第23話 帰るべき場所②

 半泣きで「うぅー」と呻きながら、ペルは上目遣いで志郎を見つめる。


「志郎さんは、あの人に気があるんですか……?」


「まあ……好みのタイプではあるよ」


 ペルはまた不機嫌そうに唇を尖らせる。


「そうですか、ああいう人が好きなんですね。優しくて笑顔が素敵で、スタイルも良くて、料理が上手で、すごく気が利くくらいしか取り柄がない人なのに」


「褒めてるようにしか聞こえないけども」


「わかってますもん。褒めるところしか見つかりませんでしたもん」


「えぇと、もしかしてペル、ヤキモチ焼いてる?」


 ぼっ、と燃えるようにペルの顔が真っ赤になる。うつむいて、志郎から目を逸らす。


「そ、そんなこと、ないですもん。女神がヤキモチなんて、それこそみっともないですし」


「一応言っておくと、彼女には仲間になって欲しいとは思うけど、それ以上の気持ちはないよ。彼女だけじゃない。他の誰とでも、そういう関係になるつもりはないんだ」


 それを聞くと、ペルは一変して心配そうな表情を見せる。


「どうして、ですか?」


「今は戦いが優先で、そんな余裕はないからだよ」


「……そんな風に考えないでください。わたしが巻き込んでしまった戦いですけれど、だからって幸せを捨てようとまでは、して欲しくないです」


「心配しなくても、幸せがないわけでもないよ」


「わたしのせいで、あんな大怪我までしてしまったのに?」


「そのお陰で誰かを助けられるのなら幸せだよ。それに……疲れて帰ってきたとき、こうしてペルが出迎えてくれる」


 ペルは嬉しそうに顔を上げた。しかしすぐ不安に目を曇らせる。


「わたしなんかで、いいんですか?」


「もちろんだよ。おれにとってペルは、大事な妹なんだから」


 がくっ!


 ペルはすごい勢いで膝をつき、床に這いつくばった。


「い、妹……?」


「ごめん。女神様だってわかってるつもりだけど、どうしてもそんな気がしちゃってて」


「いえ、いいんです。普段から周りには兄妹だって言っていますし……でも」


 ペルは再び志郎を見上げる。なにかを期待する眼差しだったが、すぐ小さく首を振って、儚げな笑みを浮かべる。


「いえ、やっぱりなんでもありません。お腹空いてますよね、ごはん持ってきます」


「あんまり食欲はないんだけどね」


「少し食べれば出てきますよ。たくさん食べて、早く元気になってくださいね、お兄ちゃん♪」


 おどけるように言って、ペルは立ち上がってふわりと身を翻す。


 素直に、かわいいな、と志郎は思う。


 ペルがドアノブに手を伸ばしたところ、触れる前に扉が開かれた。


「そう来ると思ってスタンバっておいたよー!」


 現れたのは、志郎を助けてくれた例の女性だった。食事を載せたトレイを片手で器用に持ちつつ、もう一方の手を楽しげに振っている。


 ペルはびっくりして立ちすくんでいる。


「い、いつからいたんですか?」


「実は今到着したところ~。さっき話し声が聞こえて、ああ志郎くん起きたんだなぁ、お腹空いてるだろうなぁって思ったから準備して持ってきたの。タイミングばっちり」


 相変わらず、にこにこ笑顔だ。


 志郎は早速、頭を下げる。


「あらためて、助けてくれてありがとう。君がいなければ、おれは帰ってこられなかった」


「いいの。私が好きでやったんだから。はい、どうぞ」


 言いつつサイドテーブルにトレイを置いてくれる。シチューの匂いに、急に食欲が刺激される。普段より具が多いのは、この前レジス神父に渡したお金によるものだろう。


「それより意外だったよ。ペルちゃんが志郎くんのこと慕ってるのはわかってたけど、兄妹だったんだね。髪の色も肌の色も違うけど……」


「よく言われるよ。おれたち、義理の兄妹なんだ。この世界に来たときから縁があってね。それからずっと一緒なんだ」


「そうだったんだね。えへへっ、かわいい義妹いもうとちゃんは大歓迎だなぁ」


 ペルが志郎の脇に擦り寄って、むっとする。「あの人に妹って言われると、なぜだか屈辱を感じます……」とか呟いている。やっぱりヤキモチじゃないか、と志郎は思う。


「それより聞きそびれてたけど、君の名前は? なんて呼べばいい?」


「私? 桜井鏡子」


 気楽に言い放たれた名前に、ゾッと冷や汗が溢れ出る。


 今なんて言った? 桜井鏡子?


 それは志郎の家族を殺し、志郎が二度殺した殺人鬼の名前だ。


 聞き間違い。あるいは、単なる同姓同名。もしくは――。


「ごめん、よく聞こえなかった。もう一度、いい?」


「桜井鏡子だよ。忘れられない名前、でしょう?」

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