情報とあまり差はないようだった。
ペルはサルーシ教の神が魔王サタルシアだという事実にうろたえていたが、どちらにせよやることは変わらないと話して落ち着かせる。
「べつの質問だ。アレス・ホーネットの正体を知っているか?」
「幻の領主の? ごめん、知らない。けど正体を――」
「レジス・マードック神父!」
鏡子の言葉は、外からの叫び声にかき消された。聖歌隊の賛美歌も中断される。
「話が聞きたい! 逃亡中の殺人鬼についてだ! ここに出でませい!」
志郎は窓の外を覗く。武装した衛兵が少なくとも五人、教会の正門に来ている。そのうちのふたりは裏口へと向かっている。
「衛兵? 逃亡中の殺人鬼って私たち?」
「たぶんな。おれは顔を見られてる」
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